第四話 彷徨える海賊デーモンの進化

文字数 4,800文字

 ユウタと一緒に船宿に行く。海賊で賑わっていた船宿は、がらがらだった。
 宿屋では五十代後半の女将さんがいた。
 女将さんは逃げ出した客の荷物の掃除で忙しそうだった。
「男二名だ。部屋は別々で頼むよ」

 女将さんは渋った。
「こんな時に来られてもねえ。部屋の掃除もままならないよ」
「でも、掃除が終わった部屋はあるんだろう。そこを貸してくれ。金ならある。それに俺たちは部屋を綺麗に遣うよ。もう、ほんとうに、夜中の雌鳥のごとく静かで慎ましやかなものさ」

 キルアは人間形態を解いて、悪魔の姿を採って頼む。
 女将さんは悪魔に驚いたが、渋々了承してくれた。
「悪魔なら、断るわけにはいかないね。これから、ナンバルデスは悪魔の街になるんだろう?」
「それは違うな。ここは中立都市に戻るだけさ。昔のようにな」

「なら、いいんだけどね」
 部屋の鍵を貰って、鍵を開ける。ドアノブに手を掛けると、中から悪魔の気配がした。
 武器を手に、ドアを開ける。
部屋は六十㎡の二人部屋だった。部屋は掃除がされていた。大きな二つのベッドの他に、机と椅子が二脚ある。

 椅子の一つには、女性が座っていた。ピンクの長い服を着て、黒いブーツを履いた女性だった。
 女性の身長は百八十㎝と高く、青い髪を肩まで伸ばしていた。女性の頭には羊のような角があった。女性の肌は白いが、瞳はオレンジ色をしていた。
 女性には、見覚えがあった。悪魔のレベル・アップをしてくれる悪魔神官のラーシャだった。

 ラーシャは機嫌よく声を掛ける。
「上手く海賊王を始末したわね。海賊王に懸かっていた懸賞金が下りたわよ。シャーロッテ様からの分配金も銀行に振り込まれたわ」
「なるほど、それで早速、回収に来たわけ? もう、本当に金の気配に敏感だね。そんなに金の気配に敏感なら、金貸しでもやったら? 悪魔は絶対にラーシャからは借りないだろうけど」

 ラーシャが、にこにこしながら、楽しげに語る。
「私はお金が好きなわけじゃないのよ。強く成長する悪魔が好きなの。私は常に貴方を見ているわ。そう、脱税を見張る税務署職員のように、いつでもね」
「何、それ? 何かストーカーのようで、怖いわ。俺は街角の花売り娘のように、シャイだから、注目とか浴びるのは苦手。まして、監視なんて御免だね。只でさえ、青い肌がより青くなる」

 ラーシャが澄ました顔で確認してくる。
「それで、レベル・アップは、どうするの? するの? しないの? ここはハッキリさせて、仕事だから」
「今は金に余裕があるから、するよ。金がある時にレベル・アップしないと、泣きを見る。泣くのは、もう御免だ。俺は強くなる。そう、行けるとこまでな」

「銀行の残高から、金貨六百四十枚を引いておくわね。これで、キルアはレベル八よ。もう、二十四時間ずっと空だって飛べるし、人間形態を保ったままでも、悪魔の力をフルに使えるわ」

 キルアの体を、涼しい風が吹き抜ける。体の内側から静かに力が湧き出す感覚を覚えた。
(体の底に、力の発生源ができた感じだな)
 ラーシャがテーブルに手を翳すと、四枚のカードが現れた。
 四枚のカードには簡単な説明が書いてあった。

 戦艦デーモン……自らを戦艦に姿に変えて戦えるデーモン。全砲門一斉発射は壮観
 彷徨える幽霊船長デーモン……あの世とこの世と行き来する幽霊船を操るデーモン。
 呪われし凄腕暗殺者デーモン……相手に存在を気付かせず次々と人間を葬る恐るべき悪魔。
 真なる海の悪魔……人の姿を捨て海で船を襲う恐るべき悪魔。伝説への道が始まる。

(今回は、変わったのが二つ出たな)
「海賊系が二つ。戦闘系が一つ。悪魔を辞めた系が一つだな。意外とまともだ」
 ラーシャが事務的な態度で教えてくれた。
「真なる海の悪魔に進化したとするわ。将来的に人間系の悪魔に戻れるかどうかは、微妙ね。戻れなくても私の知ったことじゃないけど」

