第22話 翌日 大栄大学

文字数 4,561文字

  翌日 大栄大学

 登校した時、(しん)はロビーに颯田(さった)健治と柳田ことりが(すで)に居るのを見つけた。(かげ)になって最初は気付かなかったが、彼()は一組の男女と向かい合っていた。男の方が加藤宗太郎であり、女は女性型のAIロボットなのもすぐに知れた。そのAIロボットは、青い長いストレートヘアをヘアピンで止めている。小柄(こがら)体躯(たいく)は、ずんぐりした宗太郎と並ぶとつり合いが取れている。太めの宗太郎とは対照的(たいしょうてき)()せ型で、可愛い顔立ちと相俟(あいま)って少女の(よう)だ。
「おい、宗太郎。その『サラ』はどうしたんだ。」
 彼()に近付いたところで、伸が声を掛ける。
「あ、帷子(かたびら)君。」
 ことりが振り返りざまに声を掛ける。
「おお伸、見てくれよ。俺のだ。アオイって言うんだ。」
 宗太郎は伸を見つけて、(うれ)しそうに自分の横に居るロボットを紹介する。アオイは伸を見て微笑(ほほえ)むとペコリとお辞儀(じぎ)をする。
「おい、何、手(つな)いでるんだ。気持ち悪いな。」
 伸は宗太郎がアオイと手を(つな)いでいるのを見付けて顔をしかめる。
「だろ、こいつおかしいぞ。」
 健治も(あき)れ顔で同調する。
(ようや)く手に入れた理想のロボットだ。おかしくなんかない。」
 宗太郎はつばを飛ばしながら声を張り上げる。丸い小動物のような宗太郎では、どうにも怒っている(よう)に見えない。
「おい、宗太郎、『サラ』は性的な機能を持っていないが、人によっては、『一人作業』を手伝わせているって聞くぜ。宗太郎はどうなんだ?」
 健治が意地悪そうな目で宗太郎を見る。
「そんな事するもんか。アオイと僕はプラトニックなんだ。」
「ええ!プラトニックって、恋愛感情があるってことか。大丈夫かよ。」
 伸は宗太郎から逃げる(よう)に後ずさる。
「人間と違って、何でも言う事を聞いてくれるから、好き勝手できるもんな。」
 健治はにやけて笑う。
「待て待て。『サラ』は自我(じが)をちゃんと持ってるんだ。単純に命令を聞くわけじゃないぞ。一個の意思を持った存在なんだよ。アオイも笑うだけじゃなく、泣いたり怒ったりするんだぞ。」
 どんどん宗太郎が意地(いじ)になる。
「何をして泣かしたり、怒らせたりしたんだ?」
 宗太郎がむきになる(ほど)、健治は揶揄(からか)うのが面白くなる。
「お前、そうか。こういう少女が趣味か…」
 伸はアオイよりも宗太郎を(あや)しい生き物の(よう)にねめまわす。
「でも、可愛いよ。」
 ことりはその場を何とか収拾(しゅうしゅう)しようと割って入る。
「そうだよね、柳田さん。アオイ可愛いよね。ほら、曇りの無い素直な目で見れば、良さが分かるんだ。」
 宗太郎が()()()たりとばかりに語気(ごき)を強める。
「え?柳田さんも『サラ』欲しい?」
 伸が意外そうにことりに(たず)ねる。
「ううん、そうじゃなくて…」
胡麻化(ごまか)すなよ。毎日、下宿で『サラ』と二人きりなんだろ、何してんだ。」
 健治はしつこく宗太郎をいじる。
「おはよう。」
 伸の後ろからヤン・シェリルの声がした。
「ああ、シェル。おはよう。今日もアリシアと一緒に来たね。」
 宗太郎は敵だらけの仲間の輪を逃れる。それでもアオイと(つな)いだ手は離さない。アオイは、宗太郎に引っ張られるようになりながら付いて行く。
「この暑いのに、ずっと手を握ったままじゃ、手は汗まみれだ。人間の女の子だったら、嫌われてるぞ。」
 その様子をみて、伸の耳元で健治が(ささや)く。
「シェル、アリシア、俺のロボットのアオイだ。よろしく。」
「アオイです。」
 アオイがシェリルとアリシアにお辞儀(じぎ)する。
「シェリルよ。」
「アリシアです。」
「どうだい?シェル。もう阻害感(そがいかん)に悩まされなくて良いんだ。僕()が居る。」
 宗太郎はアオイと手を(つな)いだまま、両手を広げる。
「別にそんなの感じていないけど。」
 シェリルの回答は()()ない。
