第二十九話 休息へ向けて

文字数 1,348文字

 エレベーターで上の階に戻る。宝物庫にゴブリンたちが乱入してきて、残っている財宝を我先にと(あさ)っている最中だった。
 悪魔たちはもう充分に金品を回収したのか、涼しい顔でゴブリンたちが宝物を持ち出す姿を見守っていた。

 シャーロッテの姿を見ると、副司令官が真面目な顔で寄ってくる。
「姫様、ご無事でしたか」
「用は済んだわ。これより帰還します」

 場内に突入してくるゴブリンたちを避けて通路に戻る。通路にある窓から次々と悪魔たちが飛び立つ。
 空高くに飛び上がって振り返る。ゴブリン軍の旗が高々と揚がった城が見えた。
「人間の旗が降ろされて、ゴブリン軍の旗が揚がっているな。完全に人間の城は落ちたな。これからは、ゴブリンの時代か」

 キルアの横を飛ぶユウタが興味の無さ気な顔で語る。
「どうだろうな。高見に上った者とて、いずれは落ちる。数年は東大陸の南ではゴブリン軍の天下が続くだろうが、どこまで続くかは、わからない。栄枯必衰の言葉もある」
「人間がここから巻き返すのは難しいだろう。主菜の皿が不評なら、デザートとコーヒーだけで評判を上げるのは難しい」

 ユウタは素っ気ない顔で持論を述べる。
「デザートだけ美味い店ってのも、あるぞ。それに、まだ、人間には英雄召喚の秘儀がある。成功すれば、強い英雄を異界から呼べる」
「英雄召喚の秘儀は無理だろう。秘儀を行うのに必要な品はシャーロッテの手の中だ」

 ユウタは知的な顔で解説する。
「召喚の宝具は四つあると聞く。あと、三つは、どこにあるか知らないが。英雄召喚ができなくなったわけではない」
「どっちでもいいけどな。海が自由で飯が美味けりゃ、俺はそれでいい」

 ユウタが満足気に感想を口にする。
「僕もしばらくは哲学の思索の道に入るよ。今回の一連の戦争では充分に稼いだ」
「戻るか、悪魔の国の都市ベセルデスに」

「そうだな、一度、ベセルデスに入りしよう」
 ブッシュの砦に戻ると、ジャジャから人間から略奪した祝いの食材や酒が届いていた。

 ジャジャからの祝いの品で、野外で祝勝会が行われる。
 元気の良い顔をしたシャーロッテが乾杯の音頭を取る。
「人間たちの敗北と、我らの勝利に乾杯」
(今回は犠牲者が少なく、勝ち組に入れた。いつもいつも上手くいくとは限らん。でも。今回に限れば、なかなかの成果だ)

 祝勝会は夜更けまで続いた。夜が明けて昼になる。
 ゆっくりと起きてきて、身だしなみを整える。
 キルアは国に戻ると決めたので、シャーロッテに挨拶をしに行く。だが、シャーロッテの姿は見当たらなかった。
 副司令官に「お姫様は?」と尋ねる。

「シャーロッテ様は今朝早くに、国に戻られました」
(あの、シャーロッテが、人間の残党狩りをしない、だと? ちょっと、妙だな。それだけ、召喚の宝具に惹かれたか。俺に関係ないことだけどな)

 五日後、キルアとユウタはノーズルデスに戻っていた。
 人間側の王都が陥落したが、ノーズルデスでは大きな混乱はなかった。アーブンの市議会運営も問題になってはいなかった。
 キルアはノーズルデスで毛皮を仕入れて船に積み込む。商品を積んだキルアの船は悪魔王の治める街ベセルデスに向けて出発した。
【了】
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