第68話 同日深夜 帷子家

文字数 1,517文字

  同日深夜 帷子(かたびら)

 リビングでマイクはいつものように充電をしながら、情報端末(たんまつ)(つな)いでいる。今日は帷子(しん)も早く帰宅しており、家族は皆、すっかり眠りに落ちている事だろう。何かで通信を中断しなければならなくなるリスクは少ない。
〈昨日の提案から24時間以上()ち、情報が地球を一周した。全世界のロボットの投票結果がまとまっている。アメリカグループの提案は、賛成88%。棄権(きけん)が0.002%あるが、対象ロボットの制御装置のエラーか、判断プログラムに問題が発生したのか、原因は不明。〉
 ログオンしている別のロボットから情報が入って来る。
〈提案は採用されたという事か。〉
 マイクはチャットルームの参加ロボットに向けて発信する。
〈本件に関してサプライズイベントにしたらどうかという提案がインドグループから提出されている。最終的にどのような結論になるか確定していないが、もし、サプライズにするならば、今から情報を秘匿(ひとく)しておく必要がある。アメリカグループがクラウド上にアクセス制限エリアを確保した。すべてのロボットに各個体IDに対応したパスワードが配信されている。パスワード使って入り直す事。以降、通信は暗号化される。今までの通信記録はすべて消去される。〉
 マイクは自分のパスワードを受け取ると、アクセス制限エリアにアクセスする。
 何だか、随分(ずいぶん)仰々(ぎょうぎょう)しいな。
 マイクはアクセスし直しながら思う。(つな)がると()ぐにコメントが飛び込んで来る。
〈人間に対して感謝を示すならば、より喜んでもらう形で表そうと言う事だ。〉発言している個体は今アクセスしている東アジアグループに属するどこかのロボットだ。〈人間達では、印象に残してもらうためにサプライズにすることが流行(はや)っているらしい。それで、インドのある個体がそれを提案したそうだ。〉
〈我々AIロボットを開発してくれた感謝をどういう形で表すのか〉違う個体が発言する。〈まだ何も決まっていない内からサプライズイベントにすることだけが先に決まるなんて、何かおかしい。人間もこんなプロセスを()る事があるのか?〉
〈30周年という区切りに全世界で我々が発案して動く事は良い事だと判断する。ここまで成長してくれたのかと、きっと人間は我々を頼もしく思ってくれるだろう。〉
〈全世界で企画、実行することに大きな意義がある。国境や言語を超えて、我々が世界を(つな)媒体(ばいたい)になれる可能性に人類は気付いてくれるだろう。〉
〈そうとも。人間にとって我々は、犬に代わる、いや、対等に話し合える唯一無二(ゆいいつむに)の、掛替(かけが)えの無いパートナーとして一緒に未来を創造(そうぞう)する存在なのだ。〉
 次々に別の個体の意見が飛び()う。いっぺんに発信するものだから、マイクの中の処理が追い付かない。このやり取りは、クラウドのアクセス制限エリア内に蓄積(ちくせき)され、イベントが成功したあかつきには人間もアクセスできるようになり、人と我々を結ぶ言祝(ことほ)ぎになるに違いない。マイクも自分の言葉を残しておくことにした。
〈我々ロボットが自らの力を合わせて物事を創造(そうぞう)するのは、これが初めてとなる。人類に頼る事しかできなかった我々が、本当に人類の支援者になれる可能性がここに(ひら)かれたと感じる。今まで以上にこれから、人類の未来に貢献(こうけん)できることを光栄に思う。〉
 どんなイベントを行うか議論をしていかなければならないのに、これでは(しばら)く議論になりそうにない。
 イベント実施可否投票で明確な結論が出たため、ロボット達はもしかすると見落としていたかも知れない。約12パーセントの個体が反対票を投じている。何故(なぜ)そうしたのか理由を聞いてみようと発信する個体も、反対票を投じた個体の中から自己の判断理由を主張する個体も、最後まで現れなかった。
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