第七話 ゴブリンに閉鎖された街ノーズルデス

文字数 2,004文字

 キルアとユウタはシャーロッテより一足早く、キルアの船でノーズルデスを目指した。
 ナンバルデスからノーズルデスまでは、十日。小遣い稼ぎのつもりで、ナンバルデスで酒樽を仕入れて出発する。

 海賊王を始末したせいか、航海は安全だった。ノーズルデスに無事に到着する。
 荷車に酒樽を積んで、船から商品を全て下ろす。
 キルアはサモン・シップを唱えて、船を異界に送還した。
「俺は酒を売ってから、夕方まで街をぶらつく。ユウタはどうする? 哲学散歩か?」
「俺も夕方まで街の状況を、哲学者の目で、確認してくる。『海鳥亭』で合流しよう」

 キルアは街で一番大きな商館に行った。
「商品を売りに来た。ナンバルデス産の酒だ。買い取ってくれ。味は俺の舌が保証する。つまり、中々の美酒だ。これほどの酒は滅多にお目に掛かれない。そう、春から夏にかけて遡上(そじょう)する鮭みたいなもんさ」

 対応に人間の番頭が出て来る。番頭は四十代の、頭が河童のように禿げ上がった男だった。
 番頭は商人がよく着るクリーム色のワンピースに、前掛けをしていた。番頭は良い顔をしなかった。
「ナンバルデス産の酒ねえ。ナンバルデスの酒は美味いけど、海賊の略奪品は、ちょっと。酒は誰が仕入れても味は一緒と、割り切って買えませんね」

(おっと、この姿で来たのが、まずかったか。だが、たかが酒を売るためだけに着替えるのも馬鹿らしい。ここはジャケット着用の料理屋とは違う)
「何か、大きな勘違いをしているな。海賊王は死んだ。海は自由になったんだ。海賊は死に、略奪品は市に戻った。だから俺が運んだ酒は略奪品じゃない。回遊して市民の手に戻ってきた酒だ。そう、海から河に戻ってきた鮭みたいだろう」

 番頭は疑いも露に尋ねる。
「海賊王が死んだって、本当なんですか?」
「この俺が、見え透いた嘘を吐くように見えるか? 俺が嘘吐きなら、こんな格好では、来ない。怪しまれない格好で来るぜ」

「海賊王が死んで市場に戻った酒なら買い取ってもいいです。だけど、なんか怪しいな。露天の薬売りが売る惚れ薬みたいだ」
「本当さ。俺は間近で見てきた。酒は一船長として正規のルートで仕入れて、売りに来た。俺が持ってきた酒、お買い得だと思うよ。海賊王が死んだ年の酒は値上がりするぜ。ブランド名がほしいなら『海賊殺すべし!』とか『海賊の死体百万トン!』なんてどうだ。景気が良さそうだろう」

 番頭は渋い顔でキルアの身形(みなり)を見る。
「でも、その格好は、海賊ですよ」
「だけど、俺は悪魔だ」とキルアは羽を広げて見せた。

 番頭が渋々の態度で応じる。
「悪魔の方ですか。なら、海賊の敵ですな。とすると、話に信憑性がある。いいでしょう。酒を買い取りましょう」
「話がわかる人間で助かるよ。海賊王もあんたと同じくらい利口なら死なずにすんだだろう。もっとも。馬鹿は死ななきゃ治らないとも言うが」

「海賊王は嫌われていますね。なら、海賊王が死んだ年の酒は、悪魔たちの間で付加価値が付いて、値上がりするかもしれない」
(ノーズルデスの船も、けっこう海賊にやられていたんだな。海賊は嫌われているねえ)

 番頭は、そこそこにいい値段を提示してくれた。なので、酒を全て売却する。
「酒って、どうなんだ? まだ需要は、あるのか? 俺は、見ての通り太っ腹でね。酒の値段は気にしないで、景気良く飲むほうだ。だが、売るとなると話は別だ。飲み屋の可憐な看板娘だって、雨の日の売り上げを勘定する時は、渋柿を喰ったみたいな顔をして数えている時があるだろう」

 番頭が曇った表情で語る。
「ゴブリン軍が陸路を閉鎖したせいで、何でも値上がりしていますよ。酒、塩漬けチキン、豚肉、衣料品もです。下がったのは、街が安全って評判くらいですよ」
 当然の疑問を口にする。
「街道の閉鎖は迂回できないのか?」

 番頭が晴れない顔で苦々しく発言する。
「貴方も悪魔なら、空を飛んでみるといい」
「何か面白い見世物でも見られるのか? 可愛子ちゃんのストリップとかか? それとも、この世の楽園みたいな絶景か? 景色のほうには、それほど興味がないがな。景色じゃあ、腹は全然くちくならないし、酔っ払うこともできねえ」

 番頭が(いら)っとした顔で、乱暴に告げる。
「可愛いかどうか、知りません。ですが、城壁から二㎞の所に、ゴブリン軍が陣を敷いている光景が見えますよ。本当に、不衛生な料理屋の洗い場に溜まった、ゴキブリの牙城になったゴミのように忌まわしい」

(街から二㎞。すぐ近くだな。これは、もう戦が始まっているかもな。だとしたら、哲学による予想が外れたな。でも、問題ない。ユウタのことだ。想定内として作戦を修正しているころだろう。急な来客に対して即座に(つま)みを出す、やり手の主婦並にユウタの手際はいい)
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