第37話 数時間後 MHA社 備品室

文字数 1,201文字

  数時間後 MHA社 備品(びひん)

 狭い備品室のドアが開くと、アレックスに続いて帷子(かたびら)孝一が部屋に入って来る。アレックスは(たな)や段ボールのせいで狭くなった空間で、太った自分の体の向きを変えるのに苦労しながら、適当な段ボールの上に腰を下ろす。孝一は棚に背をもたせ掛けてアレックスと向き合う。
「それで、何の話だい。」
 両手を腰に当てて、面倒臭(めんどくさ)そうに孝一が口を開く。
「まあ、そう(とが)るなよ。何を言いたいか大体(だいたい)分かっているだろ。」
 アレックスは笑顔を作ったが、上手(うま)出来(でき)ている様には見えない。孝一は小さく溜息(ためいき)をつくと、2、3度小さく(うなず)いた。
「あの事件が発覚して以来、何だかおかしくないか?研究もそっちのけだろ。何か手伝える事があれば、言ってくれよ。」
「大丈夫だ。(ひと)りでもがいている(わけ)じゃない。頼るべき所は、専門家に頼っているさ。」
「そうじゃない…違うんだ。…ケイ、苦しいんだろ?」
 アレックスは孝一を見上げる。どこか(さみ)()な目をしている。一瞬の()の後、孝一は表情を変えずに答える。
「苦しくなんかない。さっきも話しただろ。私は自分達が犯した間違いを(ただ)そうとしているだけさ。」
「ケイ、アビィと3人でサーベラス計画を立ち上げた頃の事を覚えているか?ロボットはどこまで人間に近づけるか、ケイは色んなアイデアを持ち出して説明してくれたじゃないか。行きつけの日本料理屋で毎週閉店間際(まぎわ)まで話すから、アビィと俺は随分(ずいぶん)まいってたんだ。知ってたか?」
「そうだったか?昔話をするなんて、小賢(こざか)しい手は無駄(むだ)だぞ。私は『サラ』への情熱を失ったんじゃない。むしろ思い入れがあるからこそ、事態を自分の手で解決しようとしているんだ。」
 視線を床に落として、今度はアレックスが溜息(ためいき)をつく。
「アビィは取締役会に(うった)えるぞ。」
「ああ。」
「仲が良かった二人が、何で争わなきゃならないんだ。」
「争いは続かないさ。もう、この会社だけで決められる話じゃなくなっている。」
「ケイ、俺にはお前が分からなくなった。」
 ぼそぼそ(しゃべ)るアレックスの言葉は聞き取り(にく)い。孝一は黙って目を閉じる。
「シムスは自分で管理しているロボットを使って研究続行を強行するつもりだ。許してやってくれ。」
 すっかりアレックスの声には力が無くなってしまった。
「許すも何も、私に彼を非難(ひなん)する権利は無い。けれど、『サラ』を排除する計画に例外は認められないだろう。間接的に、私がシムスの研究を妨害(ぼうがい)する事になるのかも知れない。」
「俺は、本当にやる事が無いのか?ケイの力にはなれないのか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だ。むしろ、アビィを頼む。…もう、良いか?」
 孝一はアレックスを見下ろして()く。さっきまでの(けわ)しい表情の孝一は影を(ひそ)めて、冷静な彼に戻っている。アレックスは床を見たまま、小さく(うなず)く。段ボールに腰掛け、肉の付いた体を出来(でき)るだけ小さく丸めたアレックスを残して、孝一は部屋の外に出て、静かにドアを閉めた。
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