第三話 ナンバルデス解放

文字数 5,336文字

 人間の国王と組んで中立都市ナンバルデスを支配していた海賊王は、死んだ。海賊王の旗艦も沈み、多くの海賊が海に消えた。
 中立都市ナンバルデスは海賊の支配から解放された。
 キルアは陸に戻るとシャーロッテがやってくる。シャーロッテが軽く敬礼して、おどけた様子で語る。
「キルア船団長、軍艦の破壊、ご苦労様であります」

(怖いね、お姫様。凄くいい笑顔だよ。たとえるなら、冬に鮟鱇(あんこう)鍋を作ってオレンジ酒で一杯やった時の顔だね)
「何が、ご苦労様だ。海賊のほとんどは、シャーロッテに殺されただろう。俺は料理して皿に盛っただけ、食べた悪魔はシャーロッテだ。それにしても、人間滅ぶべしって、何だよ? 人間がそんなに憎いのか?」

 シャーロッテが潤んだ瞳で語る。
「あのね、私、きっと前世は馬か牛だったんだと思うのよ。それで人間に()き使われたのよ。だから、きっと現世で復讐しているの。そう、全ては人間が悪いのよ」
(人に屁理屈あり、悪魔に理屈ありだね。俺とユウタは理論派だけどな)

「にしても、そこまで思い込めるって、すげえよ。本当に感心するわ。紛れもない悪魔の鏡。殺戮の申し子。人間の敵だな。俺だって辿り着けない境地だよ。ユウタは辿り着くかもしれんがな」
 シャーロッテが、はにかむ。
「そう褒められると何か、照れるわ。じゃあ、人間たちから奪われた悪魔の資産を、傭兵団と一緒に、取り返してくるね」

「シャーロッテの行為は、(ちまた)では略奪って呼ぶんだろう? 別に非難しているわけじゃない。俺だってそのお零れいただくんだ。俺に利する略奪は尊い行為だ。シャーロッテ的にいえば、奪うべし! だ」

 シャーロッテが微笑んで告げる。
「ははは、そう言ってもらえると、嬉しいわ。海賊相手だから、いいよね。奪ってきたんだから、奪われる覚悟も、あると思うの。きっと海賊は、この日の私のために溜め込んでいたんだと思うわ」
(海賊が聞いたら噴飯もんだが、俺は気にしない。俺は悪魔だし、海賊は、俺のパン籠に手を突っ込む真似をした。海では何でも許される。だが、報復と無縁じゃない。まさに海鳥を喰らわんとして、腹を壊せば自己責任だ)

 キルアは大きく構えて、鷹揚に言葉を口にした。
「俺たちには金が必要だ。傭兵には金も必要だ。今回の作戦にはパイ造りのような手間が掛かっている。手間賃は貰わなければならない。誰から貰う? そう、海賊からしか、ない。俺たちの分も、しっかり剥ぎ取ってきてくれ。期待しているぜ、お姫様」

 シャーロッテが飛びっきりの笑顔で微笑(ほほえ)む。
「わかった。じゃあ、しっかり死体からも、剥ぎ取ってくるよ。分配を期待していてね」
(略奪に関しては、シャーロッテに任せておくか。シャーロッテはお姫様なのにケーキを切り分けるのが得意だ。ケーキを上手く切れる悪魔は回収も分配も得意。そう、ケーキを切るのも、回収と分配が得意なのも、天が認めた才能だ。なら、海賊が滅んだのも天の意思だ。天の上に何がいるか、知らないがな)

 シャーロッテは傭兵団の元へ駆けていった。シャーロッテが消えると、地面からユウタが浮かび上がってくる。
 ユウタがシャーロッテの後姿を眺めながら、意見を口にする。
「楽しそうだな、シャーロッテ。本当に人間相手の略奪が好きなんだな。あの前向きさは悪魔の美徳、人間の悲劇だな」

「楽しそう――じゃない。実際に楽しいんだよ。俺もあの境地になれたら、生は極楽、死は地獄だね。おっと、今の生が悪いってわけじゃないぜ。俺は自殺志願者じゃない。俺は楽観主義者だ」
 ユウタが軽い口調で嗜める。
「楽観主義がキルアの哲学なら否定はしない。だが、用心はしたほうがいいぞ。いつ何どき、暗い道で刺されるかもしれん。もっとも、哲学あれば道は明るいぞ」

「哲学の講義は、時間のある時でいい。俺に哲学の講義を聞く時間があれば、の話だ。おそらく、死ぬまで俺は、忙しいだろうだな」
 ユウタが憐れみ込めた顔で言葉を掛ける。
「哲学を学ない、だと。哲学のない人生なんて塩のない料理だ。よく、そんな料理を喰えるな」

