第44話 直後 帷子孝一のマンション

文字数 940文字

  直後 帷子(かたびら)孝一のマンション

 呼び(りん)を押した後、玄関ドアもノックしてみる。応答する気配は一向に無い。(しばら)く待ってから柳田ことりがノブを回すと(かぎ)が開いている。もう一方の手にはハンバーガーの袋を抱えて部屋の中に入る。
「帷子君…あれ?」
 ことりは、リビングの状況を見て、驚きの声を上げる。
 テーブルの椅子が2脚横倒しになって床に投げ出され、ソファの位置もさっきあった位置から大きくずれている。テレビ台は壁際(かべぎわ)から手前に引き出され、テレビからコードが引き抜かれている。まるで、泥棒(どろぼう)が入った後か、さもなくば、夫婦喧嘩(げんか)大立(おおた)(まわ)りの幕間(まくあい)(よう)だ。
「帷子君?帷子君!」
 リビングに伸の姿が無いのを確認すると、ことりは他の部屋に向けて走り出す。ことりの後からリビングに入った帷子綾子は変わり()てた室内に驚いて()っ立っている。
「帷子君!…驚かせないでよ。」
 すぐに、書斎(しょさい)からことりの安堵(あんど)した声が聞こえてくる。綾子が書斎を(のぞ)くと、部屋の真ん中に椅子を持ち出し座っている帷子伸がおり、彼を握り(こぶし)(たた)真似(まね)をすることりの背中が見える。
「兄ちゃん、リビング滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だけど、どうしたの?」
 ことりを回り込み、伸を見下ろして問い(ただ)す。綾子は冷静だ。
「ああ、腹いせにこの家を荒らしてやろうと思ったんだ。でも、もっと良い物を見つけた。」
 伸は自分の手に持った紙の(たば)を振って見せる。
「何?」
 ことりと綾子が異口同音(いくどうおん)に言葉を発する。
「書斎も荒らしてやろうと思ったところで、あの隠し金庫を見つけたんだ。」
 伸は壁に()め込まれた金庫を指差(ゆびさ)す。その(そば)の床には金庫を隠していたであろう絵画が転がっている。
「父さん、おっちょこちょいだな。紙の(はし)(はさ)まって、金庫の(とびら)がちゃんと閉まっていなかったよ。中からこの書類を見つけたんだ。多分(たぶん)同じ内容が書かれた、各国語の書類が(たば)になっているんだ。日本語で書かれた物も有ったから、読むのは問題なかった。」
 伸は(ひざ)の上で書類をペラペラめくって見せた後、自分の前に立っている二人の女性を見上げる。
(すご)い事が書かれている。『サラ』好きの父さんがこんな事を許すなんて信じ(がた)いよ。」
 ことりと綾子は何が何だか分からず、ぼんやりと伸を見下ろしている。見上げる伸は、二人の反応などお(かま)いなしに目を(かがや)かせていた。

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