第9話:エンロンの破綻

文字数 2,083文字

 テキサス州の知事を務めたJ・W・ブッシュ、父、J・W・ブッシュ元米大統領への献金に始まり、最終的には米連邦上院議会の議員の約7割に対して献金をしたと言われている。エンロンの社内には、ロビー活動と有利な政策との費用対効果を分析するコンピュータープログラムまで存在しており、「ザ・マトリクス」と呼ばれていた。

 費用対効果の観点から言えば共和党への献金が効果的と考えられますが、実際のところ同社に大きく貢献したのは、民主党のビル・クリントン米大統領時代だったと言われている。その頃に行われた10億ドルの補助金付き融資だったとされている。しかし、良い時代は長く続きしなかった。

 2000年のITバブル崩壊とともに米国経済は減速、エネルギー業界にも陰りが見えた。また、インドやブラジルといった海外で展開していた事業などにおいても採算の悪化や損失といった問題が散見された。それに加えて同社の情報開示の悪さが株価を下落させた。同社の高収益体質については以前から「謎」と言われていた。

 しかし、問題が表面化し情報開示の悪さが信頼低下を招き更に株価が下落という悪循環が始まった。エンロン社が主力事業として育てようとした通信事業は評価が高かった。しかし、2000年のITバブル崩壊で敷設した光ファイバーの利用拡大が進まず、約20億ドルもの損失が発生した。

 海外事業でも約24億ドルで取得した英国の水道事業が上手くいかずに頓挫。ブラジルでのエネルギー開発は、採算が合わずに途中で白紙に戻し約20億ドルの損失を出した。それに加えて約25億ドルを投じたインドの売電事業では、取引相手の地方自治体が債務不履行に陥り、支払い遅延から約10億ドルの損失したと言われている。

 本業でも2000年に起きたカルフォルニアの電力危機の際、買収した発電所を意図的に停止させて卸電気料金をつり上げたとの批判に受けた。さらに地元電力会社PG&E社の倒産で5億ドル以上の損失を被った。これらの事業の業績悪化が株価下落を招いた。それに加え、CFO「最高財務責任者」らによる不透明な簿外取引とそれに絡む多額の損失が発覚。

 エンロン社の高収益体質は以前から「謎」と言われていたが、正体は不透明な簿外取引による資金調達だった。エンロンは情報開示の必要がない方法で設立したパートナーシップ法人を使って資金を調達し、その見返りにエンロン株などの資産を担保として提供していた。本来、借入金はエンロンの財務諸表の負債に計上される。

 しかし、負債が膨らむと株価や信用格付けが下がる要因となりパートナーシップ法人を使った簿外による資金調達を行う様になっていった。この方法ではエンロンの財務諸表に資産売却益が計上され情報開示の必要がないパートナーシップ法人の財務諸表には借入金と資産が計上される。

 パートナーシップ法人が調達した資金の返済原資を確保するため、別のパートナーシップ法人を設立して資金調達を繰り返しす。こうした方法は資金調達だけでなく損失移転にも利用された。これらの目的のために設立されたパートナーシップ法人は3千社を超えた。簿外による資金調達や損失移転は粉飾会計であった。

 米国の企業会計基準の取りまとめを行うGFASB「財務会計審議会」の報告基準に沿うよう監査法人ASや5つの法律事務所により合法的に処理された。そのためにエンロン本社の1フロアをASが独占していた他、250人もの弁護士を常駐させていたと言う。また、ASからは多くの人材がエンロンに転籍していた。

 その結果、同社とASは、ほぼ一体化していたとも考えられた。しかし、多角化や海外事業の失敗が表面化せずエンロンの株価が上昇している間は上手く機能していた。そのため、これらの仕組みも事業の失敗による評価損や実現損、それによる株価下落などが起きるとパートナーシップ法人の資産が目減りし機能不全を起こしていった。

 更にCFOらの着服も発覚した。エンロンは自己資本の約1割、12億ドルの損失計上を余儀なくされた。こうした問題によりエンロンの株価はピーク時から10分の1にまで下がった。信用格付けも投資不適格手前まで格下げされ資金繰りが逼迫。遂には同業の中堅会社ダイナジーとの合併により生き残りを図るという方法を選ばざるを得なくなった。

 合併といっても新会社の社名はダイナジーであり事実上はダイナジーによるエンロンの買収。合併比率はエンロン1株につきダイナジー0.2685株でした。しかし、エンロンに35億ドル以上の予期せぬ損失が発生した場合、合併を撤回できるという条件が付けられていた。ところが、合併合意後もエンロンで簿外の損失が相次いだ。

 信用格付けは投資不適格に下げられて39億ドルもの債務返済義務が発生。これを受けてダイナジーは合併合意事項の違反を理由に合併を白紙に戻した。そして、エンロンは2001年12月にチャプター11「米連邦破産法11条」を申請し経営破綻。エンロンの会計監査をしていたASはシカゴ発祥の監査法人で当時は米国の5大監査法人の一つだった。
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