ゲームを読む者は心を読む /Romia berkastet, partinol/
文字数 2,409文字
顔の形が固くなる二人の女王陛下が黙って聞き入る。
「魔道書……」
「何度も話に出ているな」
もう耳にタコができるくらい話したのが、いい加減シアリィは嫌になってきていた。
「ボクは何もキミたちと組まなくてもいい。平和条約なんかいらない」
それを聞いてシアリィは首を傾げる。
「どういう風の吹き回しだ、セロ女王」
「なーんにも、ボクは何にしてもどこ吹く風のようにひらひらしているだけだよ」
首をコキコキと鳴らしながら、セロは二人に目を合わせる。
二人はそれがどうにも気に入らないようだ。
「言葉遊びに帳尻合わせ、調子に乗らないで欲しいですわ」
クリオーネもかんかんだ。
「怒らないでよ、ボクだってひさびさに遊び相手が帰ってきて楽しい想いをしていたのに。ねぇ? カッツェン」
「え、ああ、うん」
取り残されていたカッツェンが一度だけ頷く。
「せっかく四人で遊べると思ってたのに、ボクは残念だな」
「わたくしたちは遊びでここに来たわけではありませんわ」
「遊びに来る感覚で、気楽に三君主が会話できるのがボクの理想だよ。クリオーネ、シアリィ」
そう言って怒られた子供のような上目遣いで見る。まるで親に叱られでもしたしおらしさで。
「ボクがこの場所をセットするのに時間をかけたように、キミたちもその十分の一でいいから時間を割いて欲しいんだ。キミたちの国に魔道書がどこかに眠っているはず。それを探してくれさえすればいいんだ、頼むよ」
やにわにカッツェンが立ち上がる。
「僕からもお願いするよ」
笑みを浮かべながらセロはカッツェンを横に見る。
「というわけだよ、キミたちは魔道書を見つけるのに小時間割いてもらいたい」
「ああ」とシアリィ、「わかりましたわ」とクリオーネ。どうやら二人は約束してくれたようだった。
そうして二人は帰り支度を始める。
「カッツェ、大事な話がある。ボクとここに残ってよ。あとブリオーダに戻って来てくれる?」
「え、ああ、うん」
馬車のあるところまで行ってカッツェンは、去り際のクリオーネを見送る。
「カッツェ、セロ女王陛下に無礼のないよう……」
「ああ、気をつけるよ」
「ええ、無礼だけでなく、セロ女王陛下は何を考えているかわかりませんわ、それもよくよく気をつけるように……」
「セロは悪い人じゃないよ、もちろん悪い女王でもない」
それを聞いてクリオーネは無言で馬車に乗り、去っていった。
ふいに両肩を叩かれ、驚き振り向くとセロがいた。
「おっと、カッツェン。『僕からも』じゃないよ?」
「えっ?」
「ボクはキミに従属してるだけだ。ボクはあくまでキミの駒として振る舞ってみせたはずなんだけどね」
「セロ、君はそんなこと一言も言ってないよ?」
「言ってないよ、だって面白くないじゃん」
カラカラと笑うセロ。まったく何を考えているかわかったものではない。本当に気をつけるべきだ。肝が冷えっぱなしだ、だがカッツェンはその肝に銘じるように、息を吸って吐いた。
「でも気をつけて、キミは踊らされてはいけない。でも残念かな、キミはボクの策略にすでにかかっていたね」
「どういうこと?」
言っている意味がわからないカッツエンを前に、彼女は人差し指を立てる。
「ゲームと、人の心は重要だってことだよ。ボクがキミに花火の指揮を頼んだとき、キミは快く引き受けてくれた。そこからすでにゲームは始まっていたのさ」
「どういうこと?」
「指揮者を頼むよりも前に、ボクがキミにクリオーネのもとへ帰るよう言ったら、キミはなんて答えたかな?」
「そ、それは」
あのときはクリオーネの手から逃れるようにリネル国を出た。
きっと指揮者を頼む以前にリネル国へ戻るよう頼まれていたら、断っていたと思われる。
どうしてカッツェンはクリオーネのもとへ行くことを承諾してしまったのか。
「ボクの経験だけど。ハードルの低い頼み事をするのは策略上、重要なことなんだ」
立てていた人差し指に加えて、二本目の指を広げる。
「ひとつ頼まれて、その次に仕事を頼まれると断れなくなってしまうんだ。人間ってそういう風にできるってボクはわかってるから」
やられた。花火の指揮者をさせられたのも、それが策略のひとつだったということだった。
「そして、ボクは平和条約を頼もうと今日二人を呼んだんじゃないんだ」
「どういうこと?」
不思議がるカッツェン。人差し指をリズムよくチッチッと振りながら、彼女はこう答える。
「ボクが二人に頼みたかったのは、とりあえず物事を進行させるため、魔道書を見つけてもらうこと、それが今日の本命だったんだ」
そして彼女はこう言う。
ハードルが高すぎること(平和条約を結ぶ)を頼んで二人に断らせる。そのことで二人の中には申し訳なさが生じたはず。紅茶の対価という言葉を出したのは、まさにその紅茶一杯があの二人の申し訳なさの象徴だったからだ。二人が申し訳ないと思ったところで本命(魔道書を見つける)を頼み、そこでまんまと二人は乗ってくれたわけだ。
そんなこと六〇〇〇年の齢を重ねても、カッツェンには思いつきもしなかった。
「セロって意外と大人なんだね、遊んでばかりで人の心なんて何も知らないと思っていたよ」
「おおっとそれを言うな、ボクが子供でないってバレちゃうじゃないか」
そう言ってセロとカッツェンは不思議と笑いが零れた、と言ってもセロの表情は笑顔ひとつしかなさそうだから、不思議でもなんでもなさそうだけど。
「また四人で遊べる日が来るといいね、このシハロフの地で」とセロが言う。
風が吹き抜ける。渺茫と無限に広い草原が揺れていた。まるで悠久の時間をかけ、世界の彼方からやってきた風が吹いてきているかのよう。
「遊べるよ、きっとまた」とカッツェンが言った。