第108話 噛み合わない男女の思考 ~信じる大切さ~  Aパート

文字数 5,617文字



 背中越しにまで感じた優希君の視線。
 私と会えた事、ゆっくりと話せたことを喜んでくれたのか、それともまだ完全に元通りとは行かないけれど、私と仲直りが出来た事を喜んでくれたのか。
 それともこの朱先輩の服を喜んでくれたのか……この朱先輩が施してくれたお化粧に見惚れてくれたのか。
 どっちも、どれも嬉しい事には変わりないけれど、服とかお化粧の方だと朱先輩のセンスと言うか、趣味に喜んでくれた気がしてイマイチ面白くない。
――清くんへのお弁当やお料理は何とかアタシ一人の努力でどうにかしたい
   んです。清くんが褒めた愛先輩のお弁当に負けたくないんです―― (72話)
 今なら彩風さんの気持ちが分かる。あの時私は彩風さんの事を“いじらしい”と思っていたけれど、これも嫉妬だ。
 形はどうあれ、意識してようがしてまいが、他の女の子の力を借りて褒められて、自分以外の女の子を褒められている感覚に陥るのが嫌なのだ。
 こんなにも朱先輩に助けてもらって、時間をかけてゆっくり話も聞いてもらって、醜態も晒して……大切にもして貰っているはずなのに。
 さすがにこんなにも不義理な事を考えている事は知られたくはない……けれど、この服はもう優希君の前では着ない事にする。
 どうあっても女の子の感情ってフクザツなのだ。


 それに彩風さんと言えば中条さんと一緒に説明すると言っていた“雪野さんが被害者”である説明もしないといけない。それにお互いの涙顔を目に焼き付けたあの金曜日の放課後以降の事も気になる。
 私の方は朱先輩や優珠希ちゃんの助けもあって、何とか私の考えていた最悪の結末だけは避けられたけれど、私に対して本気だって言う倉本君の事を考えると、全く気が休まらない。
 ただ、来週の統括会の時に私たちの関係の事を言うって優希君と決めたのだから、そこでまた流れが少しでも変われば良いなって思う。

 そしてその咲夜さん。今週告白する事に対して本当に罪悪感で一杯になっているのも、あの半ば叫ぶようにして話してくれた電話の時にはもう伝わっている。
 金曜日の事は夜に着信をくれていた事からして、咲夜さんが気にしてくれている事も分かっている。
 だからこそ、咲夜さんにも伝えておきたい。
 私の事は気にしなくても良い。ちゃんと優希君にも話はしてあるから、咲夜さんにとっての初告白を悔いの無いようにやってくれたら良いって。


 今日の夜に電話をする事を考えながら、ゆっくりと歩いて家の玄関まで帰って来る。
 私は自分の家を見上げてふと思う。昨日の朝出て行って、今日の夕方。心境の変化が大きいのか、たった一日半家を空けただけ。旅行に出かけたらもっと長い期間家を空ける事もあるかと思うのに、それ以上に懐かしさみたいなものが込み上げて来る。
 私は早く、笑顔が武器なると言ってくれたお母さんに、その笑顔を見せたくて玄関をくぐる。
「……ねーちゃ――」
「……その顔だと良かったみたいね」
 今の格好を思い出した私は気恥ずかしくて、無言で失礼してこっそり自室で着替えようとしたのだけれど、駄目だった。
 お母さんはともかくとして、慶までもが私を待っていたのか、玄関を開けたとたん二人ともがリビングから顔を出して、慶は固まり、お母さんは驚きの中に嬉しさをにじませてくれる。
「……取り敢えず着替えて昨日今日の分の勉強しているから、何かあったら呼んでよ――あと慶、こっちあんまジロジロ見んな」
 お母さんには後で説明する必要はあるけれど、今日のこの服装は朱先輩が私と優希君の為に貸してくれた服であって、間違っても慶に見せるためのワンピースじゃない。
 私はそれだけを言ってそそくさと自室へとこもる事にする。


