第二話 王の怒りと自由な海

文字数 3,045文字

 キルアが港に向かって走ると、向かいから三人のサーベルを持った人間の海賊が走って来た。
 だが、海賊たちはまるで落とし穴に落ちるように次々と地面の下に消える。ユウタの仕業だった。
(まるで海賊が、大鍋の中に放り込まれる牛骨のようだ。牛骨は良い出汁(だし)が取れて、コンソメができる。海賊からも養分が滲み出て、街の肥やしになってくれると、いいんだけどね)

 キルアが走っていく先に海賊が現れる。だが、すべてユウタによって地面の中に引き込まれた。
(次々と海賊が消えていくよ。まるで、暑い日に石榴(ざくろ)酒と一緒に出てきた揚げたポテトのようだ。揚げポテトは少し塩が強めだと、さくさく食えるんだよな)

 キルアは港に到着する。港には六つの樽を積んだ全長が十mの漁船が十二隻、泊まっていた。
(船に異常なし。準備万端OKだ。ここで決めなきゃ、せっかくのコース料理が、台無しだ。さあ、行きますか、メイン料理の海賊の活造りをご覧あれだ)

 キルアが明るい声で発言する。
「コックたちよ、目を覚ませ。ビストロ・キルアの開店だ。お客は腹を空かせて血に飢えたお姫様だ。お姫様が暴れ出して、店を目茶目茶にする前に、海賊を調理してお出しするぞ」

 キルアが声を掛けると、漁船にあった樽の一つから、水夫の骸骨が出てくる。水夫スケルトンと呼ばれるモンスターだった。
 残り五つの樽には、機雷が積んである。
「料理の材料は遠く見える大降りの鋼鉄船の『王の怒り号』だ。素材の息の良さと大きさは鯨もびっくりの一品だ」

 キルアの声に、水夫スケルトンが気勢を上げる。
「『王の怒り号』の大砲四百門。全長は鋼鉄製の二百m級の軍艦だ。対するこちらは、十m級の木造漁船が十二隻で大砲は零だ。なかなか、やりがいのある仕事だろう」
 普通ならば、全く勝ち目のない戦いだった。だが、キルアの顔は、どこまでも明るい。キルアの安物の辞書に「敗北」の二文字は、ない。

 キルアの演説に水夫スケルトンが愉快そうに骨を震わせて笑った。
「では、勇敢なるコック諸君。材料は仕入れ済みだから、問題ない。さっさと、料理して海を皿に見立て、派手に海賊を盛り付けよう。お代に海の自由を受け取るぜ」
 キルアは背中にある羽を広げる。キルアのフロック・コートは悪魔製なので、羽が出し入れできた。
「サモン・シップ」とキルアが魔法を唱える。

 緑の大きな輪が出現して、そこから三十五m級の帆船が現れる。現れた帆船の帆が自動で揚がる。
水夫スケルトンも漁船の帆を上げた。
「さあ、調理に出発だ! 各船、威勢よく帆を上げろ。海賊船の攻撃は気にするな。おっと、ただし、夏の日差しには気を付けろ。日焼けはお肌の天敵だ。さあ、追い風ばんばん吹かせて行こうぜ」

 全ての船の帆が、追い風を受けたごとくなびく。
『追い風』もまた、キルアの持つギフトだった。四百門の砲を持つ二百m級の軍艦に対して、貧相な木造漁船が進んでいく。

 漁船から機雷の入った樽が落とされる。機雷の入った樽は漁船同士を結ぶロープを間に通してあるので、漁船の間に機雷が浮かぶ。
 漁船は二隻が一組の陣形で進んでいく。軍艦が漁船の突進に気が付いたのか砲門を開けて撃ってきた。 敵の射程は三百mあった。

「活きが良くて、結構だ。俺も死んだ魚のような海賊は相手にしては気分が悪い。活きの良い海賊を、まるっといただくぜ」
 キルアは、頃合は良しと見て、幽霊化の能力を再度、発動させる。
 幽霊化の能力は所持品全てに及ぶ。

 ただ、本来なら、船には及ばない。だが、同時に『幽霊船』のギフトがあった場合は、この限りではない。船も水夫スケルトンも一緒に幽霊化する。
(即席高速無敵船団のできあがりだ。あとは水夫スケルトンくんの働きに期待だ)

