第十二章

文字数 4,888文字

長い道が波打って続いており、だんだん細くなっている。道幅は、やっと人がひとり通れるくらいの広さしかない。その道を、私、彼、彼女の順番で進んでいく。奥に進むにつれて、人々の話し声や、風の音などがなくなり、眠りについたごとく森閑としている
 ここはおそらく、館の裏口だ。
 壁に沿って回り込むと、大きな階段を見つけた。階段の両脇には、火が赤々と燃えている。その階段を上った先にある門は、大きく開かれている。あまりに無防備に、私たちを招き入れるかのように。
 私は、二人に強く尋ねた。
 「いよいよ神木が待ち受ける館に入るが、用意はいいか」
 二人は強くうなずいた。
 館の中に入る。
 その直後、甲高い声が館の中に響き渡った。
 「ようこそおいでくださいました!」
 「よく、坑道を通って、わたしの館までたどり着きました。あとは安心してお進みください。この館はとことんお客様を楽しませるためにできています。わたしの遊び心をご理解いただければ幸いです」
 私たちは、絨毯の敷き詰められたうすぐらい廊下を進んでいく。廊下の左右には、鈍い輝きを放つ甲冑がずらりと立ち並んでいる。
 甲冑を見ると、中に人が入っていると思ってしまうのは考えすぎにも程があるだろうか。目の辺りが動いたような気がするのも、神経質になりすぎているからかもしれない。廊下は行き止まりになっていた。目の前には大きな壁が立ちはだかっている。
 そのとき、足元が揺れた。
 「うわ!」
 足元の床が斜めになり、立っていられなくなる。私たちは、ダストシュートに落ちていくゴミのように、すごい早さで滑り落ちていった。
 やがて、廊下から投げ出された。下には綿が敷かれていたので、怪我をすることはなかった。
 「皆さま、前にご注目ください!」
 そのとき、またもや神木の声が響いた。どうやら神木は、どこからか私たちの行動を見張っているようだ。
 その声とともに、目の前の高い壁が、左右に開き始めた。するとそこには、西洋の城にあるような、立派な階段が現れたではないか。
 神木は楽しそうに言う。
 「特別室にご招待させていただきます。どうぞこちらにおいでください」
 私はむっとして言った。
 「気にさわるやつだな」
 彼は苦笑いを浮かべる。
 「ここは神木の家、いわば遊び場ですからね。神木のやり方に賛成するつもりはないですけど、とりあえず今は進みましょう」 
 彼女も笑いながら言う。
 「そうですね。そうしているうちに、活路を見いだせるかもしれませんしね」
 彼も彼女も余裕がある。そんな二人の様子を見ていると私も心強くなる。こうなったら、私も楽しみながら、『科学の真髄』を奪い返そうではないか。
 この部屋から移動するには、この階段を使う以外にないようだ。
 大理石でできている階段を上る。階段の脇の壁には肖像画が飾られている。歴代の当主のものだろうか。上に行くにしたがって時代が古くなっているようだ。みな丸い顔で優しそうな顔をしている。どことなく面影は似ているが、痩せ型の神木誠治だけ全く違う。どうしてだろう。痩せすぎているせいだろうか。私は不思議に思いながら一族の顔を眺めた。
 最上段まで階段を上ると広い踊り場があり、そこでまた行き止まりになっている。なぜここで階段は終わっているのだろうか。
 ふと正面の壁を見て、彼は驚愕の叫びをあげた。
 「鈴さんが!」
 そこに飾られていたのは、彼女の肖像画だった。
 「どうしてここに鈴さんの肖像画が飾られているんですか」
 彼の問いに、黙ってしまった彼女に化わって私が答えた。
 「鈴さんは、実は神木家の人間なんだ」
 「何ですって!」
 彼はすっとんきょうな声で叫んだ。
 「そんな馬鹿な!鈴さんが?鈴さん、そんなはずないですよね」
 だが、彼女は悲しげな顔でうつむいている。
 「ねえ、何とか言ってくださいよ。鈴さんが神木家の人間だなんて、そんな馬鹿なことありませんよね」
