第一話 海賊王暗殺

文字数 3,716文字

 夏の日差しが照りつける日の出来事だった。八十席ばかりの石造りの酒場がある。
 酒場に一人の男が入って行く。男の身長は百八十㎝で細身。目つきは鋭く、尖った顔をしている。男は古びたキャプテン・ハットを被っている。キャプテン・ハットから出る髪は、真っ白だった。

 男は上着には海賊船長が好んで着るような、青のフロック・コートを身に纏っている。
 ズボンは潮風に長い間、曝された色褪せたズボンを穿いている。腰にはサーベルを佩いていた。男の名はキルア。人間に化けた悪魔の彷徨(さまよ)える海賊デーモンである。

 酒場の中には、四十名ほどの男たちがいた。男たちは、水夫や海賊の格好をしている。男たちはテーブルでカード・ゲームをしたり、酒を飲んでいたりしていた。だが、キルアが店に入ると、場が一瞬だけ静まる。

 キルアがテーブルの上に視線を走らせる。魔法で弾を撃ち出す銃が何丁も、テーブルに置いてあった。
(銃を雑に扱っちゃって、そんなでんいいの? そんなに無用心だと長生きできないよ。ユウタが殺すんだけどね。野良犬のように死ぬ。犬死にって言葉がピッタリだな)

 酒場は堅気の人間が利用する酒場ではなかった。海賊たちが(たむろ)する酒場だった。
 キルアは酒場の険悪な空気を気にせず、空いているカウンター席に腰掛ける。
 酒場のマスターが、キルアをジロリと見る。酒場のマスターの身長は百九十㎝。大柄な髭面の男で、茶のズボンを穿き、白いシャツを着ている。

(海賊王が怯えて酒場のマスターに変装ね。変装が全然、なっちゃいない。こりゃ死神が肩にぽんと手を掛けなくても。近いうちに死ぬね。こっちは俺が殺すんだけどね)

 キルアはポケットから銀貨を取り出すとカウンターに並べた。キルアは酒瓶が並ぶ棚を手で指し示す。
「そこの、その一番上にある酒を貰おうか。その、高くて不味そうな、露骨なぼったくりのやつ。味? 味は気にしないよう。今は、そいつが欲しい気分なんだ。ほら、いるだろう。好みでもないのに、つい気になって声を掛けちゃうブス女って。並のブスだと、目を()らしちゃうけど、あんまりブス過ぎて、ついつい観察してしまう、そんで気が付くと訳もわからずに口説(くど)いているとか。その酒はそんな女みたい酒なんだ」

 マスターが、キルアの指し示した酒瓶を取ろうとした。キルアは手を挙げたまま、気分よく指示を出す。
「違う。違う。その一つ横。そう、それだよ。それ。そいつが飲みたい。その、やったら不細工なのに、妙に愛嬌があるやつ。外見でしか区別できないが、今の俺に必要な酒は、それだ」

 マスターがキルアに背を向けて、手を伸ばして酒瓶を取るとする。
 キルアの伸ばしていた手に、突如として全長が三十㎝の光る緑の銃が現れる。『ソウル・ガン』のギフトだった。

 ギフトは悪魔が持つ恐るべき力。『ソウル・ガン』は持ち主の意志によって、瞬時に現れる。
 キルアは近い距離からマスターの後頭部を『ソウル・ガン』で撃つ。二発の銃声が酒場に響く。
『ソウル・ガン』の弾丸はマスターの頭を吹き飛ばした。マスターが酒瓶たちと一緒に崩れ落ちる。一瞬の出来事だった。

(バイバイ海賊王。浴びた酒は俺の奢りだ。金は払う気は全然ないけど、問題ないだろう。あんたは大勢の悪魔からたくさんのものを奪った。なら、最後は帳尻を合わせるのに、俺に奪われる。それが人生哲学ってもんだ。おっと、うっかりユウタの受け売りみたいなこと、言っちまったぜ。俺としたことが)

 酒場にいた水夫と海賊が、マスターの死に一瞬だけ固まる。だが、すぐに魔道銃を構える。
 キルアは彷徨(さまよ)える海賊デーモンの能力の幽霊化を発動させる。途端にキルアの姿が薄くなる。

 魔道銃が一斉に火を噴く。魔法の弾丸は幽霊化したキルアを通り抜ける。弾丸が激しくカウンターと酒瓶を壊す。
(派手に酒を無駄にしてくれるぜ。まるで狂った悪魔蜂のようだ。悪魔蜂は酒を無駄にしないから、海賊よりは良い奴だ。おっと、そうか、海賊もこれから死ぬから、良い奴だ。死んだ海賊は良い海賊だ)

 幽霊となったキルアは無傷だった。弾丸を撃ちつくした海賊の男が驚愕の表情で叫ぶ。
「悪魔だ。そいつは呪われた海賊デーモンだ」

キ ルアは振り返って男の間違いを訂正する。
「黙っていてやってもいいけど、俺は親切な男だ。そう、説教が終わって、賞味期限切れのクッキーを配る坊さんのように、親切な男だ。間違いは正してやる。俺は彷徨える海賊デーモン。進化先が違うのさ」