「俺は果物が大好きだ。特にフルーツの盛り合わせとかね」
 ユウタが気楽な調子でキルアに声を掛ける。
「それで、キルアは、略奪には参加しないのか? 参加したほうが、取り分は増えるぞ」

「お前と同じような理由で、参加しない。分配金と、海賊王に懸かっていた懸賞金だけで充分だ。略奪時のシャーロッテは名料理屋の給仕並にてきぱきと動く。チップを弾まなくてもいい」
 ユウタは気負わずに発言する。
「それじゃあ、レベルが上がるのが遅くなるな。より強い力には興味がないのか。だとしたら、禁欲を表看板に掲げる生臭坊主なみに、つまらん生が待っているぞ」

 この世界には、レベルがあった。レベルが上がるほど悪魔は強くなり、進化する。悪魔のレベルは、金で買う。悪魔の世界では、金は力であり。世の中は金だった。
「俺は坊主が嫌いだ。理由は、臭いからじゃない。俺たちを騙すからさ、不誠実な肉屋のようにな。何を売っているかわかりゃしない。おっと、レベルの話だったな。ほどほどに稼いで、レベル・アップしていくさ。ここまで来ると、レベルを上げたら、次のレベルに上がるための金貨の必要量も、半端じゃない」

 ユウタがやれやれの顔で相槌を打った。
「そうだな。魔法屋で魔法を買ったり、装備を調達したりするのも、金だからな。美味い料理屋で鰻のパイを喰うのも、林檎(りんご)酒を飲むのも、金だ。哲学書だって金がないと買えない」

 キルアは簡単に誘った。
「このあと、飲みに行こうぜ。まだ、日は高いけど、石榴(ざくろ)酒の美味しい店を見つけたんだ。哲学者だって、たまには息抜きを必要だろう。サボテンだって、水がないと枯れちまう」
 ユウタが。ふっと笑う。
「柑橘類とか石榴とか、キルアは本当に果実系が好きだよな。でもいいことだ、フルーツは頭にいい。哲学書ほどではないがな」

「俺は書物より、断然フルーツ派だけどね。世に果物がなけりゃ、鳥や虫より俺が困る。ユウタも甘い物が好きだろうが、覚えておけ。甘い物の王様フルーツだ。こっちは海賊と違って、存在してもいい王様だ」

 キルアとユウタは人間の姿を解除する。
 手を確認すると、青く半透明な鮫肌が見えた。
 悪魔とわかるように羽を生やす。悪魔の顔をして、大通りを歩き出した。
 街は、悪魔の傭兵団による略奪が横行しており、混沌としていた。負けた海賊や海賊の後援者たちの叫び声が、あちらこちらからする。商店も閉まり、通りを逃げるように走っていく人間が多い。

 そんな混沌とした街を、キルアとユウタは普通に歩いて行く。
 キルアは逃げ惑う人間を避けながら、軽口を叩く。
「活気のある街だねえ。人間が皆、走ってやがる。裸足のやつもいやがる。まるで祭りだな。祭りならどこかで、特別なお菓子でも売っているのか。なら、急げ。祭りってのは、すぐ終わる」

「祭りといっても、海賊狩り祭りだな。鬼はいないが悪魔ならいる。人間の海賊は捕まったら死ぬ。走り出したくもなるさ。もっとも、走って逃げられるものならいいがな。羽なきもの、遠くへ飛べず、いたずらに走るべからず。哲学的言葉を知らないと見える」
「ここを出て、どこに行くんだろうね。今度は山賊にでも再就職するのか? 競争率が高そうだな。山賊を志望した動機は何ですか。はい、海賊を失業したためです。なんて答えて面接に落ちる奴もいるんだろうな」

「山賊は福利厚生が悪い。国王の支配する街にでも逃げ込んで、兵士にでもなるんだろう。山に逃げるより街に逃げるほうが暮らしもいやすい。俺としては学問に逃げる態度を勧めるがね」
 恐慌を(きた)した海賊三人が、刃物を手に襲ってきた。キルアは、ひょいと刃物を避ける。一人目の海賊の顎に一撃を入れて気絶させる。

 キルアは気にせず話を続ける。
「沿岸中立三都市のうち、ナンバルデスが片付いた。悪魔軍の次の目標は、サルバドデスの解放か。サルバドデスは一時期よりいいが、あそこも結構やばいぜ」
 ユウタに二人目の海賊が襲い掛かる。
 海賊は落とし穴に落ちるように地面に首まで埋まった。ユウタが無慈悲に二人目の海賊の頭を踏む。海賊は地面の中に消えた。

 ユウタもまた、襲撃を気にせず話を続ける。
「サルバドデスは海路が確保されている。簡単には落ちない。問題は北のノーズルデスだ」
 三人目の海賊は腰を抜かして逃げ出した。キルアもユウタも、追いはしない。
 逃げていく海賊に、キルアもユウタも無関心だった。

