帰還 /Riurma/
文字数 2,001文字
「目覚ましスズメだよ」
朝食ができて、つい先ほどセロが宛がった寝室に来て、カッツェンを呼びに来た。そのついでにカッツェンを起こしてくれたスズメの名を、そう呼称した。
そして、長テーブルのある食堂で朝食を取る。ここは王と賓客のために使われる場所だという。
卵焼きとサラダとパン、そしてあっさりしたスープを振る舞われた。
「昨日はお疲れ様。カッツェンの指揮棒の振り方には感銘したよ」
カッツェンだから花火の演奏は大成功したと、セロは賞賛を込めて言う。
「そんなことないよ、セロにだってできるよ」
「ボクにできていれば、カッツェンには頼むわけないじゃない」
そう言われると、カッツェンは火照った頬を指でこする。それを見てセロは「またリンゴになってる」と笑った。
朝食が終わり、使いのものが来て、何かをセロに持ってきた。
「で、もうひとつ頼み事をしたいんだ」
断る理由もないので、カッツェンは「次は何かな?」と聞く。
「リネル国に帰ってくれないか?」
「えっ?」
緊張の糸が張る。彼はセロから向けられた眼差しを見る。
そして、長テーブルの分だけ離れていた距離を詰めるよう、セロが椅子から立ち上がり、カッツェンのほうへと歩み寄ってくる。
「これを」
渡されたのは親書だった。きちんとした封書で〆られている。
セロの次の頼み事とは、まさにこれをリネル国に戻り、クリオーネに渡して欲しいとのことだった。
「ここまでご足労かけたのに申し訳ない、けどカッツェンにしか頼めないことなんだ」
そうして封書を手渡される。
しかし、ちょっと待てよと、カッツェンは思考が流れる。
「僕が行ったら多分だけどリネル国に保護されてしまう」
出国した際、クリオーネがカッツェンを心配して、使いの者を回された。リネル国に入ったなら、カッツェンを見つけ次第、おそらくそこで彼は捕まり、リネル国から出ることを禁じられる可能性がある。
「クリオーネ女王陛下も過保護だねぇ」
セロは苦笑いする。
「うん、彼女のことだからそんなことだろうと思ってたよ」
「え?」
「想定内さ、その上でカッツェンの手からクリオーネに親書を渡して欲しいんだ」
そうして彼女は指をパチッパチッと鳴らした。
「僕のゲームはここから始まる。策略は三つあるんだ」
セロは指を折りながらカッツェンに内容を教える。
ひとつ、カッツェンの身柄の保証を示すこと。そのためにカッツェン自身が親書を渡す必要がある。
ふたつ、三人を同じテーブルにつかせること。セロが会議を開き、そこで話し合いの場を三国で作ること。
そして、最後。
セロの要求をクリオーネとシアリィに呑ませること。
セロの親書を大事に持ち、カッツェンは馬を走らせた。ブリオーダの山を越え、ベニアカネを見下ろす小高い丘を走り、緑の映える小村に入った。
そこに入るなり、やはりかと覚悟はしていた。
リネルの国境をまたぐなり、クリオーネの使いの者が現れた。騎馬した十人の男で、カッツェンを取り囲んだ。
「ただいま……。なんていう雰囲気じゃないよね」
苦笑いを浮かべながら、とりあえず反省したような顔を使いの者に見せるが、彼らは決して容赦はしない。
「クリオーネ女王陛下が心配しておられます、近くに馬車を用意しております。どうか、もう二度とこのような……」
なるほど、騎馬する使いの者の隙間を見ると、向こうに二頭馬車が控えている。
「悪いけど、僕はクリオと話をしたらすぐにでもここから離れて……」
「なりません」
厳しいことを言う人たちだ。クリオーネにそれはそれは厳しく指示を受けたに違いない。
「城内にてしばらく謹慎するようにと、クリオーネ女王陛下からカッツェン様へ、お言葉をいただいております」
「それもそうだけど、僕は重大な用があってきたんだ」
相手も冷静でなく、とにかくカッツェンを連れていきたい。クリオーネからの命を忠実に守ろうとしているのだろうが。とりあえず、これだけは伝えなければ。
「僕は、セロからクリオへの手紙を預かってるんだよ!」
馬車の中へと移動させようとしてた使いの者どもだったが。「なんですと」と言う、使いの一人が声をあげた途端、みんな騒ぎ声が囁き声に変わった。「ブリオーダ国?」「あのブリオーダ国の王が?」とひそひそ言い始める。
「とりあえず、馬車に乗せてもらうよ。ただ僕自体の身柄はそれほど重要じゃない、この親書が僕よりも重要なものだ。わかるよね?」
氷の彫刻のように固まった使いの者どもを脇見しながら、カッツェンは馬車に乗り込んだ。