第105話 寄り添いとは 3 ~心の整理~ Bパート

文字数 6,532文字


 夜ご飯も食べ終わって、いつもなら愛さんが帰ってしまってる時間帯。だけど今日は愛さんが泊まってくれるから寂しくもないし、まだまだ愛さんに聞きたい事が聞けるんだよ。
「そう言えばおばさまに電話しなくても良いの?」
 愛さんの事を大切に想って信用してるご両親の事を、放っておくような愛さんではないと思ってたけど、
「……」
 さっきはとっても嬉しそうに話してくれてた愛さんの動きが不自然に止まるんだよ。
「……愛さん?」
 愛さんの表情を見てる限り、嘘を言ってたとか、電話はしないつもりだったとかそんな感じでもないんだよ。
「私のお母さんと朱先輩が喋るって思うとなんか恥ずかしくなって」
 目も真っ赤だし、頬に涙の跡も残ってるけど、恥ずかしさでほんのりと頬を赤らめた愛さんの表情が可愛い。
「じゃあわたしが愛さんのおばさまに、愛さんの事を聞いたら色々とわたしの知らない愛さんの事を聞ける?」
 今日初めて見せてくれた愛らしい表情。そこに愛さんのご両親さんに対する信頼、温かさを感じてわたしは――寂しくなる。
「私のお母さんに変な事、聞くの辞めて下さいよ。私、朱先輩には全部話してるん……あの。慶の事だけは私の両親にも言ってないので言わないで下さいね」
 わたしの感情の部分を揺らされてる間に、愛さんの表情はふと変わる。
「慶自身にもちゃんと良い所もあるんですけれど、どうしても私の親から見たら悪い所ばかり目が行くみたいで……」
 そう言って少し寂しそうな表情をする愛さん。
 でも逆に言えばご両親にも話していない事を、わたしには話してくれてるって、ご両親さんには申し訳なくも、わたしにとってはとっても嬉しい事を口にしてくれる愛さん。
「分かったんだよ」
 愛さんがわたしにだけ開いてくれた“秘密の窓”、気持ちだと言うならもちろんわたしは、言わない。


『あ。お母さん? ごめん。やっぱり今日は家に帰らないけれど、明日にはちゃんと帰るから』
 愛さんがわたしの返事を聞いて納得してくれたのか、放り投げてしまった携帯を再び手に取って、それでも恥ずかしい気持ちが残ってたのか、少し動きを止めて通話を始める。
『大丈夫だって。ちゃんと話も聞いてもらってるし、昨日お母さんも聞いてくれたじゃない』
 どんな話をしてるのか、愛さんが嬉しそうに照れながらわたしの前で親子の会話をしてる。
『分かってるって。だから今から替わるけれど変な事だけは言わないでよ』
 その嬉しそうな表情のまま、わたしに携帯を渡してくれる愛さん。

『初めまして。大切な娘さんをお預かりしています、船倉と申します』
『私たちの方こそご挨拶が遅くなりましてすみません。いつも愛美がお世話になっています』
 愛さんのおばさまと喋るのは初めてだからとっても緊張するんだよ。
『いえ。こちらこそ愛さ――愛美さんに来ていただきましてにぎやかで嬉しく思っていますから、わたしの方こそありがとうございます』
 わたしとしては毎週来て欲しいくらいの気持ちを伝えて、少しでもおばさまの気を楽にして頂こうと口にするんだよ。
『……恥ずかしい話、私も学生時代そうだったから分かるんですけど、愛美も年頃の娘ですから、私たちには、家族には言えない事もあると思いますので、愛美の笑顔の為に、私たちの代わりに話を聞いてやってください』
 そしたらおばさまからしたら大切な娘さんなのに、わたしに愛さんをお願いされてしまったんだよ。
『わたしとしても、もちろん嬉しいのですけど、大切な娘さんをお預かりしても――』
『――ええ。私たちは愛美の事を信用していますし何も疑っては無いんですよ。それに今日でもですけど、毎週土曜日に愛美が何をしてるのかも知らないんです』
 わたしがそんな簡単に大切な娘さんをお預かりしても良いのか、もう一度お伺いしようとしたら、またびっくりする話が飛び出して来たんだよ。
「……朱先輩?」
『いえ! 娘の事に興味が無いとかそう言うんじゃないんです』
 わたしが驚いて言葉を止めてしまったのを誤解してしまったのか、おばさまが言葉を続ける。
『私たちは愛美の事を信じてますから、愛美の方から喋ってくれるまでは私たちの方から愛美を疑うような事を聞くつもりはないんです』
 そして出て来る言葉は、ただ愛さんを信用してると言う想いと、
『だから私たちには言えない事、愛美に話したい事があるなら聞いてやってください』
 愛さんを(おもんばか)るご両親の気持ちなんだよ。
『分かりました。大切な娘さんのお話は、大切にお伺いします』
「……」
 今、わたしの手を掴んで来てる愛さんの、ご両親さんにも話してない事をわたしが知ってる事が申し訳なくなる程の、おばさまから愛さんへの深い想い。
 親から子への想いを今、わたしは聞いてるんだよ。
『……私が言うのもなんですが、出来る事ならいつも私の代わりに家の事も頑張ってくれてる愛美に、毎週日曜日に愛美が楽しみにしてるデートをして来て欲しかったんですけどね』
 そう小声で言って電話口で溜息をつくおばさま。
 今日初めて電話で喋って顔も知らないはずなのに、お互い愛さんの事を心から考えて喋ってるからか、旧知の仲のような雰囲気になってしまってるんだよ。
『大丈夫ですよ。