『咲夜さん、今時間大丈夫?』
 先に部屋着に着替えてしまってから、少しでも早く咲夜さんに知らせようと電話をする。
『あたしは大丈夫だけど、愛美さんの方こそ大丈夫? 副会長が浮気したって聞いたけど』
 まあ状況だけ見たらそう言う話になっていてもおかしくはない。
『私は大丈夫。今日、優希君ともちゃんと話出来たし、元通りとは行かないけれど何とか話は付いたよ』
 そう。これ以上はもうどう言ったって、雪野さんと済ませてしまった優希君の初めては無くなってしまったのだから。
『元通りとは行かないって……まさか別れちゃったの?』
 私の一言でまた咲夜さんの声が震える。
 これが本来の咲夜さんなんだと思う。あの女子グループ、咲夜さんグループといる時の咲夜さんがいかに周りに合わせながら付き合っているかって言うのも浮き彫りになっている気がする。
 本当にここ最近の咲夜さんには驚かされてばかりだ。
『……ねぇ咲夜さん。最近ちゃんと笑えてる? お母さん、お父さんの前で笑顔出せてる?』
 思い返しても、ここ最近咲夜さんの笑顔をほとんど目にしていない。
『笑えるわけないじゃん! あたし、今週中に愛美さんの彼氏に告白しないといけないのに笑えるわけないじゃんっ!』
 蒼ちゃんと戸塚君が付き合い始めた時の言葉を思い出せば咲夜さんも随分変わったと思う。 (19・20話)
『……咲夜さんも変わったよね』
 余程強くそう思ったのか、自然、私の口から洩れる。
『あたしは変わってないっ! 昔から周りの人の意見を聞きながらうまくやってきたつもりだし、第一あたしには友達の彼氏に手を出すような事なんて考えた事なんてないっ』
 咲夜さんは震えていた声を止めて、ムッとした口調に変わる。
 当たり前だけれど、自分の変化には自分で中々気づけないものかもしれない。
『咲夜さんは変わったよ。だって私がケンカしていても実祝さんと仲良くしてくれているし、戸塚君とお付き合いを始めた頃と違って、私の親友である蒼ちゃんの事を考えてもくれている。そして今は私と優希君の事も心配・応援してくれている。違う?』
 私たちはまだまだ子供で学生なのだから、今ならある程度までの間違いも許されるし、実祝さんのお姉さんが言ってくれていた通り、こんなにたくさんの人が一堂に集まって生活するのは学生の今しかない。
 だからいろいろな見方や考え方も身につきやすいし、成長だって出来るんじゃないかって私は、考えている。
『……なんであたし、もっと早くに愛美さんと友達にならなかったんだろ。蒼依さんにも謝りたいのに……あたしの今までって何だったんだろ。もうあたし、本当にどうしたら良いのか分かんないよ』
 蒼ちゃんに謝りたい……か。
『……それってあの戸塚君との事?』
『えっ?! まさか愛美さん、知っ――っ! 何でもない。愛美さん、この話は聞かないって言ってたもんね』
 私は戸塚君とお付き合いを始めた蒼ちゃんの事を言っているのだと思ったのだけれど、咲夜さんの焦り方と言い方からして、何かがおかしいと勘が働く。
『咲夜さん。私が何を知っていると思ったの?』
 そしてそれは蒼ちゃんに関係がある事だと言う事も間違いない。
『……』
 だけれど咲夜さんもまた、口を割らない。
 また、蒼ちゃんの事で私だけが知らない。一番の親友の事なのに周りの人が知っていて、私だけが知らない。
『咲夜さん。教えて。私が蒼ちゃんの事をとても大切にしている事は知っているよね』
 咲夜さんだって、実祝さんとケンカをする原因となったあの放課後の教室、その現場にいたから知ってくれているはずなのに。その事が悔しくて電話を握る手に力が入る。 (42・43話)
『……でも愛美さん。あたしがどれだけ話したいって言っても、今は聞かないって言い続けてきたじゃん』
 私はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。私は咲夜さんが今のしんどい気持ち、罪悪感から楽になりたい、逃れたいから私に話したいとばかり思っていた。
 でも実はそうじゃなくて、蒼ちゃんとの何かをずっと前から話してくれようとしていたのかもしれない。
『確かにそうだけれど……』
 でもその事に気付かず、咲夜さんの話をずっと拒み続けて来たのもまた私だから、今更強くは出られない。
 私はともすればとんでもない浅慮に唇をかみしめながら、咲夜さんの言葉に耳を傾ける。
 これじゃあ蒼ちゃんと初めて喧嘩した時と同じで、私は何も成長、学べていないって事になる。
『それよりも終業式の前日に副会長に告白する事になると思う』
 それよりも……か。私が一度ならず今まで何度も断ってしまった手前、今更どうすることも出来ない。
『良いよ。告白したら。今日優希君とその辺りの事も話して来たから』
 そして咲夜さんの問題も待ったなしでひっ迫しているから、こっちはこっちで間違ってもおざなりには出来ない。
 結局また……またっ……蒼ちゃんの事を匂わされるだけで、何も私には話してもらえない。
『あたしが告白しても良いって、副会長と話したって……本当に副会長と別れちゃったの?』