「え、そうなの?でも、君もアリシアを好きだろ。ロボットが人間の良き隣人であることをもっと分かってもらおうよ。」
「必要ない。他の人がどう考えていても関係ないでしょ。アリシアと普通に接してくれる人しか寄って来ないし。」
 シェリルは両眉(りょうまゆ)を上げて、肩をすくめる。
「宗太郎、フラれたな。もしかして、アオイを出汁(だし)にシェルに近付きたかったのか?」
 健治は宗太郎の後ろにそうっと近付いて(ささや)く。
失敬(しっけい)(やつ)だな。ロボットを理解する者同士で話をしただけだよ。」
 不意(ふい)に着信音が鳴る。伸がバックを開けてスマートフォンを取り出す。画面を見るなり、みるみる不機嫌(ふきげん)な顔に変わる。そのまま電話に出るでもなく、スマートフォンの画面とにらめっこをしたまま、着信音が鳴り()むのを待っているようだ。
「帷子君、どうしたの?」
 伸の様子に気付いたことりが心配そうに(のぞ)き込む。
「あ、いや、何でもない。親から電話。」
 伸はそう言い残すと、アオイの事でやり合う健治達から離れてロビーの(すみ)に行く。着信音は鳴り続けている。受け手の事情などお(かま)いなしに、根負(こんま)けして電話を取るまで待っているつもりだろう。ロビーの(すみ)でもう一度、スマートフォンの画面を見てから伸は(ようや)く電話に出た。
「何だよ、こっちから掛けるって約束したろ。」
「ああ、分っていたが、会議に入ってしまう前にお前にどうしても話しておきたくてな。悪いと思ったが、電話させてもらった。」
 耳に入って来る孝一の声は落ち着いている。伸は、自分の気持ちが(にわ)かに(あわ)立ってくるのを感じる。
「なんでそう、いつも自分の事しか考えていないんだよ。少しは家族の気持ちも考えてくれ。」
「済まない。今大丈夫か。」
「そうじゃない、俺の言っている事が分かっているのか。自分の行動がどれだけ俺達を振り回しているか…」
 自分の感情が止められなくなっている。そんな事、今更(いまさら)言って分かる父親じゃない。分かってもらえる事は(あきら)めたつもりなのに。
「伸、済まない。家じゃない所で、しかも内容が残らない形で話したかったんだ。重要な事なんだよ。私の話を聞いてくれ。」
 これ以上言っても、喧嘩(けんか)にすらならない。父親はきっと(あやま)り続けて、そのくせ、自分の言い分を通してくる。伸の中から(あふ)れそうになっていたものが、急に出口を(ふさ)がれて、胸の中でとぐろを巻く。伸は黙った。孝一も伸の反応を(うかが)っているのか、沈黙が二人の間に広がる。
「伸、聞いてくれ。昨日、伸から話のあった旅行の同意書の件だが、マイクは旅行会社から同意書が必要と言われたから私に連絡する(よう)に言ったのか?私が伸から連絡して欲しいと言っているとは言わなかったか?」
「重要な話って言わなかったか?それのどこが重要な話なんだよ。」
「良いから、まず答えてくれ。それを確かめないと話が進まないんだ。」
 孝一の声に急に力がこもる。
「…旅行会社の同意書の話しか聞いてない。父さんが連絡欲しい事は聞かなかった。」
「本当だな?」
「本当だよ。…記憶に残っている範囲では。」
「私は」一転(いってん)(おさ)えた孝一の声が流れて来る。「伸から私に旅行の事で連絡するように伝えてくれと、マイクに依頼したのだ。恐らく、同意書の話は作り話だろう。伸が私に電話するように仕向(しむ)けるために作った話だ。」
「だったら何。もし、マイクが俺に電話させたかったなら、成功したって事でしょ。」
「私が問題にしているのは、そこじゃない。マイクがした行動は、マイクが(うそ)をついたという事実なんだ。『サラ』に(うそ)をつくアルゴリズムは設定されていない。当たり前だ。質問に対する回答が本当か(うそ)か判断しなければならないのでは、『サラ』は我々の役に立たない。だから、マイクが本当に(うそ)をついたとするなら、途轍(とてつ)もない事なんだ。マイクは、と言うか、『サラ』は、いつから(うそ)がつける(よう)になったんだ?」
