第一話 途

文字数 1,116文字

 今年もまた、うだるような暑い夏が来た。もう何十年も前から一年の半分は夏のようなものだ。夕星は夏が嫌いである。エアコンのきいた室内から出たくないのだ。
 とにかく、あらゆることが面倒になる。暑いというだけで体力のみならず気力の大半を持っていかれる。

 夕星は若くないが、二十代にはオジサン呼ばわりされ先輩諸氏には若輩者扱いされるという、極めて中途半端な年代である。
 アンドロイド開発者としての彼は優秀であるが、いかんせん『自分のために造った』という不純な動機が出発点。野心家でない上に、根回しだの派閥だのというものは極力回避してきた。
 つまりは能動的でないのだ。それも公私にわたって。
 葉月からは一言『じじむさい』と断言される。当たっているだけに反論の余地はない。外見はさほど悪くないだけに夕星は損をしているのだが、誰に迷惑をかけるでもない。好きにさせてくれというのが彼の意見である。

 やりたいことだけ。つまりは研究以外には注ぐ熱のなかった夕星である。マザコンがシスコンになり、研究開発が面白くなったころには立派な変わり者が形成された。
 研究室にいる同じく一風変わった同僚たちが、それに寄与したのも否定できない。

 なにかしら

まま外側だけは立派なオジサンになった夕星は、端的に言えば変人なのだ。ただ世の中に『普通』という人種がいるのだとしたら、その基準はひどく怪しいものではあるが。

 ◇

 短かった梅雨のあいだ、変わり映えのしない日常を彼は過ごしていた。五味の所属するあの陸軍研究本部への定期訪問である。

 ジタンの不遜な態度は続いていた。そして五味は、当初『緊急性がある』と言っていたわりには焦りが感じられない態度である。
 こちらから探りを入れても取りつく島もない。五味にとってジタンの変化は実は想定内であり、アデルによってジタンがどう変化するのか……そのことにこそ彼の関心は向いているのでは? と思えなくもない。

 そのジタンはといえば、会うたびにアデルとの親密性を高めているように見える。言ってしまえば、アデルのことが気に入っているのだ。
 ヒーリング対象者がヒーラーに対して悪感情を持てば関係性は成立しない。ただし、ジタンがアデルに向ける態度は人間でいうなれば恋愛感情にも見える。
 見えるとしか表現が出来ない。なぜならば、相手はアンドロイドだからだ。あり得ないはずのことが起こっているように見えなくもない。
 とにかくそういった中途半端でイライラする時間を、ここ数か月のあいだ夕星は過ごしていたというわけだ。

 さて、ふてくされ気味である夕星の活動能力が激減する夏が来た。そして、こういう時こそ面倒な仕事はやってくる。お約束である。


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