第106話 寄り添いとは 終 ~絶対の味方~ Bパート

文字数 7,350文字


 初めは恥ずかしさと慣れない服装の事もあって、朱先輩と喋りながら気を紛らわせていたのだけれど、どうしても待ち合わせ場所に近づくにつれ不安と緊張で無口になってしまう。
「大丈夫だよ。わたしは何があっても愛さんの味方なんだよ」
 でもその度に朱先輩の励ましというか、安心をくれようとしてくれていた。

 何度かそう言うやり取りを繰り返しながら公園まで着いた時、雨上がりの公園に児童の声が上がる中、見覚えのあるような姿が二人分視界に入る。
「……」
 二人の姿に、改めて怖くなった私を朱先輩は決して急かさない。朱先輩も公園の入り口にあるピコリーノの前で一緒に立ち止まってくれる。
 いつまでもそうしているわけにはいかないからと、私が足を踏み入れる一瞬早く、一人が私に気がつく……けれど誰なのか。もう片方は優希君だとは思うんだけれど。
「……」
 誰か分からないまま視認できる距離まで来た時、四人中三人が驚きで動きを止める。
 まずは優希君の顔が酷い。まさか倉本君とあの後もケンカしたのか、顔が赤いだけじゃなくて所々腫れ上がってしまっている。そしてその瞳は心なしか潤んでいる気がする。
 次に優珠希ちゃん。優希君からびっくりするとは聞いていたけれど本当にびっくりした。
 レースと襟のついた真っ白な五分丈ほどのブラウスの上に、今日は結わえずに下ろしている黄金色に輝く髪に合わせたかのような、Vネックになっている足首ほどまでの丈の真紅に近い色のロングワンピースを身につけていた。そして靴下も純白と言っても差し支えがない程の真っ白な恐らくはハイソックス。もちろんボタンは一番上まで留まっているし、その首元にはちょっとしたワンポイントなのか、優珠希ちゃんらしい花柄の蝶タイみたいなのもつけている。そして通学用とは全く違う可愛らしいアクセントの入ったローファー。
 その姿は学校で着崩した制服からは似ても似つかないし、確かに想像も出来ない。どこかの令嬢かと言われれば納得してしまいそうなほどだ。
 その上金髪じゃなかったら優珠希ちゃんって分からなかったと言い切ってしまって良いくらいには雰囲気も全く違う。
 そして近くに来て一番顕著だと分かるのが、優希君と優珠希ちゃんの距離だ。
 あのお兄ちゃん子の優珠希ちゃんが、優希君と大幅に距離を取っている事もそうだけれど、お兄ちゃんの方を全く見ずに、初対面であるはずの朱先輩にも全く目を向ける事無く、私の方をまっすぐに見つめている。
 そういう所は本当にお兄ちゃんと同じなんだなって、統括会の時に私に熱っぽい視線を向けてくれていた優希君の姿を思い出しながら、優珠希ちゃんに視線を送りかえす。
 その中で――
「愛美先輩っ! わたしのお兄ちゃんが本当にごめんなさいっ!」
 私が優希君の頬の事を聞こうと口を開きかけた時、優珠希ちゃんが言葉と共に深々と頭を下げる。
「なんで優珠希ちゃんが先に謝るの?」
 その優希君は、瞬きすらも忘れたかのように、私を凝視したまま全く動く気配も、言葉を発する気配もないのに。
「確かに金曜日の朝の時点の事だから

がした事を、わたしは知らなかった。でもわたしはあの時、愛美先輩にこれ以上

が悲しませる事は無い、不貞を働く事はないってゆう意味でわたしはあの時返事をしたの。その上で

の不貞を知った後でも、わたしとの約束を果たそうとしてくれたのだから、本当にありがとう。そして愛美先輩を傷つけてごめんなさい……」
 雨上がりの公園で、児童たちの元気な声が聞こえる中、深々と頭を下げた優珠希ちゃんの嗚咽が混じる。
 ……知らなかった……か。
 確かに優珠希ちゃんに確認したのは朝一限目の保健室内で、優希君が雪野さんに触れたのは昼休みなのだから、あの時点では嘘はついていなかった事になる。
 これだと『善意の第三者』

の話になってしまう。
 事実を知って気が動転して、ショックを受けた金曜日の放課後、そこまで気が回らなかった。時系列も何もかもが吹き飛んでしまっていた。
 そこまで分かってしまえばもう私には優珠希ちゃんを怒れない。
 それに私との事を涙ながらに“縁がこのまま切れるのは嫌だ”と昨日の電話で言ってくれた優珠希ちゃん。
 今の優希君との距離感や、開口一番に私に深々と頭を下げて謝ってくれた事。ちょっとした事かもしれないけれど、言葉と行動で示して有言実行を見せてくれている優珠希ちゃん。
 本当に、この感情を何処に持っていけば良いのか。どうしてたった一人を好きになるだけでこんなにもややこしくなってしまっているのか。
 目にたまった涙を流せ

