第103話 寄り添いとは 1 ~準備・心構え~ Bパート

文字数 5,482文字



「これ食べて元気出してね」
「いつも二人は仲いいね。良かったらこれどうぞ」
 わたしと愛さんでゆっくりとゴミ袋を一杯にして行こうと思ったのだけど、さっきの“モヤシの人”との事があったからか、先週に続いて参加者の人が入れ代わり立ち代わり愛さんやわたしに差し入れと共に声を掛けてくれる。
 愛さんは色々な人からの小さな優しさを受け取って少しずつ悲しい顔が減って来てるんだけど、わたしはそれどころじゃない。
「ありがとうございます。この小さなレディも喜んでくれてます」
 色々な人からの差し入れをわたしも愛さんもカバンの中に入れて気づいたのだけど、今朝起きてからお昼の分のお弁当を作った記憶も、バックに入れた記憶もない。そして課外活動の道具を準備した記憶しかないんだよ。
「どうしたんですか? 今もこうして隣を歩いているんですから、先週とか先々週みたいな事は言わないで下さいよ」
 少しは元気が戻って来てくれたのか、わたしに向けてまだ弱くはあるけど笑顔を見せてくれる。
「わたしがそんな事言う訳が無いんだよ」
「……朱先輩?」
 少しだけおめかしした、あまりにも可愛らしい愛さんの笑顔に見惚れそうになって体の動きが一瞬止まる。
 先週も先々週も愛さんの事を天然だって言ったわたしが、愛さんの事で頭がいっぱいですっかりと忘れてた。
 愛さんの前では頼れる先輩でいようって決めてたのに、お弁当の事をすっかり忘れてたんだよ。
「何でも無いんだよ。ただモヤシの人がこっちを見てただけなんだよ」
「モヤシの人って――っ」
 わたしの視線の先を追いかけて、小さく息を呑んだ後、愛さんの肩が少し下がる。
 愛さんは怖い思いをした方なんだから当たり前の反応なのに。
「……」
 わたしはキッとモヤシの人を睨みつけて、八つ当たりをさせてもらう。と言うかこれくらい、いや、こんなのでは愛さんが受けた恐怖の割には全く合わないんだよ。
「愛さん。あんなモヤシの人はポイしてしまって、早く河川敷の方まで行くんだよ」
 わたしは何もかもをごまかすようにして、愛さんと二人先を急ぐ。


「もう大丈夫みたいですね」
 雨降りの中、傘を持ちながらと言う事もあって、晴れの日よりも中身の少ないゴミ袋をトラックに積んだところで、主催者さんに声を掛けられる。
「はい。他の参加者の方々のお気遣いに助けられました」
 わたしの代わりに愛さんが答える。
「そうですね。私も他の参加者様には助けられておりますゆえに何かございましたら『なにが“何かございましたら”だい。あのモヤシ、そっちのお嬢さんが駄目だったからって言って、こっちのベッピンさんを口説こうとしてるんだよ。あのモヤシはここを合コンかなんかと勘違いしてるんじゃないのかい?』――そうはもうされましても、ここのお二方様からは苦情を聞いてはいませんのと、あの男性も活動自体はきっちりとして頂いておりますので」
 言葉の途中で割り込んで来たおばさまの迫力にたじたじになる主催者さん。
「……じゃあお昼にするんだよ」
 わたしは再びおばさまに良い所を持って行かれる前に、愛さんと二人、そっと立ち去る。
「そう言えば今日雨降ってますけれど、この後の課外活動って今日、やるんですか?」
 愛さんがわたしに聞きながら傘を退けて、振り落ちる雨を顔で受け止めるように雨空を見上げる。
「今日は小雨で、児童たちはもう夏休みだから今日は遊ぶんだよ」
 そう言えば愛さんの涙声に全部吹き飛んでしまって、必要な連絡事項まで抜けてたんだよ。
「それじゃあ雨が降っていてお外では食べられないから、今日のお昼は外食にするんだよ」
 わたしは土壇場で思いついた言い訳と言うか、方便で何とか頼れる先輩でいられた事に、内心ほっとしながら愛さんと二人近くのファミリーレストランに足を運ぶ。


