瞬間移動装置はどこに(1)

文字数 1,835文字

 純一少年は歓迎会の終わりに美菜隊員を誘って、2人きりでバルコニーに出た。心地良い風がそよぎ、美しい星々の広がる素晴らしい夜であった。
「今、季節は何かしらね……。獅子座とか、乙女座とか、どれか見えないかしら?」
「地球からここまで離れると、見掛けの星の配置は地球と同じじゃないですからね、僕たちの知っている星座はありませんよ……」
「ここには星座など無いのかしら?」
「そんなこと、ないと思いますよ。人は星の見かけ上の無意味な配置から、色んな動物や図柄をイメージしてきました。それも、誰か1人が考えてそれを広めたのではなく、同時発生的に、色んな民族が星座を創り出したんじゃないでしょうか? それが証拠に、大熊座を見てみても、西洋と東洋では違った物をイメージしてるでしょう? ですから、ここの人もきっと星の並び方から、何かを想像しているに違いないでしょうね」
「そうね……」
 確かに、星の配置は見慣れたものではなかった。だが、星の輝きの美しさは、どの世界でも変わることがない……。そう美菜隊員は感じていた。
「明日の調査のことなんですけど……」
「純一、頑張ってね。あたしたちが帰れるか、君の肩に掛かっているんだから……。でも、君なら大丈夫。あたしは信じている!」
 美菜隊員は、先程迄の孤独感を無理矢理抑え、彼を気持ち良く送り出すことにした。
 自分が置いてかれて寂しいのは、彼女の個人的な気持ちであって、航空迎撃隊の隊員である以上、仲間を応援することこそ、真に彼女がすべきことなのだ。
 だが……、分かっていても、寂しさは拭いきれない。矢口隊員の様に、自分の気持ちに素直になれたら、どんなに楽であろうか?
 いや、素直な気持ちになった途端、惨めな気持ちにさせられることなど、既に分かっていることなのだ。
 彼には思う人がいて、自分は生気を彼に提供するだけの、従順な乳牛にしか過ぎないのだ。もし、詰まらない告白などしたら、彼はそれを気にして、生気を受け取ることすら拒否してしまうに違いない……。
 だが、自分は養父に命じられ、生け贄としての責務を果たさなければならない立場。だから、彼と暮らすことを止める訳には行かない。例え、どんなに気まずかろうとも……。
 彼が、本当に悪魔の様な男で、自分の身体を玩具にして楽しむ様な男であったならば、どんなに気が楽だっただろう……。それならば、自分を悲劇のヒロインとして肉体を捧げることも出来る。だが、彼は決して自分を蹂躙しようとはしない。必要な時だけ、生気を求めて来るだけなのだ……。
「美菜隊員、それなんですが、僕にも何が起こるか分からないんですよ。済みませんが、ここで生気を提供させて貰えませんか?」
「ちょっと、純一! ここでキスしろって言うの? 誰が見ているかも分からないのよ。勘弁してよ!!」
「大悪魔能力が、恐らく大量に必要になると思われるんです……」
「馬鹿言わないでよ!」
「いいじゃないですか、キスくらい……」
「生気が足んなくなったら、ベアトリスさんから提供して貰えばいいじゃない!!」
「美菜隊員こそ、馬鹿言わないでください。美菜隊員以外から、生気を貰える訳、ないじゃないですか!!」 
 美菜隊員は腹を立て、純一少年を残したままバルコニーを後にした。だが実の処、美菜隊員は不思議と機嫌が悪くはなかった。喧嘩をしたばかりにも関わらずだ。
 彼女自身、そんな自分を訳の分からない性格だと思う。そうは言っても、それが自分だし、そんな自分が嫌いと云う程でもない。

 純一少年も広間に戻り、美菜隊員のいるテーブルに近づいて来た。
「姉さん……」
「純一、反省している? 反省しているんだったら、十回『ご免なさい』と謝って、最後に私の手にキスしなさい! そこ迄したら、今回だけは許ししてあげるわ!!」
 純一少年は、謝るのが不満だと云う様に口を尖らした。勿論、それはポーズである。美菜隊員が何をさせたいのか、彼には充分に分かっている。
 純一少年は、別に唇から生気を奪う必要はなかった。皮膚からでも、皮膚と皮膚の接触でも生気を奪うことが出来る。彼女は手の甲にキスして、そこから生気を吸収しろと言っているのだ。
「頑張ってね。地球に戻ったら、君の好きなだけ唇から生気を吸わせてあげる。寮のベッドでなら、気絶するまで吸われても大丈夫だもの……。勿論、あたしが死ぬまで吸っても構わないのよ。もし君が、それを望むのだったら……」
 美菜隊員は、手の甲にキスされながら、そう考えていた。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。豪快な性格の様で、純一少年が戦闘嫌いであることを悟り、彼を戦闘に参加させない様にするなど、細かい気配りもできる人物。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。幼少期に見たマカロニウエスタンに憧れ、銃を自由に撃てるという理由で航空迎撃部隊に入隊したと云う変わり種。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。同期入隊の新田美菜隊員に密に憧れを抱いている。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

ピグマリオン


謎の女大悪魔。人形などの非生物を生身の身体に変える大悪魔能力を有している。

ベアトリス


ロートルテラス星の老王フレデリック五世の孫娘。

フレデリック王(フレデリック五世)


ロートルテラス星の王。

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