第二十話 新しい頭には賢い奴を

文字数 2,741文字

 宿屋に戻って食事の後に、キルアの部屋でユウタと話す。
「ヘンドリックは、死んだ。誰の仕業かわからない。だが、これで市民は戦争中だと思い出す」
 ユウタはあまり気にした様子もなく、軽い調子で話す。
「現状を自覚させるためなら、意味のある暗殺だな。それで、誰がやったか、だ」

「犯人探しはよそう。今は戦争中だ。誰が誰を殺したかなんて調べるだけ無駄さ。それに、まかり間違って、俺やシャーロッテに容疑が掛かったら面倒だ」
 ユウタはキルアの提案を否定しなかった。
「キルアが気にしないのなら、いい。さて、これから、どうするかだ」

「俺に考えがある。市長がいなくなったのなら、この街の市長はどうなる?」
 ユウタが冷静な顔で、素っ気なく答える。
「街の決まりでは、副市長が市長に就任して、七日以内に次の市長選の日程が決まる」

「その市長選だが、ゴブリンは立候補できるのか?」
 ユウタが知的な顔ですらすらと語る。
「規定では市長は人間に限るとの文言はない。悪魔が市長だった時代もある」

「決まりを作った奴は抜けていたのか、素敵な考えの持ち主かの、どちらかだな。今回は素敵な頭脳の持ち主と考えておこう。そのほうが気分は良い。それで、立候補に必要な資格は?」
「被選挙権は二十歳以上で市民として五年間、連続で納税していれば誰にでもある」

「よし、なら、次の市長はこの街の市民だったゴブリンにしようぜ。代官を置くより、市長にしておいたほうが面倒でなくていい。市民も他所から来た代官より、手続き踏んだ市長のほうが受け入れやすい」
 ユウタが神妙な顔で頷く。
「俺も同じ内容を考えていた。市長になったゴブリンがジャジャの配下になるのなら、ジャジャも格好が付く」

「格好だけではなく、実利の点ではどうだ。要するにゴブリン市長が誕生してジャジャに旨みはあるのか?」
 ユウタが聡明な顔で解説する。
「ノーズルデスの市長は予算や税についても権限を持つ市長だ。ゴブリンに差し出すための思いやり予算も策定できれば、平和税も創設が可能だ」

「任期途中での解職はあるのか」
 ユウタは調べ上げた知識を披露する。
「市長を解職するためには、議員の全会一致での不信任案可決が必要だ。再選を妨げる規定もない。だが、任期が終わった時の情勢で、街の人間はゴブリン軍の配下から脱するかどうかの選択権が得られるのは、救いだ」

「それで、俺たちの腹案に乗ってくれるゴブリンはいるのか? いなかったら、それらしいのを探す。でも、余計な手間は省きたい。料理でも、やたら手間を掛ければいい品ができるとは限らない」
 ユウタは気楽な表情で、軽い口調で語った。
「街にいて肩身が狭い思いをしている、ゴブリンの知り合いがいる。そいつを立候補させよう」

「そいつは、おあつらえ向きだ。だが、馬鹿は困る。銅像だって何度も首を載せられたら、喰えるものを供えろと、そっぽを向くぜ」
「政治的手腕は未知数だが。馬鹿ではない。過去に商売も営んでいたので計算もできる。少しだが、哲学的素養もある」

「それで行こう。よし、決まりだ。選挙に介入して、ゴブリン市長を誕生させるぞ。それで、ゴブリン軍には気分よく包囲を解いてもらう。街は中立都市に戻って悪魔との円満な取引を再開させる。うまくいけば皆で卓を囲んでお祝いのパーティだ」
「選挙に介入するのはいい。だが、実際に選挙になったら、どうする。街の人間が誰しもヘンドリックより賢いとは限らない」

「だったら、立候補者を一人にすればいい。他に立候補届を出す人間には交渉で辞退してもらおう。交渉の場が多少は荒れるかもしれないが、今は有事だ。わかってくれる」
 ユウタは機嫌の良い顔で、キルアの案に賛成した。
「対立候補なしの無投票なら、選挙戦をやらなくていいから、時間が短縮できる。あまり、ジャジャを待たせるのも、具合が悪い。料理も煮込みすぎると具が溶ける」

 作戦は決まった。
 副市長から市長に昇格したヨーゼフは市長職にいては危険だと思ったのか、三日で市長選の日程を決めた。

 立候補の届け出受付期間は七日間。その後、候補者が複数いた場合は十四日間の選挙戦が行われる。
 ただし、立候補者が一人の場合は、立候補届の受付期間終了と共に当選が決まる。
 キルア陣営が立てた立候補者は、アーブン。アーブンは悪魔から進化した、今年で四十二歳になる、放浪ゴブリンだった。
 だが、放浪と進化を止めて、ノーズルデスに定住して十二年間も暮らしているソリスタ(法廷に立たない法律家)だった。

 アーブンの身長は百八十㎝で、頭髪や髭はない。牙はあるが小さめで、顔立ちは丸い。目が大きいので、放浪ゴブリンにしては、それほど威圧感はない。貧相でもない。
 アーブンは黒のプール・ボアンを着て、黒のトランク・ポーズを穿()いて革靴を履いていた。
 人間過激派の襲撃を警戒して、アーブンにはシャーロッテが護衛を付けてくれた。

 アーブンと一緒に、受付日の初日に立候補届を出しにいく。
 市長舎一階の小さな会議室で受理票を貰って、市長舎を出る。
「よし、これで、準備は整った。あとは健康に注意して、安楽椅子の上で政策でも考えていてくれればいい。まともな頭を持った市長の誕生だ」

 アーブンは不安な顔をしていた。
「私が市長になって、ジャジャ王に臣下の礼を取れば、戦争は避けられるでしょう。でも、それをよしとしない人がいるのも、事実です」
「大丈夫でしょう。この状況下で立候補に立てる人間は限られている。そんな命知らずの馬鹿で頭の悪い人間には、街は任せられない。自然界なら、自然淘汰。人間界なら闇に消える」

「そうでしょうか。私は選挙戦にまで(もつ)れ込んで、大変な戦いになる気がします」
「だとしたら、ノーズルデスに未来はない。賢い人間も愚かな人間も、枕を並べて討ち死にですよ。悪魔王様も、無理解な人間を殺して、新しく中立都市を造ったほうがいい、と判断するでしょう」

 アーブンの表情は暗い。
「私も職業柄、遺産相続や離婚における財産分与をたくさん見てきました。だけど、人は時に理屈では説明が付かない行動に走るものです」
「大丈夫ですよ。道が()れそうになった時に軌道修正するために、俺たちがいるんです。そう、曲がった刀を鉄槌で直す鍛冶師のようにね。アーブンさんは、当選が決まった時の挨拶(あいさつ)と、当選記念パーティに誰を呼ぶかの心配をしたらいい」

「わかりました。ユウタさんの知り合いの(おっしゃ)る言葉だ。信用しましょう。それに、私が市長になる未来が街のためになるのは、間違いない」
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