「『サラ』はあんたが作ったものだろ、あんたに分からないものが、俺に分かるか。」
「実は、全世界の『サラ』が人間に何かを隠して進めているふしがある。その件にマイクも参加している可能性が高い。マイクが、伸達家族にそのことを今も隠しているんだよ。」
 孝一の話は唐突(とうとつ)過ぎて、何を言っているか全てを理解するまでには(いた)らない。
「…他にも(うそ)をついているってこと?」
「まあ、そうだ。それも全世界の『サラ』がグルになって、人間に対して隠しているんだ。何か途轍(とてつ)もない大きな事を。…それで、伸に頼みがあるんだ。それとなく、マイクの行動を探って欲しい。」
「俺にスパイをしろって事?」
「そんな大袈裟(おおげさ)な事じゃない。私達は『サラ』が何を(くわだ)てているのか探っている。万一、人間に対してマイナスの影響を与えるような内容だったら一大事だ。マイクが一緒に居る我が家にも影響があるかも知れない。そうなってからでは遅いんだ。だから、マイクに何か隠し事をしている気配がないか、隠し事をしているなら、その内容のヒントが無いか、マイクの行動を気にしてもらえないか。」
「父さん。そもそも、マイクは父さんの代わりだったんだろ。ちょっと(あや)しいところがあったら、(てのひら)を返した(よう)監視(かんし)対象かよ。」
「マイクは大事な家族だ。それは変らない。もし家族が病気を(かか)っていたら心配するだろ。しかも自覚できない病気なら尚更(なおさら)だ。」
「大事な用事ってこれ?」
 伸の中で渦巻(うずま)いているものが盛んに出口を求めている。
「ああ、そうだ。これは全世界に関わる事なんだ。」
「マイクに注意する件、気にしてみるけど、何か見付けられるかどうかなんて、約束出来(でき)ないよ。」
「分かった。」
「他に用事が無いなら、切るよ。」
「来週、この時間にまた電話するが良いか。」
 伸は大きくため息をつく。電話の向こう側にも聞こえる事を意識して。
「…良いよ。分かった。切るよ。」
 伸の声には(とげ)がある。自分でも分かっている。でも、コントロールできない。
「OK。」
 孝一は短く、早口に言い切る。
 伸は直ぐに電話を切ると、その場で気持ちを落ち着かせてから仲間達の所に(もど)った。見ると、さっきまでいた宗太郎とアオイが居ない。
「あれ、宗太郎は?」
「ああ、あいつ?『お前達には(わか)らないんだ』って叫んでアオイちゃんを連れて行っちゃったよ。」
 健治は(あき)れた顔に薄笑いを浮かべている。
「お前がからかい過ぎたんじゃないか?」
「大丈夫だろ。またアオイちゃんを連れて来るさ。そろそろ教室に行こうぜ。席確保しなきゃな。」
 健治が教室へ歩き出す。本当に何も気にしていないのだろう。シェリルとアリシアも教室に向かって健治の後から付いて行く。伸もそれに続こうとした時、(そで)を引っ張られる。見れば、ことりが後ろから伸のポロシャツの半袖(はんそで)の先を()まんでいる。
「帷子君、さっき、何の電話だったの?」
 ことりは気後(きおく)れもせず、まっすぐに()いてくる。
「ああ…親からだよ。うるさいんだ。」
 伸は、出来(でき)るだけ軽い感じで返す。
「…なんか、怖い顔してた。喧嘩(けんか)しているの?」
 ことりは心配してくれているのだろう。だが、余計(よけい)なお世話だ。
「いや、そうじゃないよ。父親とはいつもあんな感じだよ。」
「お父さん?もしかして、ロサンゼルスに行く事で()めてる?」
 ことりは更に心配した顔になる。もしかしたら、質問する前からその件で()めているんじゃないかと想像していたのかも知れない。
「大丈夫だよ。その事じゃない。…無理矢理(むりやり)頼み事されただけだよ。」
 伸は笑顔を作ってみせる。
「私達がお邪魔(じゃま)するから、代わりに何か頼まれたんじゃないの?」
 少し考え過ぎだ。
「違う違う。気にしないで。」
 伸はことりの質問攻めから逃れようと、教室へと足早(あしばや)に歩き出した。
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