「今日は先輩であるわたしが出すから、愛さんは好きな物をお願いすると良いんだよ」
 愛さんとは初めて入る外食店。ワクワク半分と愛さんの前では頼れるお姉さんでいたい気持ち半分で愛さんに声を掛けるけど
「……朱先輩。何かごまかしています?」
 赤みが無くなった瞳でわたしの顔と言うか瞳を見てくる愛さん。
「愛さんが悪い子になってるんだよ」
 最近の愛さんは私に対して疑問を持つことが増えて来てる気がするんだよ。
「私って悪い子になってますか?」
 そして私の一言で笑顔が無くなる愛さん。その表情を見てるだけで私の心臓が涙に濡れたような感覚に陥る。
「悪い子にはなってないけど、わたしのこと、信じてもらえない?」
 だからすぐに否定してしまう。
「でも朱先輩。普段こういうところに入らないですよね」
 店員さんが置いていったお冷と、メニュー表に目をやりながら的を突いて来る。
 それだけ愛さんがわたしの事をちゃんと見てくれてるって思うと、わたしの胸が温かくなる。
「雨が降っても課外活動がある日なんて、今までほとんどなかったんだよ」
 わたしの言葉に納得いかなさそうな表情をする愛さん。
「分かりました。でも自分の分は自分で出しますから、変な気は使わないで下さいね」
 それでもまだ水臭い事を口にする愛さん。
「愛さんが水臭くてわたしは、とっても悲しいんだよ」
 だからいつものように押し切ろうと思ってたのに、
「水臭いって、今日は朱先輩の家に泊めてもらうんですから。それに今日は……その……たくさん甘えてしまうと思いますので……」
 尻すぼみになりながらもわたしが嬉しくなることを口にする愛さん。
 思わずわたしが嬉しさを表現しようとしたところで、お邪魔虫の店員さんが注文したものを持って来てくれる。
 たとえ見ず知らずの店員さんだったとしても、わたしと愛さんの邪魔をする人はお呼びじゃ無いんだよ。

 愛さんはドリアを。わたしはパエリアを口にする。
「それで朱先輩に一つお願いがあるんですけれど……」
 食べ始めて少ししてから言いにくそうにわたしに口を開いてくれる。
「愛さんからのお願いだったら何でも聞くんだよ」
 だから少しでも愛さんが言い易くなるようにわたしは、愛さんに笑顔を向ける。まあ、そんな事は意識しなくても愛さん相手なら勝手に笑顔にはなるんだけど。
「えっと、今日の夜。私がお母さんに電話しますので、途中、朱先輩に変わって欲しいんです」
 愛さんからのお願いを笑顔で聞いてたわたしの顔が固まる。
 今日は雨が降ってるとは言え、夏の日の蒸し暑い店内。当然空調は効いてるはずなのに、背中を、かいた汗が伝い落ちるのが分かる。
「えっとそれって……」
 まさかこんなにも良い子の愛さんに対して、二回も浅慮な疑いをご両親さんが持ってるのかと警戒したのだけど、
「何かお母さんが、“私が心から好きになった相手ならお母さんも私を信用して心から応援するけれど、一時の感情に流されて後悔するのは必らず女側だから、今日だけは連絡を頂戴”って言われまして」
 前回の事があるからなのか、それとも今度はおばさんだからなのか、明らかに愛さんの事を想って愛さんに条件を出した事が伝わって来るからか、前回とは全く違う、とても嬉しそうな表情に変わってる。
「分かったんだよ。じゃあその時に、わたしからもちゃんとご挨拶をさせてもらうんだよ」
 嬉しいはずの愛さんの笑顔だけど、わたしの心に“チクリ”と小さな痛みが走る。
 ともすれば無視できるほどの痛みが……その痛みが小さくなることを実感するにつれて、

