第12話:債務不履行と信用収縮

文字数 2,127文字

 そうと信じているが、商業銀行のような法規制下にはない。これらの投資銀行やヘッジファンド等、および一部の正規の銀行は、上述したようなローンの原資とするために自らも莫大な資金を借り入れていた。そのため、発生した大量の債務不履行や不動産担保証券による損失を吸収できるほどの財務的な余力が無かった。

 これらの損失は金融機関の融資能力を直撃し、経済活動を鈍化させた。中核的な金融機関の安定性が疑われたことから中央銀行も対応を迫られ、融資の促進と企業の重要な資金調達源であるコマーシャルペーパー市場の信頼回復のために資金を供与した。各国政府はまた更なる財政的な介入として中核的な金融機関に公的資金注入をも行った。

 住宅市場の落ち込みとそれに続いた金融市場の危機によって経済全般がリスクに晒され、これは世界中の中央銀行による政策金利の引き下げや政府による景気刺激策の発動を呼んだ主たる要因となった。この危機が世界の証券市場に及ぼした影響は劇的である。2008年1月1日から10月11日にかけて米国企業の株主は8兆ドルの損失を蒙った。

 時価総額は20兆ドルから12兆ドルに減少した。他国での損失は平均約40%であった。金融危機は、経済に開いた巨大な穴のような存在だ。穴に落ちかけていた政府系のフレディマック「連邦住宅貸付抵当公社」やファニーメイ「連邦住宅抵当公社」、保険大手のAIGなどは、アメリカ政府が「救命ロープ」を投げて助けた。

 しかし、リーマン・ブラザーズは見放され、穴に吸い込まれてしまった。危機感を強めた金融機関は、証券会社大手のメリルリンチがバンク・オブ・アメリカに救済合併を求めたように穴のふちでお互いを支え合っていた。金融危機の直接的な原因は、住宅バブルの崩壊とそれに伴うサブプライムローンの焦げ付きだ。

 アメリカの金融機関は、「証券化」などの最先端の金融技術を駆使したサブプライムローンを開発、低所得者でも住宅を購入できる道を開く。これによって住宅需要は急拡大、住宅価格は、所得や消費者物価を上回るペースで上昇し経済全体のインフレ圧力も強めていた。 しかし、これは所得に見合わない無理な購入計画によりもたらされたバブルだ。

 金融機関が「ポンプ」となって大量のマネーを住宅市場に送り込むことで、そこだけ気圧が高い「風船」の様なバブルを膨らませ強引に低所得者を招き入れた。そして、この住宅バブルという風船が、2007年の秋に突如しぼみ始めた。住宅価格は急落、返済不能に陥った人が急増、その住宅は差し押さえられ風船の外へ追い出されてしまった。

 サブプライムローンが不良債権化して巨額の損失を被った金融機関は、貸し渋り、さらには貸しはがしに走り始める。これまでマネーを供給していた「ポンプ」を反転させマネーを吸引し始めた。不良債権化で大量のマネーが消失した上に供給力も低下したことでマネーが不足する「信用収縮」が発生した。

 住宅バブルという「風船」は、しぼむだけでは収まらず、「逆バブル」とも言うべき、マネーを吸い込む穴を開けてしまった。「信用収縮」による資金流出により株価は急落、外国為替市場でもドル安圧力が発生する。貸し渋りによって企業の資金繰りが悪化、雇用喪失、所得減少に消費の低迷と景気は急速に落ち込んで行く。

 サブプライムローン以外の融資の焦げ付きも増加、株式市場の下落と合わせて更に多くのマネーが消失し、金融危機の穴は深くなって行く。金融危機という穴が塞がらないとデフレ圧力が発生。金融危機の穴の中は、バブルとは反対に実体経済に比べて気圧が低い。このギャップを解消するには、マネーを注入して気圧を上げることが必要だ。

 もし、気圧が上がらなければ、所得や物価といった周辺の気圧が穴の底と同じになるまで下落してギャップを埋めることになる。これがデフレ圧力。現在は、原油などの一次産品価格の高騰で世界経済はインフレ傾向を強め、デフレにはならないとの見方もある。しかし、一次産品価格を押し上げている主因も投機マネー、ここでもバブルが発生しているのだ。

 したがって、金融危機に伴う「信用収縮」が進めば投機マネーも縮小して資源バブルも崩壊、新たなデフレ圧力が加わって、不況は深刻さを増すと言う訳だ。アメリカで発生した金融危機の穴は、世界各地に次々と出現、合体して巨大化してしまった。慌てた各国政府と中央銀行は対策に奔走した。

 危機感を強めたFRBは、大量の緊急資金供給を実施する。金融機関が穴に落ち込むのを防ぐと同時に、供給した資金を融資に回し、穴にマネーを注入してもらおうとした。一方、ブッシュ政権も最大7千億ドル「約75兆円」の公的資金を注入して不良債権を買い取ることを柱とした、金融安定化法「緊急経済安定化法」を打ち出した。

 金融危機という穴に滞留している不良債権を、政府が購入してマネーに再生することで、穴をふさごうとした。また、公的資金による金融機関の資本強化の動きも始まった。不良債権の買い取りで穴をふさいでも金融機関の資本力が弱いままではマネーを十分に供給できず、再び穴が開く。そこで、金融機関の資本を強化しポンプの機能を回復させようとした。
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