第二話 反

文字数 1,663文字

 運用検証の一環として、アデルが全寮制高校の保健室に派遣されることとなった。夏休みであるが、部活や個人事情で家に帰らない生徒もいるため、保健室は開いているのだ。
 主な目的は、軽い怪我をした生徒に対する治療を適切に行えるか否かの確認である。診断や簡単な処置が出来れば、ヒーラー型アンドロイドの需要が増すという寸法だ。

 しかし夕星とアデルが学校に出向くと、校長からとある不良生徒を更生できないかという打診があった。その生徒は家族との折り合いが悪く、夏休みも家に帰らないという。学校側がアデルの運用検証を受け入れたのは、問題の生徒への処遇に困ってのことだったらしい。検証には格好のケースである。夕星には断る理由もなかった。

 屋上で喫煙していたという彼への生活指導が終わった直後、夕星とアデルは迎え入れられた。男子生徒の名前は、樋口翔(ひぐち かける)。三年生。すらりと背が高く恵まれた外見をしているが、目つきばかりは鋭く攻撃的である。

 指導教員から後を任された夕星は、夏休みの学習サポートをするという名目でアデルを紹介すると、二人を残して部屋を出た。
 アデルの視覚は別室でモニターする。思春期の少年に対して、どのような対応をするのか。吉澤の事例ほどの難しさはないだろうと夕星は踏んでいた。

 ◇

 生徒指導室に残されたアデルと翔。二人の間に不穏な空気が漂う。学習サポートなどというのは表面的な言い訳であって、つまりは監視役としてアンドロイドを付けられたわけである。それくらいのことは翔にもすぐに分かった。当然のことながら、いい気はしない。

「お目付け役ってことなら無駄だからな。俺は堂々と抜け出す」

 言い放った翔に対し、火に油を注ぐような返答がアデルの口から向けられた。ただしアデルにしてみれば、それは単なる事実でしかない。

「鬼ごっこなら得意だよ。だから10分間のハンデをあげる」

 挑発に挑発を返され、翔は舌打ちをした。学園の敷地は広い。ベタな言い方をするならば、新東京ドーム二つ分の広さである。いまいま来たばかりの奴になにが出来ると思いながら、翔は校舎の外に出ていった。

 ◇

「どうなってんだ?」

 翔はわざと遠回りして別方面の監視カメラに姿を映し、ミスリードを仕掛けていた。なのに見つかってしまうのだ。幸いにも今日は曇天だが、蒸し暑いことには変わりない。そろそろ鬼ごっこの繰り返しは二時間。さすがの彼も疲れてしまった。
 諦めて湖畔のベンチに座り込むと、疲れなど知らないアデルが隣に腰を下ろした。勝敗確定である。

「どういう仕組みなんだよ?」

 問いながら翔は湖面に視線を向けたままでいる。げんなりした気分と、興味が半々の表情。緑陰がベンチを覆い多少は涼しい場所であるが、この夏も猛暑である。アデルの差し出した雫のたれるボトルに、口の端を曲げながらも翔が手を伸ばす。
 ひんやりとしたアデルの手に、日焼けした翔の指が触れる。ごくごくと喉を鳴らし冷たい水を一気に干した相手を見つめながら、アデルが淡々と説明を返した。

「僕のデータベースには、人間のあらゆる行動に関する膨大なデータが入ってる。そこに翔の属性情報と報酬系を与えれば、だいたいの行動パターンが割り出せるんだ」
「報酬系?」
「行動原理といったほうがわかりやすいかな。要するに、翔は煙草を吸いたいんだよね?」

 図星であった。教師に見つからずに煙草が吸える場所を翔は転々としていたのだから。立ち入り禁止である屋上は格好の場所である。そしてこの湖畔に添うように巡らされた森もまた、隠れるにはちょうどいい場所だ。ただし監視カメラを上手くかいくぐる必要はあったが。

「まあいい。そろそろタバコも飽きてきたところだ」

 負けを認める翔にアデルは別角度の問いを戻した。反抗的な態度に対する当然の疑問である。大人から向けられる抑圧への反発心? 翔の行動は、ある意味スタンダードなものに見えた。

「本当に飽きているのはここでの生活じゃないの? 違う?」
「惜しいけど、違う。外に出たってろくなことはないよ」

 アデルは最初の予測を外した。


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