エピローグ

文字数 524文字

 その年の6月。夕星の元に、一枚の絵はがきが届いた。

 メッセージも、差出人の名前すらない。しかし夕星には、それが誰からのものかすぐに分かった。
 五味だ。どうやら生活も落ち着き、それを知らせる余裕が出たのだろう。
 不鮮明な消印は、アメリカの地方都市のものだった。確か、ノーマン教授の生家があった場所である。

 アデルに知らせたら、ジタンを探しに行くと言うだろうな。そう思いながら、夕星は苦笑いを浮かべる。
 それでもいい。アデルがなにを選んでも、自分がアデルを好きなことは変わらないのだから。自分にとってのアデルはもう、『他人』ではないのだから。

 夕星は、はがきをデスクの上に置いた。さり気なく、目につくように。

 窓の外には青葉雨が降っている。前庭の桜の木が望める部屋。ここを書斎に変えたのは、春。満開の花びらが、はらはらと舞い散る季節だった。
 雨に濡れた瑞々しい葉を見下ろすと、ちょうど目線の先に傘をさしたアデルを見つける。

「ただいま~」
「おかえり~。アデル」

 葉月の弾んだ声が出迎える。それを耳にしながら、夕星はフッと頬を緩めた。
 雨音は優しく、新緑を、そして心の音色を奏でる。ずっと触れることのなかった、恋する弦をはじきながら。


 ──アデル 了──


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