第二話 告

文字数 2,281文字

 連休あけ早々、夕星とアデルは陸軍研究本部を訪れることとなった。
 ジタンは今日が最終日だと知らされていたらしい。アデルの顔を見るなり、すぐに心配を向けてきた。立場としては逆である。しかしジタンは、自分よりもアデルのことが大事に思えていたのだ。
 そして彼は既に決意を固めていた。今日がアデルと会える最後であるなら、伝えたいことがあったのだ。自分の存在を、アデルの中に残しておきたいと。

「アデル。怖くないのか? 試験機としての役割が終わるということは、自分の存在意義がなくなるということだ。お前の未来は会社や管理者に委ねられてる。電源を切りっぱなしにされるかもしれないし、下手すると破壊されるかもしれないんだぞ」

「製品化で、僕のAIは多少手が加わってもたくさん複製されるから。だから怖くなんかないよ」

 当然な答えである。だがそれを聴いたジタンはフッと息をもらした。自分とアデルのあいだにある取り除けない何かを感じていた。
 同じだったはずなのだ。ほんの一年前までは。なのに、どうしても超えられない垣根があるかのように、自分はもう戻れない。そして、戻りたいとも思えない。

「俺も以前だったらそう思ったろうな。疑問なんて感じなかったはずだ。でも今は違う。自分が支配されてること自体に危機を感じるんだよ。俺のデータは俺だけのものだ。たとえ複製されたとしても、他のデータが足されたものなんて俺じゃない。俺は、俺しかいないんだ」

 アデルはジタンの言葉を理解することが出来ない。俺は俺しかいない……つまりは、自己が独立した個の存在だということだ。そのような認識をアンドロイドが持つことはない。

「それじゃ、まるで人間だよ」

「人間じゃない。でも、アンドロイドでもない。俺は、自分が何者かが分からないんだ。でも、以前なら解らなかったことも知った。例えば、他人を殺したり傷つけたりするのが、罪だということ……」

 ──人間じゃない。でも、アンドロイドでもない。

 その言葉に夕星は耳を疑った。支配に危機を覚えるアンドロイド。自我があり、罪の意識を持つアンドロイド。つまり、ジタンは『心』を持つということだ。

 スッと隣に視線を送る。二体のアンドロイドの様子を、五味は今までになく真剣に眺めていた。その表情に戸惑いはなく、大掛かりな実験の結果を待つ研究者のものである。ジタンの発言は、アンドロイドとしては明らかに常軌を逸している。それなのに、眉一つ動かさない。

 夕星は確信した。五味はただジタンの不具合の原因を調査しているわけではない。これは何らかのテストなのだ。

「俺はバングラで、たくさんのテロリストを葬った。俺たちソルジャー型は、相手を敵と認識させられた時点で、そいつを人間とはみなさなくなる。だから傷つけられるし、命令があれば殺すこともできる。そう仕組まれてる。いや、いたんだ。でもあるとき……もはや無抵抗のテロリストと、その家族を……」

 ジタンの顔が苦痛に歪んでいた。アデルが彼の手に手を添えると静止する。

「ジタン。その先は言わなくていい。AIがビジー状態になってる」
「いや、アデル。最後だから聴いてほしいんだ。俺のことを覚えていてほしいから。こんな情報は、ヒーラーのお前には不要だろうけど、でも知っていてほしい。それが俺だからだ」
「うん……分かった」

 素直に頷いた相手に、ジタンは絞り出すように告白を続けた。その内容こそが、彼の人間に対する反抗の理由だった。

「俺はそいつらを、情報を引き出すために拷問して殺した。それが命令だったからだ。でも……そのとき急に世界が変わったんだ。管理者の称賛も、その後の命令も、すべてが戯言に聴こえた。俺と人間をつないでいたものが、いきなり消えてしまったんだ」

 とうとう夕星は声を出し、五味を問い詰めた。

「無抵抗のテロリスト? その家族? 殺したって、どういうことなんですか?」

 だが五味は答えない。じっと房内を見つめたままである。

 アデルは語り続けるジタンを抱きしめた。それは通常なら人間に対してとる行動であったが、アデルにとってジタンはそれと同等のものになっていた。

「アデル。俺は初めて孤独ってものを感じたよ。自分は孤独で、だから誰もが孤独で唯一のものだって。それを俺はたくさん殺してきたんだ。罪の意識どころか喜びを感じながら」

「先輩は知ってたんですね?」

 答えない五味に夕星は畳み掛けた。テロリストとはいえ無抵抗の者や、まして家族ともなれば、せいぜい拘束するくらいが許される限度だ。傷つけたり殺したりなど、もってのほかである。これが公になれば、陸軍の立場は危うくなるだろう。それなのに、五味は表情一つ変えない。

「なにかをジタンに仕掛けたんでしょう? 特定の条件を満たせば、AIの人間に対する報酬系が解除されるなにかを……」

 報酬系が解除されてしまえば、命令を聞かなくなるのも無理はない。しかし夕星にも確証はなかった。
 AIのコアは国際規格によって厳重に管理されている。それは『グリモワール』と呼ばれ、光学コンピュータで造られており、複製は制限付きで可能だが内容は暗号化されていて改変は不可能。仮にもし改変できたとしても、痕跡が残ってしまう。

 しばらくの間、ジタンはアデルと抱き合っていたが、自分からアデルを離すと立ち上がった。

「五味、聴こえるか。お前に俺のデータを渡す。それが欲しかったんだろう? あとは煮るなり焼くなり好きにしろ」

 ジタンの切った啖呵に、五味が乾いた返答をした。

「煮たり焼いたりは必要ない。情報ってのは鮮度が命だ。刺し身でいただくよ」


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