序章(1)
文字数 1,372文字
「これをご覧下さい」
そう言って、男はバスケットボールより少し大きめの、ランタン状のガラスのケースを取り出した。ランタンの中には、ソフトボール大の金属光沢を持った物体が、無重力であるかの様に宙に浮いている。このランタンの上部には何やら装置があり、パイプの様な物が繋がっている様であった。
「これは真空カプセル中に、反物質で構成された鉄球を磁力で浮遊させたものです」
それを聴いて、記者たちからはどよめきの声が湧き上がる。
「ここに、ホンの少しばかりのガスを注入します。すると……」
男がランタンの上部の装置を少しいじる。すると鉄球が発光し始めた。
「このように、物質が消滅することにより、無公害の光エネルギーを発生させることが出来るのです。エネルギーの強弱は、注入するガスの量で自在に制御可能です」
カメラマンが一斉に光ったランタンの写真を撮りだした。
「我々は遂に、無限とも言える無公害エネルギーを手に入れたのです!」
記者の一人から質問が飛ぶ。
「博士は、どのようにその様な反物質を造りだしたのですか?」
男はこう答えた。
「造った訳ではありません。時空を移動する時空外人から譲り受けたのです。彼女は時空を旅するうちに、反物質の時空に行ってしまったと言っておりました。反物質世界の住人は、正物質の時空とのコミュニケーションを好まないとのことで、彼らの存在を秘密にする替わりに反物質の鉄球を譲られたとの事でした。勿論、正物質の世界では反物質は直ぐに消滅してしまうので、真空中に保管して置いたとの事ですが、それを私が譲り受けてこの真空カプセルに収め、磁気で浮遊させているのです」
「反物質世界とは何なのでしょうか?」
「我々の世界では、陽子は正電荷、電子は負電荷を持っております。しかし逆に、陽子が負電荷、電子が正電荷を持っている世界も存在しており、これが反物質世界と呼ばれる世界なのです。
世界は、巨大な爆発に依り正物質と反物質が生成されたと考えられております。正物質と反物質はぶつかると反応し、光となって消滅してしまいます。これを対消滅と呼びますが、正物質と反物質が同数だった場合、世界には物質は存在せず、光エネルギーだけが残されます。ですが、我々の世界では何らかの理由で正物質の方が多く、正物質とエネルギーが残されたのです。ですが、世界によっては反物質の方が多くなることもあり、そうした世界では反物質が残され、反物質世界として存在することになるのです」
「その反物質世界は、どこにあるのですか? 我々にも、その反物質を譲られることは可能なのでしょうか?」
「我々には、時空外旅行をすることは肉体の強度的に不可能ではないかと思われます。ですが、時空外人であればそれは可能ですし、この反物質が不足した場合には、時空外人は私の頼みを聞いて、反物質の人々との交渉を手伝ってくれるものと確信しております」
記者席から、喜びの声とペンを走らす音が絶え間なく聞こえてくる。
「我々の星は無限エネルギーを手に入れました。これにより、エネルギー問題、慢性的な貧困など、これ迄解決出来なかった全ての問題が、一気に良い方向に向かって行くものと、私は強く確信しております」
会見場は喝采の嵐に包まれていた。