第七章
文字数 2,441文字
もと来た道を戻る。住民たちの目は確実に敵意を含んだものになっており、私たちは互いに身を寄せるようにして、視線が交錯する町のなかを足早に通り抜けた。
森を抜け、陽の光が見えたのでほっとした。つい先程まで、時間軸の違う、間違った世界に迷い混んでしまったような気がした。
私は外の空気を思いっきり吸った。
「どうでしたか?無法地帯にいってみた感想は」
彼が私を労うようにいう。
「やっぱり異様な空間だった。すんでいる人もどことなく怖かったしな」
ホテルに戻ると、彼女宛の手紙が託されていた。
封を切って手紙を読み出す。その顔がみるみるうちにくもってゆく。
「鈴さん、どうかしたのですか」
「別の取材を私にしてほしいそうで、急遽そちらに向かわなくてはならなくなりました」
彼女は、ひどく寂しそうな顔をしていう。
「残念です。せっかくみなさんと仲良くなれたのに」
「僕もですよ」
彼が呆然と呟く。
彼女は、私たちを二人を見回して、言った。
「短い間でしたが、初めて自分が自分でいられたような気がします。自由になれて、とても楽しかったです」
「もう戻ってはいらっしゃらないのですか」
彼女は顔をあげて、きっぱりと言った。
「いえ、こっちの仕事が終わりましたらすぐ戻ってきますので、その時には、またお仲間に加えてください」
彼はにっこり笑い、元気な声で言った。
「お待ちしています!」
「――行っちゃったな」
私は、ロビーのソファに座り込んだままでいる彼にそっと話しかけた。彼は目に見えて気落ちしている。
「たった一日しか一緒にいなかったが、すごく存在感の大きな女性だったな」
ふと、フロントでホテルマンが私を呼んでいるのが目に入った。
気になって行くと、ホテルマンは私に封筒を差し出した。
「恐れ入ります。先ほど、男性の方が参られまして、その方からです。」
私はそこにかかれている文章を見てぎょっとした。
彼は、私の険しい顔に驚いたのか、私に話しかけてきた。
「霜村さん、なんてかいてあるんですか?」
「『この街から出ていけ。さもなくばお前たちを殺してゆく』と書かれているな」
「殺すですって!」
手紙を持つ手が、思わず震えた。
言葉で言われるよりも、便箋に文字でかかれているというのが恐ろしかった。誰だかわからないが、そんなことを思いながらこの手紙を書いていた人がいたかと思うと、便箋に触れているだけで、呪われそうな気がした。
そのとき、ばんと入り口の扉があいた。
「あーっ!」
双方から同時に叫びが上がる。そこに立っているのは父親ではないか。
私は会わないように気を付けていたつもりだったが、昨日ここにチェックインしていたということをすっかり忘れてしまっていた。
父もぎょっとしたように一瞬立ちすくんだが、すぐにお得意の怒声がとんだ。
「こらカナ!こんなところでいったい何をしているんだ」
「おや、お父さん、これはまた意外なところで」
「これはまたじゃない。何でここにいるのかと聞いてるんだ」
その威張り口調にかちんときて、私は大声で叫んだ。
「お父さんこそ、何で青山町なんかにいるんですか。あまりに威張りすぎて、京都府警からここに飛ばされましたか」
父は私の剣幕に一瞬たじろいだが、口ひげを震わせて怒鳴った。
「何を生意気な!なんなら逮捕してやろうか?」
「まあまあ、それぐらいにしといてください」
私と父が今にも取っ組み合いの喧嘩をしそうになっているところを、竹田さんが止めに入った。
「先ほど手紙を読んでいたのをお聞きしまして、何でもこの街からでないと殺されるとか」
「なにっ!本当か」
私は、父の問いに答える。
「ええ、本当ですよ」
「そこでどうでしょう。政義警部も、霜村さんにここにいてほしくないと考えていらっしゃるそうですし、カナさんのほうもこの街からでないといけないみたいです。なら、私がこの街から、どこか遠くに送るというのは?」
私と父は納得して大きくうなずいた。
私はホテルから出て、パトカーへと向かう。
竹田さんは、私にここで起こっている事件について話してくれた。
「現在青山町では町ぐるみの大きな犯罪が行われていますが、それは中野家の鉱床を巡って行われているのです。そして、鉱床では、なんと辰砂が発掘されているようです」
私は、竹田さんに訊ねる。
「辰砂とは、一体なんですか?」
「辰砂とは、かつて賢者の石といわれていたとても珍しい鉱石です。いわば、水銀ですね。
現代の科学からすると、水銀を服用するというのは自殺行為だということがわかりますが、辰砂を服用することで不老不死を目指して、逆に水銀中毒で死亡したという人物もいますし、一説によると弘法大師空海も水銀中毒だったといわれています。と、着きましたよ」
話をしているうちに、パトカーに着き、私たちは乗り込んだ。
「どこに、向かいましょうか」
竹田さんが聞くと、彼がきっぱりと答えた。
「祖父の家までお願いします」
彼の祖母の家までの道のりはひどいガタガタ道だった。しかし、何時間も歩くよりはましかもしれない。
「ところで、方角はこっちでよろしいのですか。一面、森しか見えませんが」
「いえ、僕らの一族しか知らない隠された道があるんですよ。もうすぐこの森を抜けます。悪路ですが、近道ではあるんですよ」
やがて森の出口まで来たので、私たちはパトカーから降りた。
森を出ると、突然視界が開けた。
眼前には、切り立った山。切り取られたような断崖。そこに通じる一本の道。その先にそびえるものは――。
堅牢で厳めしい、大きな館。
驚いた。あんな城みたいな家が彼の生家だなんて。
