第十二話 最初の王が死んだ

文字数 2,909文字

 キルアの手に『ソウル・ガン』が現れる。ボブレットの横にいた護衛の四人が飛びかかる。
 だが、キルアの幽霊化した体に触れると、すり抜ける。
 ボブレットは椅子から立ち上がって逃げ出そうとした。だが、地面から現れた鋼鉄の腕に足を掴まれて、動けなかった。

 キルアの『ソウル・ガン』がボブレットを捉える。ボブレットの脚に向けて二発撃って、脚を封じた。
 ボブレットが跪く。キルアは跪(ひざまず)いたボブレットに近づいて告げる。
「さあ、行きましょうか、ボブレット王。晩餐会の時間です」

 ボブレットが痛みに耐えて強がった。
「行くって、どこにだ。我が陣地からは、生きて出られると思うな」
「サモン・シップ」と唱えると。天幕を吹き飛ばして、三十五m級の幽霊船が出現した。

 キルアはボブレットの襟首を掴んだ。すると、ボブレットが幽霊化する。
 幽霊船から乗船用の板が降りてきた。キルアはボブレットを引きずって、甲板に上げた。
 突如として現れた幽霊船にゴブリン軍は騒然となる。だが、幽霊船にもボブレットにも触れることができない。ゴブリンたちはただ見ているしかできなかった。

 キルアは冥府移動の能力を発動させる。幽霊船の前に大きな黒い紐の輪が現れる。
 ボブレットが危険を感じて、船から下りようとする。だが、足が不自由で、下りられない。
 キルアは追い風のギフトを発動させると、輪の中を幽霊船が進む。
 辺りが真っ暗になった。

 ボブレットの困惑した声が聞こえる。
「俺を、どうするつもりだ」
「特別な場所に、ご案内いたします。といっても、高級料理屋ではありませんが、きっと気に入ってくれると思いますよ。シャーロッテ様はね」

 船は二分ほどで、暗い空の元に拡がる黒い海の上に出る。
「さあ、着きました。ここが、冥府です。ここで下りてもらいましょうか。船賃は要りません。チップも要りません。シャーロッテ様から充分に頂いていますから」
 ボブレットが事態を把握したのか、震える声で哀願した。
「待ってくれ。頼む、助けてくれ」

「それは、できないな。あんたを生かしておくと、俺はずっと、冥府に隠れ住む生活をしなきゃならない。そりゃ、御免だ。こんな暗く寂しい場所には、一膳飯屋だって、ないだろう」
 キルアはボブレットに近づくと足を掴んで、船の外へ放り投げた。
 船の外に落ちると、幽霊化が解除される。

「うわー」と叫び声が聞こえてくる。
 ボブレットは海面の下にいた魚に勢いよく襲われていた。ボブレットの実体を持った体から血が滲み、海面を赤く汚す。
 数分でボブレットの体は、冥界に住む魚たちの餌になった。
「よし、お仕置き終了と」

 キルアは飛び上がると、船を消す。
 冥府移動で現世に戻る。
 混乱しているゴブリン軍の陣地から、幽霊化したまま悠々と空を飛んで、街に帰った。
 街に戻って酒場でユウタと合流し、酒場の隅でユウタと密談する。

 ユウタが真剣な顔で確認してくる。
「ボブレットはどうなった? 厚顔無恥(こうがんむち)(やから)相応(ふさわ)しい最後を遂げたか? 有名な哲学者も言っている、思い込みと花占いは禁物だと。ボブレットの場合は脳味噌が芥子か大麻のお花畑だったわけだが」

 キルアは気分よく内情を語った。
「俺はそんな無粋(ぶすい)な悪魔じゃない。ボブレットには夏に相応(ふさわ)しく海水浴をプレゼントした。海水浴場は冥府にある船の墓場もみたいに寒くて、真っ暗な海のど真ん中だ」
 ユウタが興味を持った顔で訊いてきた。
「冥府の海ってどんな場所だ?」

「洒落た海の家はないが、生者の肉に飢えた死人どもが青い顔して漂流している海だ。根性があれば、目をぎらぎらさせ、肉を喰いたがっている死人の間をひたすら泳いで、どうにか岸に泳ぎ着ける」
 ユウタの表情が曇る。
「なら、生きているかもしれないのか、冥府で生きているってのも妙な話だが」

「岸に着いても、亡者を喰らう雑食性の河馬や、肉食の鰐がウエルカムで待っている。そのまま、胃袋に入ってお寝んねだ。ただ、ボブレットにはそこまでの根性がなかった」
「ボブレットの最後を見たのか?」

「冥府の海の下にいた鮫か人魚か知らんが、そいつらが美味しくいただいたのを確認した。あれで生きていたらボブレットはゴブリン皇帝を超えるゴブリン・レジェンドだな」

 ユウタが意外そうな顔をして訊いてくる。
「人魚を喰わせる前に前に首を切り落とさなかったのか? 凄腕の肉屋が野良犬の肉を綺麗に解体する。それで、羊の頭を看板にぶら下げる。最後に羊ですって売ってもわからないほど綺麗にボブレットを処理したと思っていたよ」

「よせよ、ゴブリンなんて喰っても不味いだけだぜ。俺はゴブリンを喰ったこともないけど、わかる。そう、ヘビ苺が味で苺に及ばないようにな。だが、一応、訊こう。もしかして、ボブレットの首って懸賞金が懸かっていたのか?」

 ユウタは懸賞金が懸かっていてもさほど気にした様子はなかった。
「殺害方法に文句はない。だが、そこに哲学が存在しなかった状況は残念だ」
「おいおい、哲学があればどう違うんだ」

「キルアに哲学あればボブレットの懸賞金に気が付いた。ボブレットに哲学があれば『懸賞金がかかっているから、首を刎ねて楽にしろ』と叫べた。ボブレットは教育のしようがないがキルアは別だ。やはり、キルアは哲学を学ぶべきだ」 

「古びた哲学の知識より、賞金首だったとする、鮮度がいい情報が欲しいね。果物と同じ。いかに美味いかと薀蓄(うんちく)を犬の小便のように垂れられるより、一発で有用性がわかる鮮度が大事だ。店を出てから『お得な情報がありました』って、割引のピンクのチラシを出されても困る」

 ユウタは気にした様子はなかった。
「まあいい、ゴブリン軍も、お姫様に嘘を吐くと、怖い悪魔に連れていかれるとわかっただろう」
「そりゃ、あれだけ派手にやればな」

「わかりづらい罰より、目に見える恐怖が大事だ。哲学書でも、タイトルが難解だと一般的に悪魔受けしない。逆に、膨らんだ河豚(ふぐ)の腹のように中身がない哲学書もどきでも、タイトルがいいと売れることもある。嘆かわしい世の中だ」
(懸賞金は惜しいが、ボブレットを殺した情報を人間に伝えるのがプラスだとは、限らない。人間からの掌返しも現段階では有り得る。人間ってのは、九割は損得で動く生き物だ)

 その日はのんびりと過ごして、料理屋で美味しい夕食を楽しむ。
 ゴブリン軍は指揮官であるボブレット王を殺されてからも五日ほど動きかなかった。
(いいね、この、いつド派手な血みどろの殺し合いが始まるかわからない街で楽しむ料理ってのも、おつなものだ。いつ喰えなくなるかも、と思うと、今日中に行っておこうとなる。もっとも、明日には血生臭くて喰えなくなるかもしれないがな)

 キルアはのんびりと街の美味いと評判の料理屋を訪ね歩いた。街は戦争目前だかゴブリン軍の攻勢が始まらないので、まだ落ち着いていた。

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