 まず、新なる海の悪魔に目が行く。カードには大きな蛸の絵が描いてあった。
「ひょっとして、これを選ぶと、大きな蛸の怪物になるのか? 酢蛸は好きだけど、なりたいほど好きじゃない」
「真なる海の悪魔を選ぶと、蛸になるわ。全長は八十m。力も馬鹿強いから、木造戦艦くらいなら、海中から近づいて沈められるわよ。酢蛸にして何百人前になるか知らないけど」

「真なる海の悪魔って、人間形態にはなれるのか? なれるかどうかで話は大きく変わる。そう、生で喰えるかどうかによって変わる牡蠣(かき)の価値ぐらいに」
 ラーシャがさらりと重要事項を告知した。
「人間形態になる能力は失うわ。蛸をどう料理しても、酢蛸にはなれても、牡蠣酢にはなれないのと一緒よ」

(なら、真なる海の悪魔は、ないな。蛸の姿で海で独り過ごすなんて、寂しすぎる。そこまで孤独に浸る趣味はない。それに、フルーツを入手するにも一苦労だ)
 テーブルから真なる海の悪魔のカードが消える。

 次に、戦艦デーモンのカードに目が行く。
「戦艦に変身できる悪魔ね。戦艦の能力は?」
「三層甲板を持つ六十五m級の木造戦艦よ。砲門数は右舷と左舷を合わせて百門」

「陸の上で戦艦の姿に変身は、できるのか? これも、できるとできないとでは、大きく違う。美味い料理と同じ。使っている素材は同じでも、持ち味は大きく変わる」
 ラーシャが当然顔で、意見を口にする。
「できるけど、幽霊化しないと、身動きがままならないわよ」

「幽霊船の砲弾って、人間に影響あるんだよな」
 ラーシャが冷静な顔で、簡単に語る。
「あるわよ。幽霊のやっかいなところは、幽霊からの攻撃は当たるけど、敵からの攻撃は当らないところにあるから」

「つまり、戦場で。敵のど真ん中に幽霊化して飛び込む。そのまま、変身して、回転しながら全砲門一斉発射をすると、凄い戦果が出るんだな」
 ラーシャが明るい顔で付け加える。
「弾代も凄い金額になりそうだけどね。でも、幽霊化は万能じゃないから、そう上手くいかないわよ」

「陸で戦艦に変身して戦う状況は、ないか。幽霊化はそれほど長くなっていられない。海だと、二百m級の鋼鉄艦がいるんだ。海でも無敵とはいえない」

 戦艦デーモンのカードが消える。
「呪われし凄腕暗殺者デーモンか。こいつは、戦闘系だな。レベル八の戦闘系ならかなり強いな。前菜が美味い料理屋並みに期待できる」
 ラーシャが楽しそうな顔で説明する。
「そうね。引いたギフトによっては格上も殺せるわよ。もっとも、牛脛(すね)肉のように、癖がある料理になるかもね」

「隠密能力って、どれくらいなんだ? 可愛いあの子を垣根の陰からそっと覗き見できるくらいか?」
「幽霊化と組み合わせれば、まず人間には察知できないわ。侵入も止められない。可愛いあの子の部屋の前まで行けるしかしれないわよ。もっとも、部屋のドアを開けたら、幻滅するかもしれないけど」

「なら、保留にするか」
 テーブルに、呪われし凄腕暗殺者デーモンのカードが残る。
 一番に気になった、彷徨える幽霊船長デーモンに目が行く。
「説明に、あの世とこの世を行き来するって、あるな。これは、どういう意味だ?」

 ラーシャが軽い調子で、素っ気なく答える。
「文字通り、冥府に行けるのよ」
 知らない事実だった。
「冥府って、あるのか? あっても驚かない。なくても困らない。俺はその日、その日を気楽に精一杯に生きているからね。死後を気にするなんて贅沢な悩みは金持ちがすればいい」

 ラーシャが表情を曇らせて語る。
「冥府はあるけど、行くのは用事のある時だけに限定したほうがいいわよ。美味しい料理を食べる前に屠場を覗く必要はないでしょう」
 冥府があるなら、気になる情報もある。
「あの世にいる人間や悪魔を連れて、この世に戻って来ると、どうなる?」