なら明日、絶対笑ってくれますよ』
 ――だってわたしが愛さんを笑顔にするって決めてしまったんだから。
『それと、初対面の船倉さんに話す事でもないのでしょうけど、今日の事は船倉さんを疑った訳ではなくて、

愛美が学校で辛い思いをして自棄にならないか心配しただけで、船倉さんをどうこうと言う訳じゃ無いですから、もし気分を悪くしてたらごめんなさいね』
 おばさまがわたしに対しても、礼儀を意識して下さる。
『初めに愛さんから伺っておりますので大丈夫ですよ』
 わたしは愛さんの髪を梳くようにして頭を撫でながら、
『じゃあ愛さんにお返ししますね』
 わたしはおばさまの気持ちと言うか、願いを伺って改めてわたし自身も誓うんだよ。
 何があっても愛さんの味方でいようって。

 余程わたしに聞かれると恥ずかしい事でもあったのか
『なんか途中、私の顔を見て笑われたんだけれど、お母さん、変な事言ってない?』
 すぐにおばさまに確認する愛さん。
 
 でもおばさまも教える気は無かったのかそのまま通話を終える愛さん。
 私の前では決して見せることの無い、ご家族にしか見せる事のない愛さんの表情。
 そんな愛さんの表情を見て、さっきのおばさまとの会話を思い返せばすぐに分かる。
「愛さんのご両親さん。とっても良いご両親さんなんだよ」
「はいっ」
 だから愛さんも迷いなく返事をしてくれるけど、
「あの……どうしてさっき私を見て笑ったんですか? 私のお母さん、朱先輩に何を言ったんですか?」
 どうしてもそこが気になるみたいなんだよ。
 そんな可愛い表情を見せてくれるから、わたしはもっと愛さんの色々な表情が見たくなってしまうんだよ。
 だから、たとえ今日が涙の日だったとしても、明日は笑えるように。あの愛さんの事をたくさん考えてくれるおばさまに愛さんの笑顔を届けられるように、わたしは敢えてスタンスを変えて一歩踏み込むんだよ。
「愛さんが毎週日曜日に空木くんとデートしてるって聞いたんだよ」
「……確かに先週まではそうでしたけれど、もう明日からは……」
 さっきまで嬉しそうに、少しずつ元気を取り戻してくれてたのに、空木くんの話になったとたん声も元気も弱くなってしまう。
 それでも明日中には笑顔になってもらえるように、わたしは愛さんに寄り添う事を意識しながら、愛さん自身の心の整理の続きをするんだよ。
「さっきの話の続きなんだけど、愛さんの酷い所を知って愛さんの事が嫌になったって、空木くんから直接聞いた?」
 だからさっきは答えられなかった質問をもう一度する。
 わたしから否定するの

