第33話 2×52年7月 MHA社 帷子氏オフィス

文字数 1,616文字

  2×52年7月 MHA社 帷子(かたびら)氏オフィス

「ちゃんと調査したのか?一体どういう事だ。」
 椅子に座ったまま、帷子孝一は声を(あら)げる。
(すべ)て調べました。記憶野(きおくや)に30周年記念日に関するデータが残っていましたが、それ以外に(あや)しいデータは見当たりませんでした。」
 デスクの前に立つシムスは、机にタブレットを置いてデータを示しながら力説(りきせつ)する。
「定期メンテナンスに入る事が分かっていたから、自分で記憶野(きおくや)のデータを改竄(かいざん)したんじゃないのか?」
「その可能性も考えて、データの痕跡(こんせき)や操作履歴(りれき)も調査しましたが、怪しい点は見つかりません。」
 孝一は憮然(ぶぜん)とした顔で腕を組む。
 AIロボットによる謀議(ぼうぎ)の存在が公開され、(おおやけ)に捜査できるようになったのを利用し、孝一達のグループは積極的に動いていた。MHA社のメンテナンス部門に入ってくる定期メンテナンスのロボットから制御ユニットを強引に取り寄せ、過去の履歴(りれき)と保存データを洗いざらい探って、ロボット達が本当は何をしようとしているか(つか)もうとしていた。
「不正プログラムの存在は?」
 孝一が腕組みをしたまま、シムスを(にら)み上げる。
「それも調査済です。制御ソフトにおかしな部分は見当たりません。外部から制御に介入(かいにゅう)した痕跡(こんせき)も見当たりません。むしろ、10月10日をサプライズイベントで祝おうとしていたという、ロボット達の言い分を裏付けるように、定期通信時にネットを(かい)して議論をしていた形跡が残っています。これは、フェイクで作った履歴(りれき)ではありません。」
 シムスははっきりと言い切る。
「それならば、先導している『サラ』がいる(はず)だ。」孝一は腕組みを()くと座ったまま机に身を乗り出す。「通信履歴からやり取りの中心になっている個体を特定できないか。」
「クラウド上でチャットをしています。会話全体が分からないと主導する個体があったとしても、特定は困難です。すでにクラウド上のエリアも消去されてしまっていますし…」
「必ず首謀者(しゅぼうしゃ)がいる(はず)だ。その個体を通して口裏(くちうら)を合わせているに違いない。その先にロボットを(あやつ)っている(やつ)がいる。」
 孝一はずっとシムスを(にら)んでいる。シムスは気迫(きはく)()されて黙り込んだ。
 ベルが鳴った。通話の着信音だ。孝一は机に置かれたネット端末(たんまつ)を操作してスピーカーをオンにする。
「帷子さん、調査はどうですか。」
 スピーカーから声が流れる。ジェマイア・タナスの野太(のぶと)い声だ。
「今のところ、新しい事実は見つかっていません。『サラ』達が言う、記念日の企画を裏付けるデータだけです。」
 孝一の顔は(けわ)しい。
「そうですか。まだ調査は継続しますか?」
勿論(もちろん)。ただ、データが膨大(ぼうだい)なため、簡単には真実に辿(たど)り着けないかも知れません。」
「分かりました。出来(でき)るだけ早く結論を出してください。」
「はい…。そちらの状況はどうですか?」
(かんば)しくありません。市民に呼び掛けたため、数えきれない(ほど)の通報が入ってきていますが、有力な情報は見つかっていません。同盟国とも詳細情報を共有していますが、状況は同じです。情報公開の衝撃(しょうげき)余波(よは)が全世界に広がっています。スーパーや輸送業に(たずさ)わる『サラマンディア』が襲撃(しゅうげき)される事件が分かっているだけで40件程度、『サラマンディア』排斥(はいせき)のデモがワシントンを始め、全世界の主要都市で起きています。それぞれの国の治安組織が対応に当たっていますので、時間が()てば沈静化するでしょう。」
「そうですか。そんな暴動や騒ぎに対して『サラ』の反応はどうですか?」
大人(おとな)しいもんです。『サラマンディア』が起こした事件は報告されていません。襲撃(しゅうげき)された個体やその周囲にいた個体も無抵抗だったようです。」
「『サラ』としては賢明(けんめい)な対応ですね。それだけ知恵の回る連中です。簡単にはしっぽを出さないでしょう。最初の騒ぎを乗り越えれば、人々は忘れていきます。それが(ねら)いでしょう。」
 孝一はそう言うと、口元を(ゆが)める。シムスは2人の会話を聞きながら、黙って孝一の表情を見ていた。
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