ふと思った。
いったい中野隼人とは何者なんだろう。
高校生以来の友人の、彼の正体は――。
森を抜け、陽の光が見えたのでほっとした。つい先程まで、時間軸の違う、間違った世界に迷い混んでしまったような気がした。
私は外の空気を思いっきり吸った。
「どうでしたか?無法地帯にいってみた感想は」
彼が私を労うようにいう。
「やっぱり異様な空間だった。すんでいる人もどことなく怖かったしな」
ホテルに戻ると、彼女宛の手紙が託されていた。
封を切って手紙を読み出す。その顔がみるみるうちにくもってゆく。
「鈴さん、どうかしたのですか」
「別の取材を私にしてほしいそうで、急遽そちらに向かわなくてはならなくなりました」
彼女は、ひどく寂しそうな顔をしていう。
「残念です。せっかくみなさんと仲良くなれたのに」
「僕もですよ」
彼が呆然と呟く。
彼女は、私たちを二人を見回して、言った。
「短い間でしたが、初めて自分が自分でいられたような気がします。自由になれて、とても楽しかったです」
「もう戻ってはいらっしゃらないのですか」
彼女は顔をあげて、きっぱりと言った。
「いえ、こっちの仕事が終わりましたらすぐ戻ってきますので、その時には、またお仲間に加えてください」
彼はにっこり笑い、元気な声で言った。
「お待ちしています!」
「――行っちゃったな」
私は、ロビーのソファに座り込んだままでいる彼にそっと話しかけた。彼は目に見えて気落ちしている。
「たった一日しか一緒にいなかったが、すごく存在感の大きな女性だったな」
ふと、フロントでホテルマンが私を呼んでいるのが目に入った。
気になって行くと、ホテルマンは私に封筒を差し出した。
「恐れ入ります。先ほど、男性の方が参られまして、その方からです。」
私はそこにかかれている文章を見てぎょっとした。
彼は、私の険しい顔に驚いたのか、私に話しかけてきた。
「霜村さん、なんてかいてあるんですか?」
「『この街から出ていけ。さもなくばお前たちを殺してゆく』と書かれているな」
「殺すですって!」
手紙を持つ手が、思わず震えた。
言葉で言われるよりも、便箋に文字でかかれているというのが恐ろしかった。誰だかわからないが、そんなことを思いながらこの手紙を書いていた人がいたかと思うと、便箋に触れているだけで、呪われそうな気がした。
そのとき、ばんと入り口の扉があいた。
「あーっ!」
双方から同時に叫びが上がる。そこに立っているのは父親ではないか。
私は会わないように気を付けていたつもりだったが、昨日ここにチェックインしていたということをすっかり忘れてしまっていた。
父もぎょっとしたように一瞬立ちすくんだが、すぐにお得意の怒声がとんだ。
「こらカナ!こんなところでいったい何をしているんだ」
「おや、お父さん、これはまた意外なところで」
「これはまたじゃない。何でここにいるのかと聞いてるんだ」
その威張り口調にかちんときて、私は大声で叫んだ。
「お父さんこそ、何で青山町なんかにいるんですか。あまりに威張りすぎて、京都府警からここに飛ばされましたか」
父は私の剣幕に一瞬たじろいだが、口ひげを震わせて怒鳴った。
「何を生意気な!なんなら逮捕してやろうか?」
「まあまあ、それぐらいにしといてください」
私と父が今にも取っ組み合いの喧嘩をしそうになっているところを、竹田さんが止めに入った。
「先ほど手紙を読んでいたのをお聞きしまして、何でもこの街からでないと殺されるとか」
「なにっ!本当か」
私は、父の問いに答える。
「ええ、本当ですよ」
「そこでどうでしょう。政義警部も、霜村さんにここにいてほしくないと考えていらっしゃるそうですし、カナさんのほうもこの街からでないといけないみたいです。なら、私がこの街から、どこか遠くに送るというのは?」
私と父は納得して大きくうなずいた。
私はホテルから出て、パトカーへと向かう。
竹田さんは、私にここで起こっている事件について話してくれた。
「現在青山町では町ぐるみの大きな犯罪が行われていますが、それは中野家の鉱床を巡って行われているのです。そして、鉱床では、なんと辰砂が発掘されているようです」
私は、竹田さんに訊ねる。
「辰砂とは、一体なんですか?」
「辰砂とは、かつて賢者の石といわれていたとても珍しい鉱石です。いわば、水銀ですね。
現代の科学からすると、水銀を服用するというのは自殺行為だということがわかりますが、辰砂を服用することで不老不死を目指して、逆に水銀中毒で死亡したという人物もいますし、一説によると弘法大師空海も水銀中毒だったといわれています。と、着きましたよ」
話をしているうちに、パトカーに着き、私たちは乗り込んだ。
「どこに、向かいましょうか」
竹田さんが聞くと、彼がきっぱりと答えた。
「祖父の家までお願いします」
彼の祖母の家までの道のりはひどいガタガタ道だった。しかし、何時間も歩くよりはましかもしれない。
「ところで、方角はこっちでよろしいのですか。一面、森しか見えませんが」
「いえ、僕らの一族しか知らない隠された道があるんですよ。もうすぐこの森を抜けます。悪路ですが、近道ではあるんですよ」
やがて森の出口まで来たので、私たちはパトカーから降りた。
森を出ると、突然視界が開けた。
眼前には、切り立った山。切り取られたような断崖。そこに通じる一本の道。その先にそびえるものは――。
堅牢で厳めしい、大きな館。
驚いた。あんな城みたいな家が彼の生家だなんて。
ふと思った。
いったい中野隼人とは何者なんだろう。
高校生以来の友人の、彼の正体は――。