第107話 二人の橋頭保 ~不器用な二人~ Bパート

文字数 7,015文字


 
 少し隙間を空けて腰かけたベンチ。私が改めてカーディガンを羽織ると、ほんの少しだけ下がる優希君の肩。
 私はそこに優希君らしさを垣間見て、さっきの話の続きをする。
「優希君の気持ちは分かった。だったら私も優希君の恋人が雪野さんだって思われているのはどうしても納得できないから、お互い考えようよ」
「それもそうだけど、愛美さんにも倉本じゃなくて僕と一緒にいる時間を長くして欲しい」
 私の提案に対して空かさず優希君が、私に対する希望と言うか不満も口にしてくれる。
 ――

倉本君の相談に思う存分乗る事が出来るんだよ―― 
(106話)
 私がそれも、と口にしかけた時、朱先輩の言葉を思い出す。
 優希君に私の気持ちを知ってもらって、ドキドキ・ハラハラをしてもらって“共通の窓”を大きくするのはとても魅力的なんだけれど、今しがた優希君の言葉にもちゃんと耳を傾けないといけないって痛感したばかりだし……
 それに優希君も私が知らなかっただけで、倉本君との事で色々思ってくれていたみたいだし、ひょっとしたらまだ私の知らない所で、男同士の何かがあってもおかしくない気はする。
「分かった。一個ずつ考えようって……これ。もう答え出ているよね?」
 そう。私が昨夜朱先輩が言ってくれた事さえ忘れてしまえば全て丸く収まるのだ。
「もちろん僕としてはそうしてもらえれば嬉しいけど、それでも良いの? 僕としてはあのムカつく倉本と二人きりなんて到底認めたくないし、雪野さんの事だって予想出来るけど、統括会として協力したい事はあるって事なんだよね」
 これだけ色々な事があっても、私にまだ広い心を持っていると、器の広い男だと思われたいのか、カッコつけようとするのを辞めない優希君。
 女の気持ちを理解して欲しいだけじゃなくて、本当に男の人のこう言うのを女の人は理解しないといけないんだなって分かるようになった気がする。
 それに。大体統括会としてなら、私と倉本君の二人っきりって言うのも変な話なのだ。倉本君が本当にチームだって言うのなら他のメンバーがいても良いはずなのだ。
「私、倉本君と二人だけの時に押し込まれたら、力で勝てない女の私では抵抗しきれないよ」
 もちろんそんな事は無い。学校内だったら声を上げれば誰かは必ずいるし、抱き寄せられたらこの前みたいに間にカバンを差し込んで直接触れないようにする事だってできる。女だからってなにも抵抗できない訳じゃ無い。
 それに可能な限り倉本君と二人きりにならない様に蒼ちゃんにもお願いできるときはしている。
 この前の優希君と倉本君のような純粋な暴力ならさすがにどうしようもないけれど、それならそれで別の問題に発展するだけの話だと思う。
 ただ、今は私にカッコつけた優希君じゃなくてって言うか、もう私相手にカッコつける必要は無いのだ。そんな事するくらいなら、もっと私に優しくして欲しいし、私の事をたくさん考えて欲しいのだ。
「~~っ」
 それなのに私の気持ちに気付いていない優希君が、私の煽りと言うか、優希君の男心が葛藤を生んでいるみたいだ。
 こういう頭を抱えた優希君を見ているとやっぱり男と女って根本的に考え方って違うんだなって思う。
「私、倉本君と二人きりなんて何も嬉しくないよ。それに

なんだから『分かった。その時は僕も呼んで欲しいって言うか、呼んで』――じゃあ雪野さんとの時も私を呼んでね」
 私が言い切る前に優希君が即断してくれるけれど、
「えっと、雪野さんのフォロー。続けるの?」
 雪野さんとの事になると嫌そうな表情に変わる。
「私たちの事情はともかく、本当に雪野さんが孤立していてもおかしくは無いし、何より優希君と私の二人で、雪野さんのフォローをして、交代阻止をしようって話だったじゃない」
「そうだけど、これ以上愛美さんとすれ違いみたいになるのも、雪野さんとの方が仲が良いって思われるのも

って」
 本当に雪野さんに対して嫌気がさして来ているのかもしれない。
「だからその時は私を呼んでくれたら良いから」
 たまに見る統括会以外の雪野さんは、とても積極的なのは目にしている。
 それに優希君の口から明確に雪野さんは嫌だって言ってくれた。だったら私が好きな人の意見。雪野さんと比べるまでもなく。
「だったら良いけど、雪野さんが原因で愛美さんが怒るとかは辞めて欲しい」
「そんなの

