第十章
文字数 3,634文字
「『科学の真髄』がまさかこんなところにあったとは」
私はつぶやいた。
「知ってるんですか、霜村さん」
「神木が、この本を狙っているらしくてな」
「そうだったんですか」
彼は、箱に手を当てながら言う。
「僕たちの一族は『科学の真髄』を封印したんです。封印とは、誰にも存在を知られないように、人の手から隔離すること」
私は呆然として、しばらく本の前で佇んでいた。
「だが、これを作ったのは誰なんだ?」
彼は呟く。
「僕らの一族自身ですよ」
「なんだって!」
「僕らの一族は最初、天才的な科学者の血筋だった。そして科学力で一族をまとめあげていたんです。でも、必要以上の力は必ず争いを起こす。それを恐れた僕らの一族は、この本を封印することにした。結果、『科学の真髄』という存在は伝説になったんです」
彼は悲しげに笑った。
「でも、今の話を聞いて、僕はこの本の封印を解こうと思います」
「どうしてだ。今まで一族は大事に封印してきたんだろう」
「神木 誠治がこの本を探しているって言ってたじゃないですか。神木一族だけには、この本を渡してはいけないんです」
私は無念そうに言った。
「時間の問題なんだな。この本が見つかることは」
「そういうことですね」
なんだか残念だ。せっかく今まで隠し通せていたのに。
私は彼に問いかける。
「神木はさらに、辰砂も盗掘しているんだろう。辰砂という危険物質と、科学力の結晶である『科学の真髄』を手に入れたら、いったいどんなことができるんだ」
彼は唇を引き結んでいった。
「想像もつかないほど危険ですね。彼には絶対に渡してはいけません。辰砂も『科学の真髄』も」
そのとき、突然私たちの後ろから、よく響く男の声が聞こえてきた。
「君たちの気持ちは大変よくわかりました。しかし、お話はここまでです」
私たちはぎょっとしてそちらを振り向く。
そこに立っていたのは安藤だった。
しかし、彼が叫んだのは意外な人物の名前だった。
「神木 誠治!」
この人が神木 誠治だって!
「これはこれは、隼人くん。お久しぶりだね。それと、その箱の中にあるのが、『科学の真髄』だね。やっとここまでたどり着けたよ。霜村カナさんを焚き付けて、誘きだしたお陰でね」
私は叫んだ。
「どういうことだ、私を騙したのか!」
神木は甲高い声で笑う。
「騙したとは人聞きの悪い。あなたには、自由に動いてもらったつもりですよ。確かに私は、偽の島の映像で気を引いて、ここまで君たちを引っ張ってきましたが、強制したつもりはない。あなたが、まんまと引っ掛かってしまっただけのことでは?」
私は怒った声で言った。
「名張の事もか」
「おや。名張の事も、とはいったいどういうことでしょうか」
「あれは、組立式の町だったんだ。最初から家も旅館も、墓でさえパーツで作られていた。あのとき私は、地蔵に気をとられていて、そんなことに気づくことはできなかったが、今思えば、あの地蔵こそがパーツの位置関係を表していたのだろう」
神木は、手を叩いた。
「さすがは霜村カナさんだ。よくぞ名張のなぞを解かれました」
「隼人の家に泥棒に入ったり、背中を突き飛ばしたりしたのも、あなたの仕業か」
神木は目を丸くして、私の顔をしげしげと眺める。
「驚きましたね。そこまで気づいていたとは」
彼が頭をかきながら叫ぶ。
「ということは、僕がホテルの鍵を盗まれて霜村さんのところについて行くことも予想してたって言うのか!」
神木は大きくうなずく。
「もちろん。それに合わせて私は霜村カナさんのところに出向いて、赤目のホテルにちょうど止まるようにタイミングを測ったってわけさ。君たちは、ずいぶんうまいこと引っかかってくれたね」
私たちは最初から、神木の術中にはまってしまっていたというわけか。
彼は悔しそうに言った。
「それで結局は、ここまで来てしまったというわけだ。あんたが狙っていた『科学の真髄』が長い間封印されていたこの寺に」
神木はいたずらっぽく笑う。
「やっと気がついたようですね。何せ何百年も封印されていた代物ですからね。君に動いてもらわないことには、『科学の真髄』のある場所はわからなかったんだよ」
なんということだ。