 男たちは、魔法の弾丸を擦り抜けるキルアに対して、有効な攻撃手段を持たなかった。
 キルアは余裕をタップリ込めて海賊たちに告げる。
「それで、気の毒――じゃ全然ないが、あんたらに死んでもらわなきゃならない。ってのが俺の相棒である哲学する悪魔、ユウタからの帰納法的結論なんだと。さあ、遠慮なく受け取ってくれ。もちろん、無税だ」

 ポンと地面から金属でできた鞠(まり)が浮いてくる。次の瞬間、鞠は光り輝き、破裂した。
 酒場の窓から炎が吹き上がり、酒場の天井が真上に吹き飛んだ。
 魔法や剣をも擦り抜けるキルアには無害だった。だが、海賊たちは即死だった。

 キルアは空を見上げて語る。
「本当に『天才力』のギフトで作った武器は、威力が恐ろしいね。世の哲学者が、みんな過激派なら、世は天国だな。天国は別名を地獄とも言うが」

 キルアは落下してきた天井を擦り抜けると、酒場を出る。
(海賊王は俺が焼肉屋に出荷される豚のように殺した。酒場にいた手下の海賊は殺虫剤で殺された蟲のように殺した。あとは海の上に浮かぶゴミの掃除だ。ちょっとばかりでかいから、俺が手を下してやろう。海賊王も部下が大勢ごっそり押しかけて来れば、あの世で喜ぶだろう。地獄も天国に変わるってわけだ)

 地面から、赤い刺繍がある黒いローブを纏った男が現れた。男の身長はキルアと同じくらい。だが、横幅はキルアより、あった。ローブの男の顔は、皺のある丸顔をしていた。
 男の髪は白いが髭はない。キルアの相棒である、賢哲デーモンのユウタだった。

 ユウタが(しか)め面で確認する。
「酒場のマスターに変装していた海賊王は仕留めたか?」
「『ソウル・ガン』を二発、頭に叩き込んだ。それに、お前の造った炸裂弾が弾けた。これで生きていたら、人間じゃないね。俺たちも人間じゃないけど」

 キルアは燃え上がる酒場を振り返って、軽い口調で意見する。
「にしても、いつもながら惚れ惚れする威力だねえ。市場で売っていたら、さぞやお高いんでしょうね。哲学者は、そんな馬鹿な真似はしないだろうけど。ちょっと気になるよ。海賊王もあの世で知りたがっているかも」

 ユウタは、ちょっとむっとした顔で言い返す。
「海賊たちを葬った力は、哲学により生み出された叡智(えいち)と世の理の力の融合だよ。市場に流すようなものではない」
「売っていないの? そいつは残念。でも、哲学って、そういう学問だっけ? 何か、違う気がするけど。どのみちいいか。死んでいく海賊には哲学も倫理学も神学も変わりない。俺も結果さえあれば、気にしない。俺は見掛け通り、懐の広い人格者だからね」

 ユウタはぴしゃりと釘を刺す。
「無駄口はいいから。港に急でくれ。シャーロッテが飽きる前に海賊王の艦を沈めるんだ。お姫さまは退屈すると、何をしだすかわからない」
(暴力と災害が人間の形を採ったような魅力的なお姫様が、来ているんだった。哲学者は説明すれば、待ってくれる。だが、災害は待ってくれない。さっさと、進行表を進めよう。一流のシェフのように)

「美酒とご馳走を携えても、お姫様の機嫌は直らん、だが、海賊の活造りなら話は別だ。牡蠣(かき)美味(うま)い身を酒蒸しにする。それで、レモンを掛けた一品のように、海賊を料理してくるよ」
 ユウタが不機嫌に言い返す。
「それは名案だ。できれば、早く頼む。前菜が遅い店は、後が期待できない」

「珍しく哲学は関係ないの?」
 ユウタが訝しげな顔で意見する。
「何を馬鹿な問いを発しているんだ? 料理哲学はれっきとした哲学の分野だ」

「料理哲学って、初めて聞いたよ。一つ賢くなったから、海賊たちにも教養のお裾分けをしてくる。もっと、お裾分けの品はユウタの哲学の産物だがな」
 キルアの体に色が戻る。
「おっと、俺のターンが少しの間、終了か」

 強力な力であるギフトといえど、無限に使えるわけではない。回数制限や、時間制限がある。
 ユウタが厳しい顔で宣言する。
「僕は海の上では役に立たない。残っている陸の雑魚(ざこ)は、僕が始末する」
「そうかい、なら、哲学的に完璧に決めてくれ。料理は下ごしらえが駄目だと悲惨な結果になる。お姫様には美味しいところをタップリ堪能(たんのう)してもらって、ごっそりお代を払ってもらおう」
 ユウタが地面の中に落ちるように消えた。ユウタは地面の中を自由に移動できる魔法が使えた。
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