第8話:同時多発テロとデリバティブ

文字数 2,036文字

 その1週間後の2001年9月11日の朝にイスラム過激派テロ組織アルカイダによって行われたアメリカ合衆国に対する4つの大きなテロ攻撃が行われた。一連の攻撃で、日本人24人を含む2977人が死亡、2万5千人以上が負傷し、少なくとも百億ドルのインフラ被害、物的損害に加えて、長期にわたる健康被害が発生した。

 アメリカの歴史上、最も多くの消防士および法執行官が死亡した事件であり、殉職者はそれぞれ343人と72人だった。当初、アメリカでは、FBIの捜査の結果、米国同時多発テロの犯人がウサーマ・ビン・ラーディンと公表しアフガニスタンのターリバーンが彼を隠していると思われた。

 そこで、2001年9月20日、アメリカ大統領のジョージ・W・ブッシュは「対テロ戦争」を宣言。ターリバーン政権にビン・ラーディンと全てのアルカーイダ指導者を引き渡すことを要求する最後通牒を突き付けた。その後、この米国同時多発テロ事件を契機にアフガニスタン紛争が勃発した。

 しかし、アメリカにおける大事件はこれだけでは済まなかった。事の発端は、1980年代のレーガン政権が「エネルギー産業の規制緩和」を行なった時にさかのぼる。この頃、エンロン社がデリバティブ取引を始めた。デリバティブはそれぞれの元となる金融商品と強い関係がある。

 そのため、デリバティブ、日本語では一般に「金融派生商品」とか「派生商品」などと訳される。リスク管理や収益追求を目的としたデリバティブの取引には、基本的なものとして以下のような取引がある。先物取引「将来の売買についてあらかじめ、現時点で約束をする取引」オプション取引「将来売買する権利をあらかじめ売買する取引」

 さらに、これらを組み合わせた多種多様な取引もある。債券の価格と関係する「債券デリバティブ」金利の水準と関係する「金利デリバティブ」対象となる商品により一般的な金融デリバティブ以外にも多くのデリバティブができた、気温や降雨量に関連付けた「天候デリバティブ」の様なデリバティブまでデリバティブの対象は多岐にわたる。

 そして成功すれば、巨万の富を得られる。しかし、失敗すれば、天文学的な損害を被ることになる。そのため、コンピューターを使った確率を割り出して慎重に勝つ性格に投資することが必要になった。ちなみにエンロンは、元々、米テキサス州ヒューストンで天然ガスのパイプラインなどを運営していた数社が合併して誕生した。

 そして合併してできたノーザン・ナチュラル・ガスがベースになっていた。1985年にテキサス州の同業ヒューストン・ナチュラル・ガスと合併。全米の海岸と国境線を結ぶ一大パイプライン網を保有する大企業となり社名をエンロンに変更した。エンロンが飛躍的な発展をもたらした。

 その理由は、1990年代に推進された米国の電力自由化政策が大きなきっかけだった。これで従来の天然ガスや石油、電力などエネルギー供給を主力とした事業に加え水や石炭、アルミニウム、紙の様な取引できるものはもちろん、インターネット用電波帯域、信用リスクや天候など売買できなりと思われたものまでを対象にした新市場を創出した。

 そのビジネスモデルは取扱商品を標準化して取引するマーケットを用意した。そして「エンロン・オンライン」と称するサイト上にその新市場を構築した。そのサイト上で売買を仲介するだけでなく自らがマーケットメーカーとなって売買を主導するというものでした。具体例を同社が1997年に開始した「天候デリバティブ」で説明する。

 天候デリバティブとは、アパレル業者が手掛ける冬物衣料は寒さの厳しい冬によく売れる。その一方、暖かい冬になると例年より売れなくなってしまう恐れがあった。アパレル業者は天候が気になり、こうした浮き沈みを回避したいと考えた。そんなアパレル業者に対しエンロンは暖冬になれば一定の補償料を支払うオプションを販売した。

 また、屋外レジャー施設を運営する業者の場合は、その反対で、寒さが厳しい冬にると来場者数が減る。そうした屋外レジャー施設業者に対しエンロンは厳冬になれば一定の補償料を支払うオプション商品を販売した。もしくは、アパレル業者と屋外レジャー施設との間に入ってデリバティブ取引を仲介した。

 もちろん、実際の取引内容は上に挙げた例のような単純なものではなかった。キャップ「補償料の上限付き」やフロア「補償料の下限付き」スワップ「上の例で言えばアパレル業者と屋外レジャー施設業者のキャッシュフローの交換」やカラー「補償料の上下限付き」など、多くの条件を付けて危険を回避していた。

 このようにエンロンは単なる大手エネルギー企業から取引所や証券会社、保険会社などの機能を兼ね備えたソリューション・サービスIT企業へと変貌した。2001年に同社が打ち出した「世界に冠たる企業となる」というビジョンを目指し、その実現へと近づいていった。エンロンはロビー活動にも余念がなかった。
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