私たちはそれに気づかず、神木の案内役をしてしまっていたのだ。『科学の真髄』が封印されているところに、神木を連れていくという。
しかも、安藤が神木と知らずに、神木という人が別にいて、その人を助けなければと、必死で行方を探していたのだから、あきれて言葉もでない。
彼は怒りを声ににじませて言う。
「お前の望みはなんだ。辰砂と『科学の真髄』を奪い、その二つを使って、戦争でも起こすつもりか」
「とんでもない。私の目的は、戦争をなくすこと」
「なんだって?」
私たちはあっけにとられて、神木の顔を眺めた。
神木は不満そうに言う。
「何でそんな顔で私を見るんだ。無尽蔵の辰砂と、『科学の真髄』の科学力があれば怖いものはない。私が世界をひとつにするんだ。世界を平和に導くことだって可能だろう」
神木は笑い、箱の方を見る。
「そろそろここら辺でお開きにさせてもらおうか。『科学の真髄』はもらっていくよ」
神木はナイフを取り出し、私の方に向け、切りかかってきた。
そのとき、私をかばうように飛び出してきた人がいた。
「あっ、痛い!」
「あなたは!」
鈴さんだった。左腕の袖が、ナイフに切られて、裂けている。
「鈴さん!大丈夫ですか」
私は叫ぶ。
「大丈夫です」
彼女は傷を押さえていたが、気丈に言うと立ち上がり、神木に近づいた。
至近距離から手に持っていた銃を、神木に向ける。
「この人たちに、危害を加えたら許しません」
神木の眉に、強い怒りがにじんでいる。
「鈴……」
私たちに向かって彼女は微かな笑みを浮かべながら言う。
「青山町で警察の方が、事件の捜査に来ていると聞き、急ぎ戻ってまいりました。政義警部も一緒ですよ」
彼女の後ろから、がっしりとした体格の警部が姿を表した。
「あーっ、お父さん!」
「おお、お前も頑張ってるな。もう安心していいぞ」
お父さんは、大きな口でにやりと笑った。
普段は威張りんぼうだが、こんなときにはひどく心強い。もちろん竹田さんも一緒である。
お父さんは、神木に脅しの聞いた声で言った。
「神木誠治。お前の悪事については、我々はすべて確証をつかんでいる。いまさらどこかへ逃げおおせることもできない。かくなる上は神妙にお縄をちょうだいしてやる」
「どうやら分が悪いのは私の方みたいですね。しかし、まだまだ捕まるわけにはいきません」
そういうと神木は、ポケットから白い球を取り出して、自分の足元に向けて投げた。
するとどうしたことか、その球から煙が吹き出してきた。
全員がそこに注意を向けたとき、一瞬の隙が生まれた。
その隙に神木は、あろうことか『科学の真髄』の入った箱を台から引き剥がした。
「あっ、何をする!」
「これはもらっていきますよ。これさえ手にはいれば、もはやお前たちに用はありませんからね」
煙がなくなったとき、神木の姿はそこにはなかった。
「何て事だ」
全員が自分の目が信じられないというように、その場に固まって佇んでいた。
彼は頭を抱えて悲痛な声で呻く。
「ああ、何て事だ。やつに奪われるのを見ながら、手を出すこともできなかった。不甲斐ないったら、ありゃしない」
ここにいるみんなが、同じ気持ちだったと思う。これだけ人数がいながら、まんまと『科学の真髄』が奪われてしまったのだ。自分を責めないわけがない。
父が髭をいじりながら、怒ったような声で言う。
「やつはいったいどこへ行ってしまったのだ」
「おそらく、地下を通ってきたのではないでしょうか。この山の向こう側が、鉱床ですから距離的には至近です」
私は、ふと疑問に思い父に聞いた。
「ところで、お父さんはここまでどうやってたどり着いたんです」
「彼女と一緒に来たんだ。そこにいる彼の親戚だっていう祖父のところにより、彼が危機に見舞われてるといったら、お祖父さんはすぐにここへの行き方を教えてくれた。なんでも、一族の最重要秘密ということだったが、孫の命には変えられないってな。なかなかいいお祖父さんじゃないか」
鈴さんが頬を紅潮させていう。
「寺の地下にまさかこんな地下洞窟が広がっているとは驚きです。しかも、石が自ら発光しているのですから」
彼は、はっとしたように顔をあげた。
「ここでこんなに落ち込んでいてもなにも変わらない。とりあえずお祖父さんの家に戻りましょう。神木を探しに行くのはそれからです」