に決まってる。ただですら何もかもが初めてな私じゃなくて、優希君が選んだ初めての相手なんだから」
「……」
 私の意図した言い方にさすがに文句を言いたそうにしてくれる優希君。
 と言うか、どさくさに紛れて私の手を握ろうと、私と手を繋ごうとしてくれる優希君。
「優希君。私は優希君が雪野さんと口付けした事、簡単にって言うかずっと忘れられないよ。女の子にとって、私にとって初めてって、そのくらい大きい事、大切な事なんだから」
 ――だからそれを忘れさせてくれるくらい
                   私に対する“好き”を頑張って欲しいな――
 もちろん答えや私の秘めた想い、この“秘密の窓”は開けはしないけれど、言葉には乗せる。
「だからしばらくの間は優希君とは手は繋がないし、優希君の前ではスカート姿も無しね」
 それでも私の気持ちを少しでも早く気付いて欲しくて、今度はあからさまに肩が下がった優希君に違う一言を伝える。
「あのさ。せめて愛美さんと僕がもう恋人同士だって事だけは言いたい。元はと言えば統括会のまとまりの為って言って今まで言って来なかったのも原因な気がする」
 私の気持ちに対する優希君の提案に、そう言えばそのつもりになっていただけで、まだ誰にも言ってなかった事を思い出す。
「分かった。次の統括会ってあるかどうかは分からないけれど、雪野さんの交渉が終わった後で言おう!」
 確かにそうしたら雪野さんも多少は節度を守ってくれるかもしれないし、倉本君が私を諦めてくれたら今度こそ彩風さんに目を向けてくれるかもしれない。