 ――その事がまた、わたしを深い郷愁へと誘(いざな)っていく……――

「迷惑をかけてごめんなさい」
 小さくそう言って軽く頭を下げる愛さん。そう言えば一番初めのお化粧は愛さんのおばさまがしたんだっけ。
 じゃあおばさまは今の愛さんの気持ちは知ってるのかな。
「わたしとしては、毎週来て欲しいくらいだから迷惑どころか嬉しいくらいなんだけど、じゃあ今日お泊りする理由をおばさまは?」
「はい、知っています。帰った時の挨拶一つですぐに気付いてくれたみたいで、結局お母さんにも相談と言うか、話す形にはなってしまいました」
 その時に、何年私の母親をやっていると思ってるのよって合わせて言ってもらいました。
 と、頑張って笑おうとして失敗した、泣き笑いみたいな表情になってしまってる。
 そんな、愛さんには似合わない痛々しい表情を見ていたくなくて、不特定多数の人には見せて欲しくなくて、今日はもう徹夜になっても話を聞こうと心に決めて
「そう言えば穂高先生とはちゃんと進路の相談できた?」
 話題をまるっきり全く別の関係のないものに変えてしまう。
 ただ変えるとは言っても、わたしも一緒に考えさせてもらった進路の事なんだよ。
「相談はしましたし、出来た事は出来たんですけれど……」
 愛さんの歯切れが悪くなる。しかもその表情を見ても不満と言うよりかは気まずさと言った方が正しいような表情から、わたしの中に甘さは広がらない。
「相談は出来たんだよね? じゃあひょっとして志望校変えちゃった?」
 まあそれならとっても残念だけど、それでも仕方が無いと思うんだよ。でもあと一年、愛さんと一緒に学生生活を送りたかったと思うんだよ。
「ああっ違います。確かに志望校の事も言われましたけれど、それはちゃんと……担任の先生に言いました」
 そう言って私から気まずそうに視線を逸らす愛さん。
「担任の先生って、あの初めの時に愛さんから勇気をふり絞ってした相談事を軽くあしらった、あのポイしてしまった先生?」
 わたしの確認に気まずそうに視線を逸らしながら、そのまま気まずそうに首を縦に振る愛さん。
 もちろん愛さんが取った行動に対してわたしが怒るとか呆れるとかは全く無いんだよ。
「えっと。何をきっかけに担任の先生と?」
 自分の心を傷つけた人とも仲良く出来る愛さん。普通の友達とする喧嘩とは違う。あの時の愛さんは本当に勇気を出して、担任の先生に頼ったはずなんだよ。
 あの時、小さく手が震えていたんだから間違いないはずなんだよ。だからこそ心優しい愛さんが深い傷を負ったはずなのに。
 そう言えば親友さんとの喧嘩のお話もあったっけ。
「えっと。夢を叶えた先生が理想と現実の乖離の大きさに苦しんでいても、先生は先生が好きだから先生を続けたい。理想の先生をこの乖離の中でも目指したいって、先生の不器用なまでのまっすぐで純粋な気持ちを聞いてしまったらもう先生に対する嫌悪みたいなものは消えてなくなっていました」
 そう言ってまた愛さんの目にうっすらと涙が溜まるけど、それは悲しい涙じゃないから止める必要は無いんだよ。
 その切ない涙は、愛さんの優しさなんだから。
「私の目が曇っていただけで、私にとっては先生はやっぱり頼れる先生でした」
 そしてその優しさを零すことなくうまく自分の中で消化する愛さん。
 本当に愛さんの優しさは深い。もう慈愛と言い変えても良いくらい深い。
 そうなるとあの穂高先生だけが駄目なんだ。だったらわたしが穂高先生と愛さんの橋頭保を作るんだよ。
 それがわたしに出来る、穂高先生へのお礼の手向(たむ)けかもしれない。
「わたしが在学中からいたあの学校の先生は、基本的に悪い先生はいないんだよ」
「えっとそれって……あの穂高先生の事ですよね……あの先生の事もそうなんですけれど、人間関係って何なんでしょうね。どうして昨日まで仲良くしていた友達が、次の日から辛い思いをし続けなければならないんでしょうか?」
 そう言って今度は本当に悲しみの涙で目を潤ませる愛さん。

 もちろんこの疑問にも言葉

なら簡単に答えを言う事は出来るんだよ。だけど、この言葉は口にしたらとても安っぽく、軽く、嘘くさくなってしまうからわたしは、ワザと嘘の答えを口にする。
「それは本当の友達じゃないからなんだよ。どっちかに悪意ないしはやっかみが生まれてしまった瞬間から、もうその関係は崩れ出してしまうんだよ」
 わたしの答えに対して不安そうに見てくる愛さん。
「わたしたちにはもう信頼「関係」が出来上がってるから、愛さんの心配は無用なんだよ」
 そう。以前に中層の部分では、もう既に愛さんはわたしの事を信用出来ていない。
 そこまでの信頼「関係」は出来てはいないって言った。みんなが覚えてるかどうかは分からないけれどわたしは自分で言ったからちゃんと覚えてる。その上でわたしは愛さんとは

信頼「関係」を結べている。
 と信じることが出来るし、
「……そうですよね。疑った訳じゃないんですけれど……ごめんなさい」
 その証拠に愛さんもわたしの一言で安心した表情を浮かべてくれている。
  それにわたしも愛さんもやっかみとか嫉妬で相手をどうこうするようなタイプの人間じゃ無いんだよ。
 わたしは愛さんの表情を確認してから、
「じゃあ、そろそろ課外活動の時間なんだよ」
 愛さんと一緒に傘の忘れ物に注意して、それぞれファミリーレストランを出て河川敷へと戻る。


―――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――
        「男の子も女の子もみんな仲良くして欲しいですね」
               色々な思いが重なった一言
              「じゃああっちで遊びたい」
              児童から元気を貰える愛さん
     「……愛さんにとってその親友さんはとっても大切なんだね」
         親友の重さ、時間の重さ……かけがえのない親友

          「……だったら。空木くんの事、諦める?」

          104話 寄り添いとは 2 ~聞く難しさ~
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