私はつぶやいた。
「知ってるんですか、霜村さん」
「神木が、この本を狙っているらしくてな」
「そうだったんですか」
彼は、箱に手を当てながら言う。
「僕たちの一族は『科学の真髄』を封印したんです。封印とは、誰にも存在を知られないように、人の手から隔離すること」
私は呆然として、しばらく本の前で佇んでいた。
「だが、これを作ったのは誰なんだ?」
彼は呟く。
「僕らの一族自身ですよ」
「なんだって!」
「僕らの一族は最初、天才的な科学者の血筋だった。そして科学力で一族をまとめあげていたんです。でも、必要以上の力は必ず争いを起こす。それを恐れた僕らの一族は、この本を封印することにした。結果、『科学の真髄』という存在は伝説になったんです」
彼は悲しげに笑った。
「でも、今の話を聞いて、僕はこの本の封印を解こうと思います」
「どうしてだ。今まで一族は大事に封印してきたんだろう」
「神木 誠治がこの本を探しているって言ってたじゃないですか。神木一族だけには、この本を渡してはいけないんです」
私は無念そうに言った。
「時間の問題なんだな。この本が見つかることは」
「そういうことですね」
なんだか残念だ。せっかく今まで隠し通せていたのに。
私は彼に問いかける。
「神木はさらに、辰砂も盗掘しているんだろう。辰砂という危険物質と、科学力の結晶である『科学の真髄』を手に入れたら、いったいどんなことができるんだ」
彼は唇を引き結んでいった。
「想像もつかないほど危険ですね。彼には絶対に渡してはいけません。辰砂も『科学の真髄』も」
そのとき、突然私たちの後ろから、よく響く男の声が聞こえてきた。
「君たちの気持ちは大変よくわかりました。しかし、お話はここまでです」
私たちはぎょっとしてそちらを振り向く。
そこに立っていたのは安藤だった。
しかし、彼が叫んだのは意外な人物の名前だった。
「神木 誠治!」
この人が神木 誠治だって!
「これはこれは、隼人くん。お久しぶりだね。それと、その箱の中にあるのが、『科学の真髄』だね。やっとここまでたどり着けたよ。霜村カナさんを焚き付けて、誘きだしたお陰でね」
私は叫んだ。
「どういうことだ、私を騙したのか!」
神木は甲高い声で笑う。
「騙したとは人聞きの悪い。あなたには、自由に動いてもらったつもりですよ。確かに私は、偽の島の映像で気を引いて、ここまで君たちを引っ張ってきましたが、強制したつもりはない。あなたが、まんまと引っ掛かってしまっただけのことでは?」
私は怒った声で言った。
「名張の事もか」
「おや。名張の事も、とはいったいどういうことでしょうか」
「あれは、組立式の町だったんだ。最初から家も旅館も、墓でさえパーツで作られていた。あのとき私は、地蔵に気をとられていて、そんなことに気づくことはできなかったが、今思えば、あの地蔵こそがパーツの位置関係を表していたのだろう」
神木は、手を叩いた。
「さすがは霜村カナさんだ。よくぞ名張のなぞを解かれました」
「隼人の家に泥棒に入ったり、背中を突き飛ばしたりしたのも、あなたの仕業か」
神木は目を丸くして、私の顔をしげしげと眺める。
「驚きましたね。そこまで気づいていたとは」
彼が頭をかきながら叫ぶ。
「ということは、僕がホテルの鍵を盗まれて霜村さんのところについて行くことも予想してたって言うのか!」
神木は大きくうなずく。
「もちろん。それに合わせて私は霜村カナさんのところに出向いて、赤目のホテルにちょうど止まるようにタイミングを測ったってわけさ。君たちは、ずいぶんうまいこと引っかかってくれたね」
私たちは最初から、神木の術中にはまってしまっていたというわけか。
彼は悔しそうに言った。
「それで結局は、ここまで来てしまったというわけだ。あんたが狙っていた『科学の真髄』が長い間封印されていたこの寺に」
神木はいたずらっぽく笑う。
「やっと気がついたようですね。何せ何百年も封印されていた代物ですからね。君に動いてもらわないことには、『科学の真髄』のある場所はわからなかったんだよ」
なんということだ。
私たちはそれに気づかず、神木の案内役をしてしまっていたのだ。『科学の真髄』が封印されているところに、神木を連れていくという。
