ピグマリオンの人形(4)
文字数 1,601文字
そして、彼女の脇には、純一少年が目を閉じたままに横たわっている。
「純一、純一。嘘でしょう? 君が殺られる訳がない!」
「静かに! 分かってるんなら黙っていて下さいよ。僕たち二人は、この騒動に巻き込まれた一般人で、偶然、運良く助かっただけなんですから……」
目を閉じたままの純一少年が、美菜隊員にだけ聞こえる小さな声で、彼が脇で寝ている理由を簡単に説明する。
確かに、いくら二人がAIDSクルーだとは云え、素手でカミキリムシ人間を撃ち殺したとか、銃弾を何発か受けながら戦ったなんて話をしたら、面倒なことになるのは間違いない。ここは、訳の分からない連中同士が撃ち合い殺し合ったって話にした方が、遥かに話が通り易いだろう……。
この後、集まって来た警官と他基地のAIDSクルーに依って、人間は病院に搬送され、カミキリムシ人間などの人間以外の者はAIDSの研究施設へと送られていった。
美菜隊員は、やっと今、病院のベッドで目を覚ました。
純一少年が手を握っていたことに因り、自分は気絶させられていたのだと彼女は思う。
だが、病院のベッドで目を覚ますまでの間、どの様になったの記憶が全くない。恐らく、運ばれた病院で生存が確認され、そのままベッドの上に寝かされていたのではないだろうか……。
隣のベッドでは、あの惨劇の加害者の一人である純一少年が、不幸な出来事に遭遇した一般人の様な顔をして横になっている。そして、美菜隊員のベッドの脇には、矢口ナナ隊員と新田武蔵参謀が、心配そうに美菜隊員を見ながら座っていた。
「新田先輩、目、覚めました?」
矢口隊員が、美菜隊員が意識を取り戻したことに気付き、彼女に声を掛ける。それを聞いた新田参謀も、彼女の表情を確認し、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「済みません。ご心配をお掛けしました」
「ああ、無事で良かった」
新田参謀は、美菜隊員に銃創が無いことを聞いて、気絶したのは純一少年に因るものだと云うことを理解していた。この為、矢口隊員ほどには彼女の容体を心配してはいない。
だが、それでも父親として、彼女が意識を取り戻すまでは、矢張りベッドの脇から離れることが出来なかったのだ。
「純一は、大丈夫なの?」
訊くまでもないことである。だが、話の流れから、美菜隊員はそれを訊かない訳にはいかなかった。
「純一君も大丈夫だよ。それにしても、二人とも運が強いよね。あそこで生き残ったの、四人しかいなかったんだよ。それなのに、二人とも無傷なんてね~。生き残った民間人の二人も重体だったんだって」
矢口隊員の答えを聞いて、美菜隊員は心が酷く痛む。
「済みません。誰も守れませんでした」
「仕方あるまい。美菜は非番で、銃も携帯していなかったんだから……」
新田参謀の答えだが、暗に「純一少年なら、何とか出来たのではないか?」と云う彼への非難が含まれている。勿論、純一少年にも聞こえていただろうが、彼はその程度で動揺などする筈もない。
彼にしてみれば、カミキリムシ人間を射殺するのが精一杯で、彼のお蔭で犠牲者があの場所に居合わせた人間で収まったのだとすら思っている。寧ろ彼が反省していたのは、自分まで撃ってきたカミキリムシ人間への怒りで、安易に人間の味方をしてしまった事の方であった。
「だが……、意識を取り戻したばかりで悪いのだが、落ち着いたら、原当麻基地に戻って、状況の説明を蒲田隊長に報告して貰いたいのだ」
「了解しました!」