瞬間移動装置はどこに(1)
文字数 1,835文字
「今、季節は何かしらね……。獅子座とか、乙女座とか、どれか見えないかしら?」
「地球からここまで離れると、見掛けの星の配置は地球と同じじゃないですからね、僕たちの知っている星座はありませんよ……」
「ここには星座など無いのかしら?」
「そんなこと、ないと思いますよ。人は星の見かけ上の無意味な配置から、色んな動物や図柄をイメージしてきました。それも、誰か1人が考えてそれを広めたのではなく、同時発生的に、色んな民族が星座を創り出したんじゃないでしょうか? それが証拠に、大熊座を見てみても、西洋と東洋では違った物をイメージしてるでしょう? ですから、ここの人もきっと星の並び方から、何かを想像しているに違いないでしょうね」
「そうね……」
確かに、星の配置は見慣れたものではなかった。だが、星の輝きの美しさは、どの世界でも変わることがない……。そう美菜隊員は感じていた。
「明日の調査のことなんですけど……」
「純一、頑張ってね。あたしたちが帰れるか、君の肩に掛かっているんだから……。でも、君なら大丈夫。あたしは信じている!」
美菜隊員は、先程迄の孤独感を無理矢理抑え、彼を気持ち良く送り出すことにした。
自分が置いてかれて寂しいのは、彼女の個人的な気持ちであって、航空迎撃隊の隊員である以上、仲間を応援することこそ、真に彼女がすべきことなのだ。
だが……、分かっていても、寂しさは拭いきれない。矢口隊員の様に、自分の気持ちに素直になれたら、どんなに楽であろうか?
いや、素直な気持ちになった途端、惨めな気持ちにさせられることなど、既に分かっていることなのだ。
彼には思う人がいて、自分は生気を彼に提供するだけの、従順な乳牛にしか過ぎないのだ。もし、詰まらない告白などしたら、彼はそれを気にして、生気を受け取ることすら拒否してしまうに違いない……。
だが、自分は養父に命じられ、生け贄としての責務を果たさなければならない立場。だから、彼と暮らすことを止める訳には行かない。例え、どんなに気まずかろうとも……。
彼が、本当に悪魔の様な男で、自分の身体を玩具にして楽しむ様な男であったならば、どんなに気が楽だっただろう……。それならば、自分を悲劇のヒロインとして肉体を捧げることも出来る。だが、彼は決して自分を蹂躙しようとはしない。必要な時だけ、生気を求めて来るだけなのだ……。
「美菜隊員、それなんですが、僕にも何が起こるか分からないんですよ。済みませんが、ここで生気を提供させて貰えませんか?」
「ちょっと、純一! ここでキスしろって言うの? 誰が見ているかも分からないのよ。勘弁してよ!!」
「大悪魔能力が、恐らく大量に必要になると思われるんです……」
「馬鹿言わないでよ!」
「いいじゃないですか、キスくらい……」
「生気が足んなくなったら、ベアトリスさんから提供して貰えばいいじゃない!!」
「美菜隊員こそ、馬鹿言わないでください。美菜隊員以外から、生気を貰える訳、ないじゃないですか!!」
美菜隊員は腹を立て、純一少年を残したままバルコニーを後にした。だが実の処、美菜隊員は不思議と機嫌が悪くはなかった。喧嘩をしたばかりにも関わらずだ。
彼女自身、そんな自分を訳の分からない性格だと思う。そうは言っても、それが自分だし、そんな自分が嫌いと云う程でもない。
純一少年も広間に戻り、美菜隊員のいるテーブルに近づいて来た。
「姉さん……」
「純一、反省している? 反省しているんだったら、十回『ご免なさい』と謝って、最後に私の手にキスしなさい! そこ迄したら、今回だけは許ししてあげるわ!!」
純一少年は、謝るのが不満だと云う様に口を尖らした。勿論、それはポーズである。美菜隊員が何をさせたいのか、彼には充分に分かっている。
純一少年は、別に唇から生気を奪う必要はなかった。皮膚からでも、皮膚と皮膚の接触でも生気を奪うことが出来る。彼女は手の甲にキスして、そこから生気を吸収しろと言っているのだ。
「頑張ってね。地球に戻ったら、君の好きなだけ唇から生気を吸わせてあげる。寮のベッドでなら、気絶するまで吸われても大丈夫だもの……。勿論、あたしが死ぬまで吸っても構わないのよ。もし君が、それを望むのだったら……」
美菜隊員は、手の甲にキスされながら、そう考えていた。