「ありがとう愛美さん――それでこの後なんだけど……」
 わだかまりは少し残ったけれど、いつの間にかいなくなっていた朱先輩の力も借りて、何とか優希君の気持ちも聞けた。
 今度は改めて優希君が私に対する好きを頑張ってくれるって事で話がついたところで優希君が私を窺うように見て来る。
 そう言えば毎週日曜日は優希君と二人だけのデートの時間だっけ。
「今日は公園でこうしているだけで良いよ。少し待っててね」
 私は基本優希君と一緒なら場所に関して余程でない限り頓着しない。
 ただ今はそんな事よりも、倉本君との喧嘩の後だからなのか、顔が酷い事になっているから、手元には小さなタオルしかないけれど、これを濡らして優希君の顔に当てようと思う。
「その顔。倉本君と喧嘩した時の?」
 濡れたタオルを優希君の頬に当てながら、一番初めに聞こうとした事を聞く。
「それもあるけど、中条さんと優珠にも思いっきり“グー”で殴られた」
 あのお兄ちゃんっ子の優珠希ちゃんが優希君に手を上げたのも驚きだけれど、
「中条さんっていつ殴られたの?」
「金曜日の昼に、雪野さんの所に断ろうって、辞めて欲しいって言おうと顔を出した時に“何で愛先輩じゃなくて雪野を迎えに来るんですか”って」
 そう言えば金曜日に雪野さんの所に出向いたって言ってたっけ。
 それにしても中条さん。本当に“グー”で殴ったのか。その気持ちは嬉しいけれど、私が好きな人、私ですら手を上げられないのだから、ちょっとやめて欲しい。
「そう言えば中条さんに殴られた時、雪野さんに今みたいにしてタオルを……って愛美さん?!」
 よりにもよって雪野さんと同じ事をしているなんて、嫌に決まっている。
「雪野さんの名前出したら、私怒るに決まってるよ」
 私の言葉に今思い至ったかのように、ハッとする優希君。
「ごめん。ホントにそんなつもりじゃなかったんだけど……」
 だけど今日は許してあげない。引っ込めたタオルをそのまま自分のカバンの中に仕舞い込んでしまう事にする。
「……中条さんの分はもう雪野さんにしてもらったんだよね」
 優珠希ちゃんならともかく、雪野さんに手当って……そんなの良い訳が無いのに、どうしてそう言う事を口にするのか。こういうところは慶やお父さんと同じように、男の人って分からないものなのか。
 それに本当に一度雪野さんと話をしないといけない。でも、まだ優希君とのお付き合いの事は言っていないのか。
 私の雰囲気を感じて諦めたのか、優希君がそのまま話を続ける。
「……後は優珠かな。愛美さんには言うまでもない事だけど、今回の事は優珠にも本当にひどい事をしたって反省してる。僕自身もそう言う無節操なのは嫌いだったはずなのに……」
 そして妹さんの事になると別の表情を見せる優希君。
「……」
 本当は踏み込んで聞きたいし話して欲しい、聞かせて欲しい。
 だけれどこの事は何かの弱みに付け込んで聞くんじゃなくて、この件はこの件として以前から積み上げている信頼「関係」で聞きたいから、優希君から話して欲しいから、今は敢えて聞かない。
「優希君の気持ちは分かったから、妹さんには私から話してみるよ。後、今日の事、彩風さんにも話しておくね」
「何から何までありがとう」
「良いよ。女の子の事は私が何とかするから。その代わり蒼ちゃんも助けてくれているけれど、倉本君の事はお願いするね」
 その代わり男の人の事は同じ男の人である優希君にお任せする事にする。
「分かった。これでやっと明日からは愛美さんとの時間が増えるって事だね――それで……僕のこれ一口あげるから愛美さんのも僕に一口、もらえる?」
 優希君が嬉しそうに話をまとめてくれた後、何を思ったのかすごい事を口にしてくる。
「優希君。さっき私、しばらくはそう言うのナシって言ったよ? それにそんな事普通に考えて恥ずかしすぎて出来るわけ無いよ」
 雪野さんとのアレコレを優希君が忘れさせてくれるまでは嫌なのに。それに私がそう言う事は恥ずかしくて出来ない事も分かってくれているはずなのに、心底びっくりする優希君。
「え?! でも前は愛美さんが飲んだものを僕にくれて、その後愛美さんが“全く気にしないで”飲んでたのに」
 いやちょっと待って。私がいつ優希君と間接的な事したよ。しかもそんな事気にしないで平気で出来るわけ無いって。
 私がそんな性格じゃないって事は優希君も分かってくれているんじゃなかったのか。
 でも、ちょっと不満そうって言うか、がっかりしている優希君の表情を見ていると嘘や冗談ではないと思う。
「私、優希君とそう言うの全く記憶ないんだけれど」
「愛美さん。全くの無自覚って事は、愛美さんが意識してない間に……」
 そうやって私に遠慮なく嫉妬と言うか、不満顔を爆発させる優希君。
 私の中に全く記憶に残っていないから、言い切れないのは言い切れないんだけれど、
「そもそも私、いつ優希君とその……した事になってるの?」
 まずは優希君の話を聞いてからだ。
「テスト前の図書館デートの時、二人でお弁当食べた時に愛美さんがお茶じゃないって言って、僕がレシピを聞いた時。覚えてる?」  (56話)
「ひょっとして花柄の包みなのに、中は優希君が作った――ああっ!」
 思い出した。思い出したよ。あのとき優希君が一回渋って、私が落ち込んで、優希君が口にしてくれたんだっけ。
 いやちょっと待って。思い出したって事は、当然私の中に心当たりが出来たって事で、
「あの、優希君?」
 優希君がすごく不機嫌そうにしている。
「いやでも私、男の人とここまで仲良くした人ほかにはないよ?」
「……」
 いつの間にか私の持つペットボトルに密度の濃そうな視線を送る優希君。
「そう。蒼ちゃん。一番の親友の蒼ちゃんに聞いて貰えば分か――あ! そう言えば蒼ちゃんが優希君と一回ゆっくりと話したいって言ってたから、どっかで時間作って欲しい」
 初めは私が話を逸らそうとしていると思ったみたいだけれど、
「下駄箱とかで何回か見た事あるあの子?」
 私が蒼ちゃんの事を大切にしている事を知ってくれている優希君が、私への疑いもそこそこに話に乗ってくれる。
 ……まあ視線だけはペットボトルに意識が行っているのは丸分かりだけれど。
「そう。私の事について優希君に聞きたい事があるって言ってた」
 ただ蒼ちゃんの話は前から言われていたから、何とか紆余曲折はあったけれど伝えることが出来て良かった。これで一つ肩の荷が――あっ。もう一つ大切な話があったんだった。
「じゃあ僕の方もさっきの愛美さんの件について聞けるから、僕の方はいつでも良いよ」
 あれ……おかしい。さっきの蒼ちゃんの話で、私の間接的な話はどっかへ消えたんじゃなかったのか。
「うんありがとう。じゃあ今日の夜か、明日の朝学校で蒼ちゃんに伝えとくよ」
 私に限ってそんな事はしないはずだけれど、全く意識していなかった所での話だから私自身も自信が無かったりする。
 万が一私が他の男の人とそんな事してしまっていたら……いや、今は考えるのを辞めておこうと思う。
「それともう一個。恐らくだけれど明日か明後日に私の友達の咲夜さんが、優希君に告白

