第五話 次なる目的地の選定とシャーロッテ

文字数 3,596文字

 昼過ぎに起き、宿屋の食堂に行く。だが、客はキルアしかいなかった。
 パンとスープを持ってきた宿屋の女将さんに尋ねる。
「ユウタは、どうした? 俺の相棒。ほら、いたでしょ? 老け顔の、いかにも捻(ひね)くれて根性曲がりそうな悪魔」

 女将さんが渋い顔をして意見する。
「お連れさんのことかい? にしても随分な言いようだね」
「勘違いしないでくれ。顔はあんたみたいな美人が咄嗟(とっさ)に逃げ出したくなるほど、ちょっと個性的だ。だが、中身はいい奴なんだ。臭いが(ひど)いが、とても美味いドリアンか、くさやの干物みたいにな」

 女将さんは困惑顔で教えてくれた。
「何か、朝一番で食事を摂ると、『哲学が』どうのと口にして、出かけて行ったわよ」
「それなら心配ない。いつものお散歩だ。哲学と散歩は相性が良いと、常々に口にしている」 

 女将さんは心配そうな顔をした。
「でも、大丈夫かね? どことなく、ぼーっとしていたよ」
「あまりに考え事に熱中して、どうしたら、そんな突拍子(とっぴょうし)もない場所に行けるのか、って胡散臭(うさんくさ)いところに行く時もある」

「そうかい、なら心配だね」
「でも、俺は、気にしない。自分が開帳したイカサマ賭博の掛け金のように、ちゃーんと帰ってくるから」

「そうかい、私はお金を払って、忘れ物をしないで宿を出てくれれば、問題ないけどね」
 食事を終えて食後のアプリコット茶を飲んでいた。
 シャーロッテが軽快なステップを踏みながらやって来て、笑顔で陽気に告げる。
「こんにちは、キルア。いい知らせと、とーってもいいお知らせがあります。どっちから聞きたいですか。純情無垢(むく)な美少女の私としては、こんな良い知らせを持ってこられて、とーっても満足しています。えへん」

(おいおい、何かトラブルか? 絶対に良い話ではないぜ。中を開けたらシャーロッテにのみ都合が良かったなんて話なら、笑えないぜ。根性曲がりのユウタなら、笑うかもしれないがな)
「それは本当にいい知らせか? もし、本当ならとってもいい知らせから、聞かせてくれ。俺は、美味しいものから先に喰う主義だ」

「あれ? でも、キルアは、果物が好きだったよね?」
「だから、いつも疑問に思う、なんで、果物をデザートに出すのか、だ。前菜で出てくることもあるが、前菜の果物はあまりない。良い話と同様にな」

 シャーロッテが胸を張って宣言する。
「私の良い話を三流料理屋の前菜と一緒にしないでよね。ちゃーんといい話を持ってきました。きっと、この話を聞けば、キルアも喜ぶこと、間違いなしです」

 シャーロッテが満面の笑みで軽く指を鳴らす。何もない空間から二枚の紙が現れた。
 紙は賞金首の手配書だった。一枚がユウタのもので、二枚目がキルアのものだった。
 シャーロッテが、馬鹿な男なら確実に騙される笑顔で、はきはきと告げる。
「じゃーん、これでキルアは、人間から狙われる賞金首になりました。よかったね。これで、寄ってくる人間を殺し放題だよ。殺したい人間から寄ってくるなんて、賞金首は何て素敵な制度でしょうね」

 あまり良い話題ではなかった。
 レベルも八となると、人間から簡単には殺されない。だが、(あなど)れないのが人間だ。
(遂に賞金首か。理解できるが、あまり良い気分はしないな。まるで、甘酸っぱい冷たいパスタだと思って頼んだ料理が、熱々の激辛ハバネロ・スープ・パスタだった、みたいな状況だ)

 キルアは不機嫌を隠すことなく告げる。
「俺は人を殺したくて悪魔をやってんじゃない。生まれた時から悪魔で、色々と事情があって、幽霊船の船長をやっているだけだ」
 シャーロッテが少々意外そうな顔をする。
「おや、そうだったの? てっきり、キルアも、殺した人間の数が今までに食べたパンの数より多い悪魔だと思ったわ」

「賞金首、なんて迷惑だよ。賞金首なんて、望まない時に家に押しかけて来て、中々帰らない客みたいで、好かないね」
 シャーロッテの瞳が、きらきらと輝く。
「幽霊船の船長ってことは、レベル・アップをしたんだね。そこへ、賞金首の知らせをグッド・タイミングで持ってくるなんて、私ったら、どうしてこうも善人なのかしら。自画自賛しちゃうわ。善行を積みすぎて、求婚者が(さば)ききれないほど殺到しないように、ちょっと用心しないと」

