過ちの代償

文字数 1,014文字

 私はかつて大きな過ちを犯してしまった。

 若かりし頃、私はとある町で学校の教師をしていた。校長や教頭の覚えもめでたく、美しい妻を娶り生徒にも非常に好かれていた。まさに順風満帆と言って良い人生だった。
 しかし、ある日私は一人の教え子に劣情を催した。そして、一線を越えてしまった。
 事態はすぐさま露見した。私は懲戒解雇処分となり、逃げるように荷物をまとめて故郷に帰った。

 生まれ故郷でも既に私のした事は知れ渡っていた。肩身の狭い苦しい境遇の中、それでもついてきてくれた妻は、娘を産んですぐに亡くなった。故郷に帰って以来、あの町には一歩たりとも立ち入るような事は無かった。しかし風の噂であの教え子は、人生に悲観した果てに自らの命を絶ったと聞いた。


 あれから、25年の月日が流れた。

 私の前には、亡き妻の面影をどことなく残した娘と、襟を正し緊張気味に正座している一人の男がいた。

「前にも言っただろう、結婚自体は好きにすれば良い。だが私は式には出ない」

娘は憤慨した顔つきでいる。娘が連れてきた男の顔は、すっかり青ざめている。そんな二人を残して、私は立ち上がり居間を後にした。

「ちょっと、お父さん!」

娘が声を荒げて後を追ってきた。私は自室に鍵をかけて聞く耳を持たないという意思を示した。しばらくドアを叩く音と、私を詰る娘の声が聞こえてきた。しかしあきらめたのであろう、やがてそれも聞こえなくなった。


 娘を男手一つで育てながら、私はずっと考え続けていた。

 他人の子供を傷付け絶望へと突き落とした男が、自分の子供の幸せを祝う事など果たしてあって良いのだろうかと。

 娘が小学、中学、高校、大学、就職と成長していくにつれこの疑問は私の中で大きくなり、重くのしかかってきていた。

 そして先日。「紹介したい人がいる」という娘。「娘さんを僕に下さい」という男。笑ってしまいそうになるほどテンプレートな言葉だらけだった。そんな言葉たちに囲まれて、人並みの幸せというものに危うく酔いそうになりながら、私は先の疑問に対する私なりの回答を見出していた。

 娘には、全てをしたためた手紙が挙式後に届く手筈になっている。娘がそれを目にする頃、私はどこかで人知れず骸になっていようと思う。娘の幸せを祝福してやれない事をすまないと思う気持ちはもちろんある。娘の門出の日に水を差してしまうことも重々承知している。


 しかしそれでも、過ちの代償は受けなければならないのであろう。
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