あくまで愛さんからちゃんと言ってもらうんだよ。
「……」
 でも中々口にしてくれない愛さん。本当にこの子は聡い子なんだよ。
 空木くんはそんな事言ってないって自分で分かってるんだよ。愛さん自身もわたしに向かって魔法使いだって言ってくれたくらい分かってなかったんだから、愛さんが空木くんに自分の事を“どう酷い女の子”か。なんて言えるわけがないんだよ。
「空木くんは愛さんに他の男の子と喋って欲しくないって言ってくれたんだよね」
「はい」
「空木くんは今の愛さんが良い。男性慣れはしなくて良いって言ってくれたんだよね」
「……はい」
 そしてゆっくりと核心に近づかせながら、質問を重ねていくんだよ。
「空木くんからわたしの“大嫌い”な雪野さんに気持ちが移ったって聞いたわけじゃないんだよね」
「……はい。口だけなら……私の方が……私が好きって……」
 核心に近づくにつれて愛さんの声が変わり始めてしまうんだよ。
「女子の洗面台まで入ってきた倉本くんを止めてくれた、倉本くんと喧嘩までしてくれた空木くんが嬉しかったんだよね」
「……はい。え?」
 さっき愛さんが“倉本くんとけんかして

”と言ってたんだから、これも肯定の質問で良いんだよ。
 そして最後に核心の質問を投げかけるんだよ。
「愛さんの酷い事、酷い部分を見て、愛さんの事を酷い女の子って言ってた?」
「……いいえ。言われては

です。どこでそう思ったのか、私の事を優しいって言ってくれました」
 やっと愛さんが

否定してくれたんだよ。
 本当なら愛さんの“頑固”さと言うか、“頑な”さに対して、ため息をつきたかったんだけど、
「空木くん、優しいって言ってくれたの?」
 全く反対の事を言ってるとは思わなくて、思わず聞き返してしまったんだよ。
「はい。何でかは分かりませんが、そう言ってくれました」
 だけど、その理由とか真意が分からないんだよ。
 脳とスイッチの話なんて空木くんが知っているとは思えないし、でも今はその話も置いとくとして、愛さんの心の整理の方が大切なんだよ。
「つまり愛さんは空木くんが言ってくれた事、男性慣れの事、他の男の人との事、倉本くんと喧嘩までしてくれた事、全部嬉しかったし、雪野さんに気持ちが移ったどころか、空木くんの愛さんの事が好きだって行動で示してくれてる。その上、空木くんが愛さんの酷い部分を見知っても、何でかは分からないけど空木くんは優しいって言ってくれたんだよね」
 わたしからは一切を否定する事

愛さんに寄り添って、愛さんの気持ちを一つずつ外に出していくんだよ。
 愛さんの心の隙間を愛さん自身に気付かれない様に、注意して注意して。
「はい……」
 気付けば変わった愛さんの声が元に戻って、ちゃんと私の顔を見て返事をしてくれてる。
「今の話の中だと、空木くんは愛さんの嬉しい事ばっかりしてくれてるし、愛さんに対してたくさん“やきもち”を焼いてくれてるんだよ。だから愛さんも空木くんの事が大好きなんだよね?」
 ――ここまで辛くなるほどに。身を焦がすほどの“嫉妬”を見せる程に――
「……でも、だったら何で雪野さんに口付けしちゃったんですか? 雪野さんの……に触ったんですか? 私がそれで喜ぶと思ったんですか? 何でその事を――」
 そしてその一番奥にあった愛さんの本音をやっと聞き出せた、空木くんに対して一番の嫉妬部分、わだかまりを愛さんが口にしてくれたところで、愛さんの携帯が着信を知らせる。