私は、今日は広がっている私の大好きな青空を見上げて――
「愛美せんぱ――」
「ちょっと朱先輩?!」
 優珠希ちゃんの言葉の途中で、乾いた音がしたかと思ったら、優珠希ちゃんの前まで行った朱先輩がもう行動してしまった後だった。
「以前。愛さんの頬を腫らせたのは貴女ね」
「え?! なんで朱先輩がその事を……?」
 あまりにも唐突の事に我を忘れて驚く。
「そんなの愛さんの一番の理解者でいたいわたしには簡単な事なんだよ」
 よっぽど腹を立ててくれているのか、優珠希ちゃんと向かい合ったままで私と会話をする朱先輩。
「優珠希ちゃん大丈夫? ――朱先輩のお気持ちは嬉しいんですけれど、こう言うのは私は、嬉しくないです」
 私は大慌てで朱先輩と優珠希ちゃんの間に割って入る。
「良いのよ。愛美先輩が約束をちゃんと守ってくれてるのは分かってるし、今日は愛美先輩の気が済むまでわたしを――」
 私は優珠希ちゃんに向き直って、
「――手は上げないよ。もうその件は一昨日保健室で優珠希ちゃんを二回()っている上、朝以降の事を知り得なかった優珠希ちゃんが悪くない以上、手を上げる理由がないよ」
 何だかんだ言って私の近くにいる人には笑っていて欲しいのだから、そんな簡単には手を上げられない。
「でも愛美先輩、昨日の電話では――」
「――顔の形が変わるとは言ったけれど、殴るとも手を上げるとも一言も言ってないよ。それにそんな事をして、御国さんは心配しない? ただですら園芸部が今年度一杯は活動停止なのにその上、優珠希ちゃんが頬を腫らしてしまったら、御国さんにはなんて言うつもりなの? 御国さんはどう思うの?」
 私の事を考えてくれるのは嬉しいけれど、優珠希ちゃんにも自ら親友と言い切れる御国さんは大切にして欲しい。
 私の時も親友、周りの友達、それに慶までもが心配してくれていたのを思い出す。
「――っ!」
「だから私からはこれだけだよ。もう顔の形を、涙と悲しみと呵責で変えて歪めてしまっている優珠希ちゃんにはこれ以上は必要ないから」
 そう言って優珠希ちゃんの頬に軽く手を添えるだけの間違ってもビンタとは言えないビンタだけにする。
 女同士。しかも優希君が言ってくれた性格を、優珠希ちゃんがしているのならこれで私の気持ちは伝わるはずだから。果たして――
「愛美先輩……」
 ――私の顔を驚いて見上げた後……私に掴まって優珠希ちゃんらしく今日は下ろした金色の髪を小刻みに揺らしながら静かに涙を流す。
 その合間合間に私に対して“ごめんなさい”を混ぜながら。


 しばらくの間優珠希ちゃんの思うようにさせてあげていると、隣から優希君までもが、嗚咽を漏らしているのが聞こえる。
 でも女である私には優珠希ちゃんの気持ち、心を多少理解できたとしても、優希君の事は分からない。本当なら私が涙したいくらいだし、実際かなり涙した。それでも優希君の気持ちが聞きたくて、怖くても知りたくて勇気を出したのにその優希君は一言も私に声をかけてくれない。
 私が困り果てた時、朱先輩が再び動き出す。

「……」
 一瞬優希君にも手を上げるのかと思ったのだけれど、それは杞憂に終わる。
「……空木くんは愛さんの事が

?」
 そしてそのまま今度は朱先輩が優希君と話を始めてしまう。
「……それは絶対にあり得ません」
 朱先輩が私と優希君の射線上に入ってしまって、私からは優希君の表情が見ることが出来ない。
 だから優希君の涙交じりの声しか聞こえない。
「……愛さんが他の男の人と仲良くするのは

?」
 だから朱先輩が優希君に質問する際に何かを言っていたような気もするけれど、何を言っているのか聞き取る事が出来ない。
 その上、私の時とは打って変わって全て

な聞き方をしていく。
「その姿を見るのも周りから聞くのも嫌です」
 朱先輩の質問に対して、少し涙声ながらハッキリと答えてくれる。
「じゃあ愛さんを傷つけた雪野さんとも仲が

って言える?」
「……」
 答えて欲しい質問に優希君が答えてくれない。私が下唇を噛んでいると、隣の優珠希ちゃんの腕をつかむ力が強くなる。
「じゃあ雪野さんと愛さん、どっちの方が仲が