 キルアはユウタと会話を平然と続ける。
「ノーズルデス近郊の三貴族は戦争中だ。貴族同士の争いを片付けない限り、人間はノーズルデス攻略に着手できない。放っておいていいだろう」
 ユウタが残念そうな顔で告げる。
「貴族の戦争は終わったよ。勝者は横から出てきたゴブリン皇帝だ。漁夫の利だな」

 ゴブリンは悪魔に似た鬼のような種族だが、角がない種類がほとんどで、羽もない。
 意外な結末に、少々驚いた。
「ゴブリンって漁業するんだ。あまりイメージないな。そんで、何だ、ゴブリンの勢力はそこまで大きくなっていたのか。気がつけば製品はみんなメイド・イン・ゴブリンになるくらいか」

 ユウタは呆れ顔で意見する。
「僕は世界情勢を知ることをお勧めするね。世界情勢を知るのも、また哲学だ。哲学は世を照らす太陽だ」
「俺は昼まで寝ていたい主義の夜型悪魔だ。俺は海の話以外は好きじゃないんだ。見ろ、どうも、陸は埃っぽい」

 酒場に着いたが、酒場は閉まっていた。
 キルアは構わず扉を開ける。海賊五人が酒場のマスターに剣を突きつけていた。
(逃亡前の資金稼ぎってところか。本当に人間って、醜いね。これから料理される魚だってこんなに見苦しくはない。石榴酒の香を人間の血の臭いで汚すなんて。マスタードを付けすぎたパテのように不快だ)

 キルアは親切心から警告した。
「こんなところに海賊か。お宅らも早く逃げたほうがいいぜ。早く逃げないと、怖ええ追剥の女がやって来るぜ。逃げても逃げ切れるとは思わんが。世の中サイコロを三つ振れば、三つとも一が出る時もある」

 キルアとユウタの顔と姿を見て、海賊が数秒ほど凍りつく。
(悪魔面して羽を生やしていれば、当然の反応か。わー、とか叫んで逃げ出してくれると嬉しいぜ。砂出しした浅蜊(あさり)の調理みたいに、楽でいいんだがな)

 海賊の一人が、大声を上げて斬り懸かってきた。
 キルアはサーベルを抜く。一突きで海賊を仕留める。

 残る四人はバーのマスターに剣を向ける。
 海賊が青褪(あおざ)めた顔で命令する。
「武器を捨てろ」

「月並みなセリフを、叫んでくれちゃって。もっと、面白い冗談を言えないの? どうせ死ぬなら、笑って死にたいだろう。武器を捨ててもいいけど、おそらく無駄さ。な、マスター」
 キルアが横を見ると、ユウタが立っていた位置に、マスターが立っていた。代わりに、マスターが立っていた位置に、ユウタが立っている。

 海賊は突如として起こった位置の入れ替わりに驚いた。だが、すぐにサーベルでユウタを突いた。
 サーベルはユウタの服に突き刺さる。だが、血は一滴も流れない。サーベルはユウタの服の下で止まっていた。

 ユウタが拳を海賊に目掛けて振り抜いた。ゴキっと骨の折れる音がする。
 海賊の首がおかしな方向へ曲がった。ユウタの拳は鋼と化していた。ユウタが鋼の拳を振るう。また一人、海賊が息を引き取った。

 残った二人の海賊の対応は、分かれた。一人はユウタに向かい。もう一人はキルアに挑む。
 だが、結果は同じく死だった。ユウタが死んだ海賊を軽々と三人抱える。
 ドアを開けて店の外に捨てたユウタが、むっと不満顔でキルアに尋ねる。
「キルアは、死体を店の外に捨てないのか。せっかく街にいるんだ。死体の傍だと石榴(ざくろ)酒が不味くなるだろう。美味しい物は美味しくいただくのが、哲学だ」

「悪い。俺の分も、捨ててくれ。色男、金と力は、なかりけり。俺はモテモテの色男すぎて、お前みたいな無駄な力は、ないんだよ。もう、ナイフとフォークだけ持つのでも、くたくた」
 嘘だった。海賊の死体の二つを担いで、店の外に捨てるなんて造作もない。だが、サーベルで突き殺した人間を担げば、血で服が汚れる。
「全く、しょうがない奴だよ」とユウタは諦めた顔で告げる。

 ユウタは残り二つの死体も外に捨てた。
 海賊の死体が捨てられると、物乞いの子供たちがすかさず海賊の死体に寄ってくる姿が見えた。
 物乞いの子供たちが、なけなしの海賊の財産を奪って行く。だが、気にしない。
 海賊たちは、あまりに多くのものを、街の人から奪いすぎた。

 ユウタが扉を閉めると、店は静かになった。
 キルアとユウタは人間の姿になり、日の高いうちから杯を重ねる。
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