エピローグ

文字数 915文字

気がついたとき、私は湖の上に浮かんでいた。
 暗い湖水の下に揺らめいているのは――街だ。
 回りを見回し、愕然とする。それは湖などではなく、水に沈んだ街だった。
 その後、私たちは近くの街の病院に運ばれた。
 青山町の街は、赤目の滝と地下で繋がっていたらしく、街が危機的な状態に陥ったときに、水が引き込まれるようになっていた。過去にも疫病が発生したときなどに大水で街を洗いながしたことがあったらしい。今回、地下で起こった大きな爆発が、地下の水を揺らし、その装置が作動したのだ。
 それで爆薬が爆発せずにすんだというわけだ。もしも引火していたなら、私たちは街もろとも吹っ飛んでいただろう。
 神木の死体は見つからなかった。
 驚いたことに、神木は事を起こす前に街の住民たちに避難勧告を出していた。そのお陰で、街が崩壊するほどの爆破と洪水に見舞われながら、死者はゼロという快挙に繋がった。
 貪欲な森の支配者は、最後には人々を救おうとしたのだ。彼のしでかしたことのなかで、この事だけは評価して良いと思った。
 しかしそれでも、怪我をしている人も大勢いた。
 私は一列に並んでいるベッドの上に、森の奥で出会った男の子の姿を見つけた。
 「きみ!」
 「あっ」
 呼びかけると、男の子は明るい顔をした。
 「大丈夫か、怪我しちゃったのか」 
 「うん、でもそんなことよりも、もうあのドアの中に誰も入らなくてもよくなったのが、嬉しいよ」
 男の子は鼻の下をこすって、嬉しそうに笑った。
 私は病院の窓から、街を眺めた。瓦礫と水におおわれていたが、なぜかこの地は浄化されたのだと言う気がした。破壊されつくされたことで、街本来の輝きが取り戻せたのだと。
 ともあれ、『科学の真髄』は消えてしまった。しかし、これで良かったのかもしれない。行き過ぎた知恵や情報は、人をおかしくすることもあるのだ。

 こうして、人探しから始まった悩みは解決した。
 私たちの、笑い声が響き渡る。
けが人であふれかえった病院に。
がれきで埋もれた街に。
風のように吹き抜けてゆく。
その笑い声には、傷ついたすべてのものを癒していく、ふしぎな温かさがあった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み