のかな?」
「……」
 私の目から涙がこぼれそうになった時
「……仲が悪いというのは愛美さんの望む事じゃないですから。どっちがどっちとは言えません。ただ愛美さんが雪野さんとも仲良くって言うか、話を聞いてあげて欲しいって言ったから……」
 優希君が答えてくれるけれど、私の気持ちは何て言って良いのか分からない事になっている。
「じゃあ雪野さんとキスしたのも、胸を触ったのも愛さんが仲良くして欲しいって言ったせい? 女の子のせいにする人に愛さんを任せられ

んだよ」
 そういえば昨日の夜に、朱先輩自身もちゃんと優希君の事を見たい聞きたいって言ってくれていた事を思い出す。
「違います。そうじゃないんです。愛美さんが雪野さんを一人にしたくないって、同じ仲間だと思ってくれてるから、それに協力したくなったんです」
 私と優希君の間に立った朱先輩が、落ち着き無く体を小刻みに動かす。
「そんなのは言い訳にしか聞こえ

んだよ」
「……」
「言え

んなら愛さんの事は任せられ

んだよ」
 普段からは考えられないくらい厳しい言葉を並べ立てる朱先輩。
 しかも言葉だけを聞いていたら、私には優希君の気持ちは動いていないって言ってくれていたのに、優希君と話す時はまるで私と優希君を引き離そうとしているようにも聞こえなくない。  ※カリギュラ効果狙い
「……愛美さんには倉本じゃなくて、僕の方が頼りになるって思って欲しかった」
 そして優希君の口から私自身も思いも寄らなかった優希君の心の内を聞かされる。
「それじゃあ雪野さん相手でも、統括会じゃ

良かったんじゃないかな?」
「愛美さんの良いところ、優しいところを僕が一番近いところで見たかった。倉本なんかに愛美さんの良いところを知られたくなかった。だから今回は僕が雪野さんの相手をしないといけなかった。愛美さんが僕に雪野さんの事を頼んでくれたんだから、他の誰に雪野さんを任せてもダメだった。倉本の前で愛美さんの優しさを見せて欲しくなかった」
 そこまで優希君が倉本君の事を気にしてくれているなんて思ってもいなかった。
 そこまで優希君が倉本君に対して、ハラハラしてくれているとも思ってなかった。そこまであの組み合わせが嫌だと思ってくれているなんて想像もしていなかった。
「だからって雪野さんにキスした事が許されるわけが

んだよ。他の女の子の胸に触る男の人なんて、

なんだよ」
 本当に朱先輩が私の代わりに、私の為に怒ってくれているのが分かる。
「……倉本に愛美さんの良いところを見られるのはどうしても嫌だったけど、僕が愛美さんを泣かせてしまうんだったら、もう雪野さんに関わりたくない」
 私一人では絶対に聞き出せなかった優希君の気持ち、想いを朱先輩が次々と掘り出してくれる。
「最っ低っ! なにあのメスブタとした事を別の話にすり変えようとしてるのよ。あんなメスブタとするなんて、お兄ちゃん頭おかしいんじゃないの?」
 ところが私じゃなくて、優珠希ちゃんが身内だからなのか、お兄ちゃん子とは思えなくらい辛辣な事を言う。
「お兄ちゃんが言い訳しないんならそれでも良いけど、愛美先輩を泣かせた事、彼女がいるのに軽々しく他の女に、しかもよりにもよってあのメスブタに手を出すとか、わたしは絶対に許さないわよ。お兄ちゃんもそうゆうのは絶対に嫌だってゆってたじゃない。あの言葉は一体何だったの?」
 その上でとどめに近い一言を口にする優珠希ちゃん。
 本当に以前優希君が言っていたように、潔癖症なくらいの貞操観を持っているって分かる。
「優珠希ちゃん。ありがとう。でも、ここは朱先輩に任せてくれないかな?」
「愛美先輩がそうゆってくれるなら……でもわたしはお兄ちゃんの事、ちょっと考え直すから」
 本当に優希君に怒ってくれているのが伝わる。しかもただ私の為に怒っているのでは無く、まだ何かがある気がする。
「……じゃあ続きなんだよ――愛さんと倉本くんが二人で仲良くお昼してるのは知ら

の?」
 そして朱先輩もまた同じ気持ちなのか、優珠希ちゃんの言葉を止める事無く、訂正する事なくそのまま話を続けるけれど、朱先輩が口にした質問に、もう少しで仲良くなんてしていませんって言いそうになった。
「……知っていました」
「じゃあ、さっき愛さんが他の男の人と仲良くするのは嫌って言った事、倉本君に愛さんの良いところを知られたくなかったって言うのは

