第五話 物

文字数 1,186文字

「退学?」

 冷静さを欠いた声が上がった。アデルの言葉で、幹はようやく事の重大さに気づいたようである。

「先生たちは、翔くんが君をいじめてると思ってるみたいだよ。僕が先生に傷のことを話したら、翔くんはもっと疑われると思う。でも、違うよね?」

 二人の間に沈黙が落ちた。なにを天秤にのせ逡巡しているのかは、アデルには手に取るように分かる。ずっと長いあいだ言えなかったことだ。しかしもう限界が来ているに違いない。
 やがて、幹がコクリと頷いた。消去法での結論が正解だと判明する。

「母さんが再婚してからなんだ。新しい父さんと喧嘩するたびに、僕にとばっちりが来るようになったのは」
「どれくらい?」
「十二年……」

 問題は大きかったが、もう一つ不明なことがあった。しばらくして幹の発した問いに、アデルはカマをかけてみる。

「翔は、どうなるんですか?」
「分からないよ。でも君には関係ないんじゃない?」
「関係ない?」
「今回の件に関しては、君と僕は翔くんの被害者でしょ? 心配する義理なんてないよね。退学にはならなくても、何らかの処分はあるんじゃない?」

 少々薬が効きすぎたようである。真っ青になった幹が、小刻みに震えだしたのだ。
 一歩、近づいたアデルの手を、幹が激しく振り払った。

「触るな!」

 大人しい優等生の仮面が剥がれた瞬間。豹変とも言えた。

「気味の悪いロボットだ。翔に近づいて何を企んでる? 恋愛事情なんか聴きだして、どうするつもりなんだ?」

 作業台の上から、幹がハンマーを手に取った。自白したのと同じことである。
 つまりは、あのモンキーレンチをアデルに振るったのが幹であり、それを翔に止められた直後にアデルの映像記録が再開されたのだ。

 重苦しく対峙した二人だったが、幹の声はいささか大きかったらしい。カチャリと部屋のドアが開くと、中に入って来たのは翔だった。

「心配すんなよ、幹。こいつはただのお目付け役だ。さっさと退場してもらう」

 その後の翔の行動で、今回の事件の真相は全て明らかとなった。翔が幹の頬にキスをしたのだ。

 嫉妬の対象となるくらいにアデルは人目をひいた。二人は付き合いだしてまだ一週間だという。そんな時期に、アンドロイドとはいえ美少年に邪魔されたのだ。
 抑圧の中でようやく手にした望みが奪われた。幹はそう感じたという。短絡的な行動であったが、根本的な部分を改善しない限り同じようなことは続くと思われた。

 幹はアデルを殴ったことを教師に白状した。だが夕星の配慮もあり、イエローカードに留まったらしい。
 高価なアンドロイドとはいえ、人工物。対人と対物の違いということだが、情状酌量を申し出た夕星が最も複雑な心境であったことは否めない。

 そして、おおもとの問題である虐待については、しかるべき措置がとられることで事態は終息した。蛇足だが、プライベートなことが口外されることはなかった。


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