「愛さん。出なくて良いの?」
 時計の短針がいつの間にか真横を向いている夜の時間。だけど愛さんは携帯を手に取って一目見ただけで、今度は目を“くっ”と瞑って、そのまま手から携帯を放してしまう。
 その愛さんの行動と態度だけでその電話が空木兄妹のどちらかだと断定できてしまうんだよ。
 だから無理に出ろとは言わない。その代わり
「空木くんが雪野さんとした理由。ちゃんと聞きたくない? 空木くんからちゃんと聞かないとずっと考えてしまわない?」
 今の愛さんなら聞きたいけど、聞くのが怖いと思ってると思うんだよ。
 それにちゃんと聞かない事にはさっきの脳とスイッチじゃないけど、切り替えも折り合いも何もないんだよ。
「今ならわたしが近くにいるんだよ?」
 わたし自身が近くにいる事で、ほんの少しでも勇気が持てるなら、
「……」
 それでも携帯を一瞥するだけで通話までは行かない愛さん。一方で鳴り続ける携帯。
 相手も何とか愛さんと喋りたいって、着信音に乗せて訴えてる気がするんだよ。
「……じゃあ、わたしが出ようか?」
 愛さん宛ての電話にわたしが出るのは良くないとは思うんだけど、わたしもだけど愛さんも空木くんの話を聞きたい。
 だけど愛さんは勇気が出ない。
「……私が出るので近くにいてて下さい」
 そしてわたしが愛さんにもたれかかる事を条件に、渦中の人からであろう電話に、愛さんが出る。

『……もしもし』
『うん。そうだけれど、今更どうしたの?』
 愛さんの言い方に切なくなるんだよ。
『嘘つきっ! 優珠希ちゃん、これ以上は隠し事は無いって言ってたじゃないっ!』
 憎き妹さんからの電話だったんだよ。
 それよりも愛さん自身が空木くんの事が大好きなのに、過去のことにしようとしてるのがすごく気になるんだよ。
『……優珠希ちゃんのそれは……嘘泣き?』
『私。もう何を信じたら良いのか分からないの。信じたいけれど信じられないの。それに言葉だけなら誰でも何でも言えるって言ったのは優珠希ちゃんだったじゃない!』
 相手の憎き妹さんも泣いてるみたいだし、愛さんもまた涙を流してしまってる。
『私、ちゃんと優珠希ちゃんの言う通り優希君と話したのにこれだよ? 優希君が見せてくれた気遣いか何かはもう分らないけれど私、金曜日はボロボロだったよ』
 やっぱりわたしの思った通り、全ては統括会のあった金曜日が全てだったんだよ。
『わたし達って、優希君も一緒って事? それに明日って……今更謝ってどうなるの? 雪野さんに気移り――』
 明日愛さんが二人に会うって言うのなら、愛さんの一番の理解者、絶対の味方として空木くんの話を包み隠さず全部聞きたいんだよ。
『私の事が好きって……どうしてそれを直接優希君が私に伝えてくれないの? それに雪野さんと、初めてをしちゃったじゃないっ!』
 やっぱり空木くんは愛さんの事がとっても好きなんだろうけど、それを憎き妹さんに言わせるようでは、わたしも全然これっぽっちも納得しないんだよ。
 その上、愛さんがさっき教えてくれた女の子の、特に初恋なら当たり前の事なんだけど、一番のわだかまりを白日にする。
『……』
 何を考えてるのか、それとも妹さんの言葉に耳を傾けてるのか、電話中なのに激情をぶつけていたにもかかわらず、愛さんが電話口で黙る。
『私、好きな人に手を上げる事なんて出来ない』
 今がどんな状態で、何の話かは掴みにくいけど、愛さんが必死で何かをこらえてる事だけは分かる。
「……」
 そして愛さんが何かを決めたのか、わたしの手を強く握り直して、
『明日。四人でなら。あと、優珠希ちゃん。明日、本当に顔の形が変わっても文句ないよね』
 どういう話なのかはさっぱり分からないけど、愛さんが普段からは想像もつかないくらい物騒な事を口にする。
『それが嫌なら私も怖くて会えない』
『じゃあ、時間は明日にでも』

 そして何が何だかさっぱり分からないまま、愛さんが通話を終えて、
「すいません。明日会って欲しい人が出来ました」
 わたしにお願いをしてくれる。


―――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――
    「いやでも、私みたいな思いを好きな人にはして欲しくなくて……」
              慈愛とも取れる愛さんの気遣い
          「朱先輩って寝ている時すごく可愛いですよね」
            自分を出せる相手がいる事のありがたさ
     「愛美先輩っ! わたしのお兄ちゃんが本当にごめんなさいっ!」
                 初めに謝るのは……

  「……愛美さんには倉本じゃなくて、僕の方が頼りになるって思って欲しかった」

           106話 寄り添いとは 終 ~絶対の味方~
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