「昨日、ラーシャが来て、レベル・アップをしてくれたよ。溜め込んでいた分に加えて、稼いだ分までしっかり持っていきやがった」
 シャーロッテが素っ気ない態度で応える。
「仕方ないわ。レベル・アップして大金を巻き上げるのが、ラーシャの仕事だもの」

「ラーシャは物売りの才能があるね。俺が老人なら、家に要らない塩昆布を山ほど積まれて、身包(みぐる)み剥がされているね」
 シャーロッテが腕組みして感慨(かんがい)(ふけ)る。
「これで、キルアもレベル八か。うんうん、順調に成長してくれて、私は嬉しいよ。それでこそ、情け深く、血に(まみ)れて財宝を回収してきた甲斐があるってものだよ。成果が目に見えるってのは、嬉しいねえ」

 シャーロッテが海賊たちの悲鳴を聞きながら、にこにこと財宝を回収する様子が頭に浮かんだ。
(怖えええ、女だよな。ほんと、悪魔に生まれて良かったぜ。人間の海賊に生まれていたら、今頃は海の出汁(だし)になって昆布に養分を吸われているころだ)

 キルアは、ぶっきら棒に告げる。
「それで、次のいい話ってのは、何だ? 本当にいい話である展開を願うぜ。あまり期待はしない。前の客が残して(しな)びたサラダを平気で出す店が次に持って来る、前菜のようにな」

 シャーロッテは、うっとりした顔で話す。
「戦争よ。せ・ん・そ・う。お父様が、人間の国王とゴブリン皇帝の戦争に介入していいって、許可をくれたわ。悪魔に生まれたら、『全軍突撃、人間の部隊を蹂躙(じゅうりん)せよ!』なんて命令してみたいでしょ」
(何だい、悪魔王様。それは一番、任せてはいけない悪魔に、仕事を振ったようなものだぜ。パスタ屋はパスタを()でてりゃいいんだよ。余計な冷麺に手を出すべきじゃないぜ)

 キルアは他人事として素っ気ない態度で応じた。
「そうか、戦争か。となると、ノーズルデスだな。それでは、お元気で。俺はシャーロッテの活躍を、ここナンバルデスで陰ながら応援するよ。気が向いた時に、だけな」

 シャーロッテは目を大きく見開いて、不満を口にする。
「ちょっと、何を朝っぱらから寝言を口にしているのよ。キルアも一緒に行くのよ。行って、大勢の人間を殺すのよ。それで、もっと賞金首の懸賞金を上げるの」
(おいおい、戦争に行きたい悪魔は、シャーロッテだろう。俺も巻き込むなよ。ゲテモノ料理が喰いたきゃ、一人で喰え。美味そうならフォークを伸ばす。だが、戦争はちと胃に、もたれそうだ)

 キルアは正直に心情を告げた。
「俺は自由が好きだ。平和はより好きだ。だが、戦争とか正義とか、大嫌いなんだよ。あと、肥えた坊主の嘘くさい説教と、鮮度の落ちた貝も嫌いだ。熟成チーズは種類による」

 シャーロッテは真摯(しんし)な顔でせがんだ。
「そんな連れないセリフを吐かないで、行こうよ。戦争。それで、人間を大勢ばっさばっさ、ド派手に殺そう。もう、ほんと、血の雨が、滝のようにバシャバシャ降る、世界中の絵描きが目を輝かせる光景を、人間相手に再現しようよぉ」

「何だ? 悪魔王様はゴブリン皇帝に味方する気なのか?」
 シャーロッテは簡単に否定した。
「お父様は、ゴブリン皇帝に味方する気は、ないようなのよね」

「どういった感触なんだ?」
 シャーロッテは厳しい顔で、冷たく告げる。
「むしろ、ノーズルデスの中立を脅やかすゴブリン皇帝を、邪魔に思っているわ」

 状況が見えてくると、危険に思えてきた。
「つまり、どっちの味方もせず、どっちとも敵対する気で行くのか? そりゃ、初めて見る茸を口に入れるより危険だぜ」
 シャーロッテが平然と方針を口にする
「そうなるわね。ゴブリンは殺し甲斐がないんだけど、戦争だもんね。排除も止むなしよ」

(本当にシャーロッテって、戦争狂だよな。でも、ゴブリンが相手だとテンションが下がるんだな。まるで、昨日に獲れた海老の鮮度のようなテンションだ)
 シャーロッテは、あっさりとした態度で命令した。
「じゃあ、そういうわけで、十日後にノーズルデスに向けて旅立つから、準備しておいて」

「おい、ちょっと待てよ」
「♪殺そう、殺そう、人間を殺そう、あっちもこっちも、皆殺し♪ 人間の死体が、百万トン♪」と物騒な歌を歌いながら、シャーロッテは去っていった。
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