?」
 その上ただ厳しいだけじゃなくて、優希君を煽ってすらいる節も感じる。
「嘘じゃありません。本当は嫌ですけど……」
「言えないって事は嘘? 愛さんは空木くんに隠さずに

正直に話してるのに空木くんは秘密なんだ。まだ、愛さんにも秘密を作るんだったら――」

 優希君の表情を朱先輩の背中が遮っていて、朱先輩も含めたお互いの表情が全く分からない。
 私の方も優珠希ちゃんが私から全く離れないから、動くに動けない。
「――僕とつきあう事で、愛美さんを束縛したくなかったし男として広い心を持ってるって感じて欲しかった。他の男みたいにあれこれ言わずに、のびのびと愛美さんらしく行動して欲しかった。それが出来るのは僕一人だけだって、愛美さんに感じて欲しかった」
 私は優希君の言葉に窮屈って感じた事もなかったし、それは前にも言ったけれど、そういえば前にそれが男の器だって中条さんも言ってたっけ。つまりはやっぱりそう言う事なのか。
 やっぱりお母さんも言ってくれていたとおり男の人には男の人なりの感情があって、それは女である私には理解できないのかもしれない。
 そして再び男女の《視点の違い》を痛感する。
「それに僕が束縛する事で、愛美さんの優しさに制限をかけたくなかった。愛美さんの良いところを一番近くで理解して、それを最大限に引き出せるのが自分だって、だから他の男に言い寄られても絶対に僕を選んで欲しかった」
 それにしてもと思う。どうしてそこまで思っていたのなら私に直接は言ってくれなかったのかなって。
「……ひょっとして、愛さんって他の男子にも人気あったりする?」
 あれ……さっきまで雰囲気の全く違う声で、朱先輩がすごい事を聞き始める。
「……はい。正直愛美さんの事を気にしてる男子は、僕のクラスにも何人かいます。だから正直言ってそんな事はないとは思ってるんですけど、愛美さんにいつ愛想を尽かされるのかが僕はいつも不安なんです」
 色んな事に驚き続けて、頭の中は正直追いついてないんだけれど、優希君がたまに口にする“自信がなくなる”って言うのはそう言う事なのかもしれない。
 ああ……でもこれも蒼ちゃんが言ってたっけ。
 人気のある男子と付き合うのは大変だって。逆に言うと人気のある女の子と……私って、でも、そこまで人気あるのかな……今まで誰からも声をかけられた事もないし、そもそも私は、『自分が好きになった人、一人だけで良いから好きになってもらえたらそれ以上は要らない』のだから他の男の人なんて気にした事もなかった。
 いやでも、確かに朱先輩にも以前、あまりにも可愛すぎるとか人気がありすぎると逆に尻込みしてしまって、なんて話もしていたけれど、そこまで見かけにこだわるのもなんか違うと思って、びっくりはしたけれど聞き流していたっけ。
 考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがる。
「じゃあ最後の質問。愛さんの事が好きで、他の男の人と喋るのは嫌だって言う気持ちを抑え込んでまで、愛さんに広い心を持ってるって、空木くんが一番の男の子だって、倉本君に負けたくない気持ちをそこまで前面に押し出して、愛さんに良いところを見せて、愛さんの一番近くにいたいって思った空木くんは、どうして大っ嫌いな雪野さんとキスをして、大っ嫌いな雪野さんの胸を触ったの? 女の子からしたら一番プライベートな部分なんだよ? 愛さん以外の女の子のプライベートな部分に触れておいて、どうしてその事を愛さんに隠したのかな? そのせいで昨日一日……ううん。一昨日の夕方からずっと辛かったんだよ。空木くんが答えてくれない今だって愛さんはとっても辛いんだよ。先に断っておくと“わたしは”、今も、ものすごく怒ってるんだよ」
「……」
「その答えはわたしでも、“憎い妹”さんでもなく、一番初めに直接愛さんに答えて欲しいんだよ」
 本当に優珠希ちゃんにも腹が立っているのか、わざわざ“憎い”と付け加えて優希君に注文もつけてから、初めて朱先輩が優希君と私の射線上から立ち退く。
 その優希君の表情を見て、明確な意思を持って朱先輩が私と優希君。お互いの表情が見えないように立ち回っていた事に気づく。

―――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――
     「――何なのそれ。女の浮気は許せないけど、男の浮気は許せって事?」
         男の言い分に徹底的に腹を立てている優珠希ちゃん
          「朱先輩。出来ればこの後――ってあれ?」
                いつの間にか……
            「中条さんっていつ殴られたの?」
            憤ってくれていたのは独りじゃなくて

              「じゃあまた明日学校でね」
 
           107話 二人の橋頭保 ~不器用な二人~
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