 ラーシャが当然の態度で説く。
「体がちゃんとあれば、生き返るわよ。ただ、冥府から特定の存在だけを探して連れてくるなんて、無理に近いわ。米の中に落とした餅米を拾うようなものね」
「期間限定シェフのお勧めのように、何か、これも、そそるものがあるな」

 呪われし凄腕暗殺者デーモンと幽霊船長デーモンが残った。
「決めた。彷徨える幽霊船長デーモンだ。暗殺よりも、冒険だ。冥府にいずれ行くかもしれない」

 体がひんやりとする。手を見る。
 手が半透明な鮫肌から、青く揺らめく炎のようになっていく。体に新たな力が宿るのがわかった。
 ラーシャが気分も良さそうに、すらすらと語る。
「幽霊化できる時間も、長くなったわ。冥府へと移動する能力も得たわ。船が幽霊船の場合には、一緒に船も冥府へと連れていけるわよ」

「でも、生きた人間や悪魔は幽霊船には乗せられないぜ」
 ラーシャが明るい顔で説明する。
「冥府へ他の人間を連れて行く旅はできないわ。でも、冥府から魂を連れてくる航海は可能よ」
「死者の蘇生がしたいのなら、俺一人でやらなきゃならないのか? 繁盛する料理屋を一人で切り盛りするようで、ちと厳しいな」

 ラーシャが冴えた顔で告知する。
「では、ギフトの授与に移るわ。まず、一つ目は『船首砲』ね。船首に、あらゆるものにダメージを与えることができる十二インチ砲を搭載できるようになるわ」

 あまりにも便利な能力なので、確認しておく。
「制限は何かあるか。必ず火を通して食べること、みたいな」
「『船首砲』は一度撃つと、十分は撃てない。二発目を撃つと、二十四時間は撃てないわ」
(一日二発が限界か。特別なお客様向けの料理みたいだ)

「威力と射程が気になるところだな。時価のメニューの今日の価格のように」
「威力は四十五m級帆船なら一撃で沈むわ。射程は直線で二百m。衝撃と威力は貫通するわ」

「なかなか、強力な砲撃だな。一日二回の使用制限も納得だ」
 ラーシャが理知的な顔で、すらすらと語る。
「もう一つは『幽霊客船』よ。これを覚えると『幽霊船』を忘れるわ」
「『幽霊船』は、俺の所持品だった場合には、一緒に船と荷物も幽霊化するギフトだったな。『幽霊客船』とは、どう違う」

「『幽霊船』だと、他人の荷物や他人は船が幽霊化する時に船を擦り海に抜けて落ちるわ」
「その口ぶりだと、『幽霊客船』は違うのか?」

「『幽霊客船』なら、乗船している他人や荷物も一緒に幽霊化して乗せられるわよ」
「一つ、確認だ。彷徨える幽霊船長デーモンで、『幽霊客船』を覚えて幽霊化した場合だ」

「当然に考えられる組み合わせね」
「彷徨える幽霊船長デーモンの能力と組み合わせたとする。俺の船で、生きた悪魔を冥府に連れて行って戻ってくる航海が可能なんだな」

 ラーシャが余り興味ない顔で簡潔に語る。
「そうなるわね。冥府への航海旅行が可能ね。お客がいるかどうか、知らないけど」
(いいね、幽霊客船か。幽霊客船には夢がある。希望はないが、未来がある)

「わかった、『幽霊客船』を取る」
 キラキラと体の周りが青く輝いた。
 新たに手に入れた力を試す。幽霊化すると、冥府への行き方がわかった。試すと、目の前にキルアが潜れるくらいの黒い紐でできた輪が表れる。

 幽霊化したまま輪を潜って、空を飛ぶ。三分ほど進むと、暗い海に出た。
 暗い海には、小船や木片が漂っていた。船や木片には、人間や悪魔が無言で乗っていた。海は、どこまでも暗く、どこまでも広かった。
「ここが冥府か」

 あまり気分のよい場所ではなかった。現世に戻りたいと念じる。空中に黒い紐の輪が再び現れた。
 輪を潜って三分ほど飛ぶと、そこは宿屋の一室だった。
 ラーシャの姿は、すでにそこになかった。
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