しかも、安藤が神木と知らずに、神木という人が別にいて、その人を助けなければと、必死で行方を探していたのだから、あきれて言葉もでない。
彼は怒りを声ににじませて言う。
「お前の望みはなんだ。辰砂と『科学の真髄』を奪い、その二つを使って、戦争でも起こすつもりか」
「とんでもない。私の目的は、戦争をなくすこと」
「なんだって?」
私たちはあっけにとられて、神木の顔を眺めた。
神木は不満そうに言う。
「何でそんな顔で私を見るんだ。無尽蔵の辰砂と、『科学の真髄』の科学力があれば怖いものはない。私が世界をひとつにするんだ。世界を平和に導くことだって可能だろう」
神木は笑い、箱の方を見る。
「そろそろここら辺でお開きにさせてもらおうか。『科学の真髄』はもらっていくよ」
神木はナイフを取り出し、私の方に向け、切りかかってきた。
そのとき、私をかばうように飛び出してきた人がいた。
「あっ、痛い!」
「あなたは!」
鈴さんだった。左腕の袖が、ナイフに切られて、裂けている。
「鈴さん!大丈夫ですか」
私は叫ぶ。
「大丈夫です」
彼女は傷を押さえていたが、気丈に言うと立ち上がり、神木に近づいた。
至近距離から手に持っていた銃を、神木に向ける。
「この人たちに、危害を加えたら許しません」
神木の眉に、強い怒りがにじんでいる。
「鈴……」
私たちに向かって彼女は微かな笑みを浮かべながら言う。
「青山町で警察の方が、事件の捜査に来ていると聞き、急ぎ戻ってまいりました。政義警部も一緒ですよ」
彼女の後ろから、がっしりとした体格の警部が姿を表した。
「あーっ、お父さん!」
「おお、お前も頑張ってるな。もう安心していいぞ」
お父さんは、大きな口でにやりと笑った。
普段は威張りんぼうだが、こんなときにはひどく心強い。もちろん竹田さんも一緒である。
お父さんは、神木に脅しの聞いた声で言った。
「神木誠治。お前の悪事については、我々はすべて確証をつかんでいる。いまさらどこかへ逃げおおせることもできない。かくなる上は神妙にお縄をちょうだいしてやる」
「どうやら分が悪いのは私の方みたいですね。しかし、まだまだ捕まるわけにはいきません」
そういうと神木は、ポケットから白い球を取り出して、自分の足元に向けて投げた。
するとどうしたことか、その球から煙が吹き出してきた。
全員がそこに注意を向けたとき、一瞬の隙が生まれた。
その隙に神木は、あろうことか『科学の真髄』の入った箱を台から引き剥がした。
「あっ、何をする!」
「これはもらっていきますよ。これさえ手にはいれば、もはやお前たちに用はありませんからね」
煙がなくなったとき、神木の姿はそこにはなかった。
「何て事だ」
全員が自分の目が信じられないというように、その場に固まって佇んでいた。
彼は頭を抱えて悲痛な声で呻く。
「ああ、何て事だ。やつに奪われるのを見ながら、手を出すこともできなかった。不甲斐ないったら、ありゃしない」
ここにいるみんなが、同じ気持ちだったと思う。これだけ人数がいながら、まんまと『科学の真髄』が奪われてしまったのだ。自分を責めないわけがない。
父が髭をいじりながら、怒ったような声で言う。
「やつはいったいどこへ行ってしまったのだ」
「おそらく、地下を通ってきたのではないでしょうか。この山の向こう側が、鉱床ですから距離的には至近です」
私は、ふと疑問に思い父に聞いた。
「ところで、お父さんはここまでどうやってたどり着いたんです」
「彼女と一緒に来たんだ。そこにいる彼の親戚だっていう祖父のところにより、彼が危機に見舞われてるといったら、お祖父さんはすぐにここへの行き方を教えてくれた。なんでも、一族の最重要秘密ということだったが、孫の命には変えられないってな。なかなかいいお祖父さんじゃないか」
鈴さんが頬を紅潮させていう。
「寺の地下にまさかこんな地下洞窟が広がっているとは驚きです。しかも、石が自ら発光しているのですから」
彼は、はっとしたように顔をあげた。
「ここでこんなに落ち込んでいてもなにも変わらない。とりあえずお祖父さんの家に戻りましょう。神木を探しに行くのはそれからです」