から、優しく、大切に傷つかないようにフッてあげて欲しい」
「愛美さんの友達の咲夜って……愛美さんに気があるメガネを紹介したあの月森……さんだっけ?」
 優希君の認識は合っていたけれど、私の知らない情報が混ざっている。
 しかも優希君の機嫌も悪い。
「私に気があるメガネって、優希君。あのメガネと何かしゃべっているの?」
 そんなのあのメガネからは何も聞いていない。
「“愛美”は俺の彼女にするから余計なちょっかいは出すなって言われてる」
 はぁぁ?! あのメガネは何を勝手な事を言ってんのか。
「私、あのメガネになんか知らない間にフラれた時、私みたいなオンナを選ばなくて良かったとか言われたんだけれど。それに何で私の事、馴れ馴れしく名前で呼んでんの? 優希君、その時怒ってくれた?」
 あんのメガネ。絶対許さない。
「いや。さすがにバカらしかったから無視した」
 いやまあ優希君がそう言ってくれるならそれでも良いけれど、これもちゃんと対処しておかないと、いつぞやの時みたいに、喧嘩の原因になるのは嫌だ。
「その件はまた優希君と一緒に話を付けに行くとして、あの時と今とでは全く雰囲気と言うか、立場が違っていて、また優希君が優しく断ってくれた時に改めて話をするつもりだけれど、今はとにかく私にとって大切な友達だから、優しく、なるべく傷つかない様にフッて欲しい」
 本当は今、ここで理由まで話すのが道理だと思うけれど、咲夜さんに優希君の気持ちが流れたら泣くに泣けないから、事情は後で全部話す事にする。
「その時、咲夜さんが何を

のかは分からないけれど、色仕掛けまではしてくると思うから、それも止められるなら何とか止めてあげて欲しい」
 事、咲夜さんに対しては“嫉妬”や“やきもち”などとは言っている余裕はほとんどない。
 それくらいにはひっ迫している。
 咲夜さんの中で答えは出かかっているけれど、同調圧力もまたかなり危険なところまでは来ているのだ。
「咲夜さんに関しては今回は何をしても、どうなっても何も言わないしケンカも無しにする。それくらいには咲夜さんの状況はひっ迫している。とにかく私の友達である咲夜さんを守って欲しい」
 半ば叫ぶようにして口にしてくれた咲夜さんの本音、気持ち。
 その時に垣間見た咲夜さんのSOS。
「分かった。今は事情は聞かない。愛美さんの大切な友達って事で、一回で済むとは思ってないけど、雪野さんとの事でついた汚名を今度は返上するつもりで行くよ」
 でも今は担任の先生に、私・実祝さん・そして優希君。蒼ちゃんはまだ無理かもしれないけれど、それでも少しずつ多様調“和”は広がって来ている。

 私は咲夜さんを諦めたりはしない。咲夜さんを一人にはしない。

 私の周りで笑っていて欲しい大切な友達の一人なのだから。
「ありがとう。優希君からも何もなかったら、そろそろ帰ろっか」
 お昼に待ち合わせをして、今はもう夕方。お昼前に朱先輩と食べた一食しか私も口にしていない。
 今日は優希君の前では絶対に鳴らせないお腹……いや、いつだって優希君の前では鳴らせないけれど。
 ……かなり優希君とゆっくり話をした事になる。
「じゃあまた明日学校でね」
 優希君の視線を一身に受けていたペットボトルをくずかご入れに捨てて、最後にもう一度優希君に今できる笑顔を向けて公園を後にする。

―――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――
       『元通りとは行かないって……まさか別れちゃったの?』
             “悪い笑み”その中身はやっぱり……
       『……本当に愛美さんの彼氏さん。副会長は果報者だよ』
          少しずつ広がり始める愛美さんを中心とする和
         『そうか! その交渉自体に意味がないんだ!』
            教頭先生の真意に気付き始める愛さん

          『これを言い出してくれたのは優希君からだよ』

          108話 噛み合わない男女の思考 ~信じる大切さ~
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