 彼女は口を開き、ぽつりと言った。
 「いえ、霜村さんの言ったことは本当ですよ、隼人さん」
 「そんな!」
 うつむいたまま顔をあげない彼女のようすが、それが冗談などではなく真実なのだと思い知らせた。
 彼は強いショックを受けているようだ。
 「霜村さんは、いつ頃から鈴さんが怪しいと思ってたんですか」
 「鈴さんが、私たちの前にはじめてあらわれて、名字を名乗らなかった時、からかな」
 「そんな前からですか!」
 私は悲しげに呟く。
 「それでもまさかと思ってたんだ。信じたくはなかった、鈴さんが神木家の回し者だったなんて」
 彼女が彼を慰めるように言う。
 「わたしも、もっと早くにみなさんに、言うべきだったんです。でも、みなさんといるときが楽しくって、言ったらこの関係が壊れてしまう気がしたんです。だから……」
 彼女はその場に泣き崩れてしまった。
 そのとき、また神木の声が響き渡る。
 「ははは。どうでしたかこの真実は、ははは!」
 彼が、宙をにらんで叫んだ。
 「どこにいるんだ。いい加減に姿を表さないか、この骸骨野郎!」
 わたしは驚いた。彼が、人を罵倒するのをはじめて聞いたからだ。
 「ははは、おお、怖い怖い。わたしはもっと上層階にいますよ。早くわたしのところまでいらっしゃい」
 彼は回りを見回し、ぶつぶつ言う。
 「上って言ったって、階段はここで行き止まりじゃないか」
 「大丈夫です。ついてきてください。隼人さん」
 彼女は立ち上がり、絵に向かって歩き出した。
 「この絵には、指紋認証が施されているんです」
 彼女は、絵に指を伸ばした。
 絵をなぞっていき、瞳部分に埋め込まれていた黒色の宝石に触れたときだ。いきなり音をたてて、絵が動き出した。肖像画の後ろには、薄闇が広がっている穴がある。
 わたしは感心して言う。
 「驚いたな。絵の中に指紋認証が仕込まれていたなんて。ともあれ道は開けた。この扉を通って、先に進もう」
 彼も彼女もうなずく。
 「望むところだ」
 私たちは壁を跨いで越し、薄闇に歩を進めた。
 そのとき、部屋中に甲高い声が響き渡った。
 「はい!おめでとうございます!みごと霜村ご一行様は、わたしのいる最終ステージまで駒を進められました。では皆さま、天に続いている道をどこまでもお上りください」
  絵の裏に延びていた通路は薄暗く、狭かった。壁には肖像画と鏡が交互に飾られている。時々自分の姿が、肖像画のように鏡に写るのも不気味だ。進むにつれて、鏡は割れ、絵は裂かれていく。私たちの未来を表しているつもりだろうか。
 奥に進むと真っ暗な洞が見えた。いや、洞だと思ったのは空だった。伊賀地方の冷たい風が容赦なく吹き込んでくる。
 空には星ひとつ出ていない。禍禍しい黒雲が、風が吹くにつれてすごい速さで流れていく。
 この向こうに最終決戦の場が待っているのか。
 私は、二人に向き直って言った。
 「いくぞ!神木を倒して野望を打ち砕き、『科学の真髄』を取り戻す。それが私たちの最終的な目的だからな」 
 彼は言う。
 「ええ、わかってますよ。何があっても必ずやりとげます。僕にはその覚悟があります」
 彼女も続けて言う。
 「それに、問題はすでに神木家だけの問題じゃなくなっています。誰かが彼を止めなければ、今すぐにも破壊的な行動に出るかもしれません」
 私たちは武者震いした。
 「よし、行こう」
 私は決然とした面持ちでうなずいた。
 むき出しの石の回廊を、吹き荒ぶ風になぶられながら、長い間、私たちはひたすら昇った。回廊は螺旋を描きながら上へ上へと伸びていく。
 耳元でうねる風の音。頬が針で突き刺されるような冷たさ。これが伊賀の風だ。この地で生き抜くことがどれ程厳しいか、想像に難くない。人はこの厳しい地で生きることに必死だったのだ。
 それでも大気の匂いはやさしく、懐かしく感じられる。