 廊下に出た私に、気分転換に付き合うと気軽に言ってくれていた咲夜さんの姿までもが無くなっている。つまりその時からどっちかのグループに言わされていたって事なのか。あの時は蒼ちゃんが咲夜さんを追い払ってくれたから、よく覚えている。
 それに一番の親友である蒼ちゃんの事が一番に気がかりになのに咲夜さんは“それよりも”と、私と優希君との事を気にかけてくれている。 (57話)
 私は周りの人には恵まれているのだと思う。もちろんその事に感謝こそすれ、不満なんてある訳がない。
 それでも“でも”と願ってしまうのだ。みんなの優しい気持ち、相手を思いやる気持ちがすれ違う事なく、余す事なく相手に届けばと、受け取ることが出来ればと。それだけでもっと優しい世界になれると思うのだ。
『別れてないよ。私たちはそんな事では負けないし、咲夜さんグループなんかに潰されない』
 私はそう言う“和”を広げていきたいのだ。
『何で?! 何で副会長が浮気したのにそんなに簡単に信じられるの?! あたしなんてもう人を信じるって言うのがどう言う事かも分からなくなってるのにっ!』
 逆に言うと咲夜さんは今までの友達を信じて、仲良くしていたことの裏返しだと思う。
 だったら咲夜さんも人付き合いは器用に見えていたけれど、実はそんな事はないのかもしれない。
『簡単じゃないよ。私一人ならずっと部屋で泣いていた。でも、私の気持ちに辛抱強く耳を傾けてくれて、ちゃんと私の本心を見つけてくれた人がいるの。だから優希君の本音が聞けるまで、口にしてくれるまで、私も、その人も耳を傾け続けた。結局人を信じられるかどうかは、自分の気持ちと向き合ってどれだけ相手の言葉に、気持ちに、“お互い”耳を傾けられるのかが大きいと思う。その結果私は優希君を信じられた。私の至らない所も気づかせてもらえた。だから咲夜さんの事、ある程度までは優希君に話してあるよ』
 だから罪悪感は感じなくて良い、私に遠慮しなくても良いと咲夜さんに伝える。
『それってたまに聞く、愛美さんが秘密を作らせてもらえない人?』
 そう言えば咲夜さんにもチラッと話した事はあったっけ。
『そうだよ』
 だったら今更隠す必要は無い。
『……本当に愛美さんの彼氏さん。副会長は果報者だよ』
 咲夜さんはそう言ってくれているけれど、実際そんな事は無いと思う。
 私だって優希君にたくさん甘えて、こんな無茶なお願いもしているし、優希君の話、意見に耳を傾けるって、決めていても気づいていない事も多い。その上、二人で決めた事なのに、私だけがその事を頭から抜け落ちて優希君の求める助けに気付けなくて、私一人だけが悲劇を気取っていたんだから。
『咲夜さん。恋愛って難しいよ。みんなあんなに楽しそうにしているけれど、私たちも男の人を喜ばせたり、女からも自分が選んだ男の人を幸せに出来るように意識しないと中々うまくいかないんだと思う』
『……あたしの周りの人達と全然違う。みんな彼氏の文句とか不満とか言ってる人がほとんどだよ』
 お母さんが教えてくれた事。恋愛に関しては親子でするなんて恥ずかしいし、普通はしないと思うけれど、私の家は少しだけ事情が違うから、前も言ってた通り、そんな事を恥ずかしがっている時間はない。
 それにお母さんはお父さんと恋愛して結婚したんだから、ある意味では恋愛の達人なのかもしれない。
『でも、そうやって吐き出せる人・場所があるのもまた良い事だよ』
 今の雪野さんの状況と相まって、それもまた一概に悪いとは否定しきれない。
『……本当に愛美さんは、厳しいのに優しいよ。それと学校じゃなくて今、電話で話してくれてありがとう』
 そして再び咲夜さんの声が涙声に変わる。
『ううん。こっちこそ実祝さんを一人にしないでいてくれてありがとう』
 咲夜さんも、もがきながらでも、弱音を吐きながらでも実祝さんについていてくれる。
 だから私は実祝さんと思う存分ケンカが出来るのだ。
『あたしとの事を考えてくれるのは嬉しいけど、実祝さんと仲直りして欲しい。蒼依さんにした事がいくら酷いって言っても、もう十分実祝さんも泣いて苦しんだよ。本当にその辺の実祝さんの気持ちも考えて欲しい』
 蒼ちゃんからも実祝さんと仲良くして欲しい。下手をしたら咲夜さんはどうでも良いから実祝さんと仲良くして欲しい。くらいのニアンスの事を蒼ちゃんからも言われている。そうしないとこの暑い夏にもかかわらず、袖はまくってくれないと言う。
『分かった。考えるよ』
 私が実祝さんと喋って、仲直りをして色々な事がうまくいく、それが皆の気持ちと言うのなら明日、声を掛けてみようと心に決める。
『ほんとに? ありがとう愛美さん! じゃあ副会長との事が決まったら必ず連絡するから!』
『うん。こっちの事は気にしなくても本当に大丈夫だから、それじゃあね』
 色々な親友・友達の想いを交差させて、咲夜さんとの通話を終える。

―――――――――――――――――――Bパートへ――――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み