月にある宇宙海堡(7)
文字数 1,501文字
行先設定は既にされており、細かい調整以外、基本的には手動操作の必要はない。
ベアトリスは純一少年の腕から降ろされ、操作パネルの前に立って、簡単な方向転換や速度変更などの微調整を行っていた。
純一少年は、ロートルテラス軍が未確認飛行物体である移送用カプセルに威嚇攻撃を仕掛けて来ないかと、彼が無造作に開けた穴から後方を確認していた。だが不思議な事に、追撃の戦闘機は一機も追っては来ない。そのことにも彼は違和感を感じていた。
純一少年は、宇宙用パテで穴を埋め、ベアトリスに話し掛ける。
「どうも、誰かが、僕を月に行かせたがっている様ですね……」
「誰かが? そんな人がいるにしても、その人は、私たちを月に行かせて、どうする心算だと言うの?」
「違いますよ……。僕とベアトリスさんではなくて、僕を……です。宇宙服は1着しか無かったでしょう? あれで、行くのは僕だけとする心算だったのだと思いますよ……」
「純一君だけを? 何故?」
「さぁ……」
「純一君を……抹殺する為……?」
純一少年は、それ以上、会話を続けようとはしなかった。
「純一君……」
暫くして、ベアトリスが声を掛ける。
「何ですか?」
「純一君の世界では……、姉弟でも、結婚できるの?」
「え?!」
「と言うか……、純一君と美菜さんって、本当に、ご姉弟?」
「どうして、そう思うのです?」
「美菜さんの純一君を見る目……。あれは弟を心配する姉の目じゃなかったわ。あれは別の、もっと……」
純一少年は返事に窮した。そして、これ以上、誤魔化しても仕方ないと、彼は本当のことを云うことにした。
「ベアトリスさんには、全部お見通しなんですね……。ええ、実は赤の他人です。大悪魔の僕がAIDSで働くために、そう偽って戸籍を誤魔化しているだけです」
「やっぱりね……。耀子ちゃんを見た時も変だと思ったの。妹の耀子ちゃんは大悪魔だし、能力も純一君と同じ。そして、何となく純一君と似た所がある……。なのに、姉の方の美菜さんは普通の人間だし、考え方が2人とは全然違っていた……」
純一少年は「耀子とは、養父母に一緒に引き取られただけで、血の繋がりは無いんだけどなぁ……」とは思うのだが、まぁ枝葉だと考え、その指摘をするのは控えた。
「美菜さんのこと、好きなの? あ、いいわ、答えなくっても……」
ベアトリスは、そう言って自虐的に笑う。
「私の入り込むスペースなんか無いわね」
だが、ベアトリスは口にしなかったが、美菜隊員の目は、愛し合っている幸せな女性のものとは思えなかった。どこか不安げな……、そして、どこか寂しそうな……。
一方の純一少年は、照れもせず淡々とベアトリスとの会話を続けた。
「美菜隊員は、僕の大切なパートナーです」
「そうよね……」
「彼女がいないと、僕は大悪魔の能力を充分には発揮できなのです……。
でも、それはあくまでAIDSクルーとしてだけの話です。彼女は僕の私生活でのパートナーではありません……。
僕は、美菜隊員を愛せないんですよ……。僕には、前の時空に深く愛し合った女性がいました。名前を菅原縫絵と言います。
僕は今でも彼女に逢いたくなるので、養父や養母と同じように、『思い出』として彼女を左手の薬指に残しています。
勿論、僕は彼女以外を愛さないなんて、そんな真面目な男ではありませんよ。でも、好きな人が出来たとしても、僕は、結局、彼女と比べちゃうんですよ……」
純一少年の方も、ベアトリスがしたのと同じ自虐的な笑いを浮かべていた。