 十二隻の漁船と一隻の帆船からなる幽霊船団の、できあがりである。幽霊船団は砲撃の影響も受けない。だが、キルアのギフトである『追い風』の影響は受ける。
 結果、いくら砲撃を受けても船団は高速で進む。幽霊魚船が『王の怒り号』を挟むように移動する。
先頭の幽霊漁船から落とされた機雷が『王の怒り号』を擦り抜ける。

 そのまま、最後尾の幽霊漁船の組が船先に到達した時点でキルアは幽霊化を解除した。
「さあ、爆弾を踊り喰いだ。『王の怒り号』よ、遠慮は要らないぜ。俺の奢りだ。たんと喰え。お題は乗員の命で払ってもらうけどな」

 六十発の機雷が実体化して、『王の怒り号の』の艦底で爆発した。
 いくら、二百mの鋼鉄艦といえど、六十発の機雷を艦底に受けては耐えられなかった。
 艦に浸水が始まる。機雷を受けて激しく損傷した前方から海中に突き刺さるように沈没していく。

 キルアは沈み行く艦を見ながら鼻で笑う。
(調理は終わった。盛り付けを棲んだ。テーブル席にクロスを敷いた。冷たい飲み物は残念ながら海水しかない。だが千客万来は確実だ。さあ、パーティの始まりだ)
 別の場所に待機していた悪魔が羽を広げて飛んできた。その数は二百余り。悪魔たちの姿容は様々だが、全て羽が生えた、空を飛べる悪魔の傭兵団だった。

(おっと、来たね、哲学より冷たく、血に飢えた非情のお姫様が)
 艦が折れて海中に沈没する。海上には沈没から逃れた海賊が数百と漂っていた。
 悪魔たちは上空から海上に投げ出された海賊を魔法と矢で次々と葬っていく。

 海賊たちは、まともな反撃はできなかった。
「虐殺って言葉こういう時に使うんだろうな」と漠然と思った。
 もっとも、海賊は今まで多くの悪魔たちから多くのものを奪ってきたので同情はしなかった。この世界では奪う者は、同時に奪われる者なのだ。

 傭兵団の先頭に立ち、強力な魔法を放つ悪魔がいた。
 髪は金色で肌は白色。くりっとした大きな目をしており小顔。外見年齢は二十代前半。身長百五十㎝で、蝙蝠(こうもり)に似た羽の生えた女性の悪魔だった。

 名前はシャーロッテ。悪魔王のゴーサンダインの娘であり、キルアたちがお姫様と呼ぶ悪魔だった。
シャーロッテは厚手の白い服の上から革の胸当てをつけてエレキ・ギターに似た魔楽器を持っていた。魔楽器を奏でる度に、雷の魔法が放たれる。

 雷が海上の海賊たちを容赦なく撃ち据え、命を奪っていく。
 シャーロッテが恐ろしい笑顔で叫ぶ声が、海に響く。
「海賊は一人たりとも戦場から生かして帰すな。人間は滅ぶべし!」

 雷は意志を持った龍の如く海賊に襲い掛かる。
 シャーロッテのギフト『連鎖』が発動する。雷の龍の襲撃は留まることなく海上を連鎖していく。雷の魔法の威力は強く、一撃で海賊の命を刈り取っていった。

 シャーロッテが恍惚とした表情で魔楽器を掻き鳴らす。シャーロッテが歌うように叫んだ。
「死を、人間に死を。約束された結末よ。今、ここに、その片鱗を具現化せよ」

 シャーロッテは虐殺魔法の死の女神を唱える。
 晴れていてはずの空が真っ暗になる。
 暗闇の中から、真っ白い巨大な死の女神が現れる。死の女神が両手を広げる。死の女神が海賊たちを抱擁するよう掬い上げる。

 死の女神が、掬い挙げた海賊を抱えて暗い空に帰っていった。女神が消えると同時に、海賊たちの人骨が大量に海に降り注いだ。
「人間、滅ぶべし!」とシャーロッテが嬉しそうに再び叫ぶ。
 その時には、もう生きている海賊は十人いなかった。
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