 ようやく回廊を昇りつめた。雲に手が届きそうな高さだ。最後の一段を私たちは力強く昇り、館の頂上に立った。
 そこは、刻み石が回りを取り囲む昔ながらの円塔だった。かなり広く、暗い。
 その瞬間、強い光が円塔を照らし出した。同時にクラシックの音楽が賑やかに鳴り響く。
 中央の広場に、神木が立っており、その手には『科学の真髄』が握られている。
 神木は甲高い声で言う。
 「よくここまでたどり着きましたね。あなたたちのお陰で『科学の真髄』を手に入れることが出来て、この上なく幸せです」 
 彼が叫ぶ。
 「『科学の真髄』を手に入れて、どうしようというんだ!」
 「『科学の真髄』と地下深くに埋まっている辰砂があれば、すべての望みを叶えることが出来る。わたしの目的は無尽蔵の辰砂で富を築き、暗い地下で苦しんでいた人々を明るい陽のもとに連れ出すことだ。貧しく虐げられていた者も、産まれた土地のせいで蔑まれていた者も、平等に楽しく暮らせる世界を作る。人類平等化計画とでも呼んでもらおうかな」
 私は、悪びれることなくうそぶく神木に向かって叫んだ。
 「そんなことを言って、実際には危険な坑道で働かせ、病気にさせてるだろう!」
 「何を言ってるんだね。世界を変えるためには犠牲も少々必要なだけだよ。坑夫の数人、病気になろうが、仕方のないことじゃないか。
 それに、すべてはもう終わる」
 神木は手に持っていた『科学の真髄』を開き、何かを呟き始めた。
 突然、背後で爆発音とともに建物が崩れていく。
 「なんだ!」
 「これが『科学の真髄』の力ですよ。どうやら未来では、機械などは必要なく、言葉だけで十分なようですね」
 眼下を望むと、爆発が連続して起き、街の裾野から、城に向かって爆発が起きている。そのうち爆発は、館の壁をも昇り始めた。館の揺れがどんどん激しくなっていく。
 「ははは!素晴らしい!まだまだ派手なのが来ますよ。何せ地下には大量の辰砂が眠っているんですからねえ」
 私たちは、顔を見合わせる。ここで死んでしまうのだろうか。
 「あなたたちには、死んでもらいますよ。気にくわないものはすべて破壊する。それが神木流のやり方さ」
 あちこちで火の手が上がり始めている。じきにこの上も火の海になるだろう。
 神木は勝利を確信したのか、高らかに笑って言った。
 「地下の火薬庫にも、遠隔操作で火をつけました。地下には、大量の爆薬が保管されている。街は大地ごと吹き飛ぶだろう。万が一にも君たちは助かりませんよ」
 地上、いやもっと地下の深いところから爆破音が轟く。
 それは連鎖して、どんどん繋がって爆発しているようだ。それとともに、さらに大地の揺れが激しくなる。
 このままでは爆薬に引火して、爆発するのは避けられない。
 「ではみなさん、さようなら」
 神木の足場がふわりと浮き上がる。
 私は叫ぶ。
 「お前!自分だけ逃げるつもりか!」
 上空を見ると、なんとドローンで足場を支えているではないか!
「では、さらばだ」
そう言い残し、神木は私たちに背を向けた。勝利を確信し、油断していたのだろう。そこに隙が生まれていた。
 私は素早く、父から受け取っていた拳銃の引き金を引いた。
 弾丸はみごとプロペラに命中し、ドローンは街の方に墜落していく。
 「なんだと、馬鹿な、助けてくれ!」
火の中に神木が吸い込まれていく。
その声はどんどん小さくなっていき、地面に叩きつけられたと同時に消えた。
 そのとき不気味な地鳴りがし、館が傾いた。
 「な、なんだ、何が起こったんだ!」
 さっきの爆発の揺れとはまた違う。
 下を見ると、青山町に水が溢れている!街は館を残してすべて水没してしまった。
 崩れていく。私たちのいるこの館が。視界は炎に包まれる。瓦礫が雨あられのように降り注いでくる。生きた心地が全くしない。悲鳴をあげながら、私は落下していった――。
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