堤難

文字数 1,010文字

 友人と釣りに行く事にした。友人の車に同乗し海へと向かう。結構な釣り日和だ。

 友人は大の投げ釣り党で、一緒に釣ろうと提案してくる。でも俺は、近くの堤防でゆっくり釣りを楽しみたかった。話し合いの結果、別行動という事になり、落ち合う時刻を確認して別れた。


 防波堤を歩き回り、良い場所を探す。だが探しているうちに、防波堤の隙間を利用して魚を釣る「穴釣り」がしたくなってきた。のんびりはできないがまあ良いかと思い、波止場からテトラポッドにひょいと飛び移る。
 足場を飛び移りながら、穴に釣り糸を垂らしていく。手応えが無ければ次の穴へ行くので結構忙しいのだが、これはこれで面白い。ついつい時を忘れて釣りを楽しんでいた。
 やや離れた足場に、飛び移ろうとしたときだった。跳躍中、思ったよりジャンプ力が足りないことに気づく。脚はあえなくテトラポッドを滑り、足場を掴もうとする手も空を切る。石と肉体がぶつかる鈍い音、落下する感覚。


 激痛の中、周囲を見渡す。どうやら、テトラポッドの隙間にスッポリはまったらしい。右足に力が入らない。くじいたか、それとも骨折したか。そして、腰のあたりまで海水に浸かっている。俺の姿は波止場の影に隠れ、人目に付かないようだ。テトラポッドに手をかければよじ登れるかもしれないが、足が踏ん張れないと厳しい。
「『あ~、テトラポット登って~』だっけ。そんな簡単に登れたら苦労しないよ」
有名女性アーティストに八つ当たりしながら、良い手を考える。

「そうだ、スマホ」
慌てていると気づかないもんだな、そう思いズボンのポケットに手を突っ込む。『チャプン』と水音がして、スマホの水没に気付かされる。一縷の望みをかけて取り出したスマホは、うんともすんとも言わなかった。

「まずいな」
強引によじ登ろうとするが、やはり無理そうだ。気長に待つか、と思った瞬間、恐ろしいことに気がついた。


 水位が上がっている。

 恐らく俺が落ち込んだのは干潮時で、これから満潮に向けて水位がジリジリ上がっていくのだろう。それを目の当たりにしながら、俺はどうすることもできないのだ。慌ててあらん限りの力で叫ぶ。だが応答はない。しまいには叫び疲れ、気を失ってしまった。


 気づくと、俺は病院のベッドにいた。時間になっても来ないので友人が捜したところ、間一髪で俺を見つけたらしい。
 礼を言うと、友人は遠い目で「俺も昔、同じ目に遭ったんで投げ釣り派になったのさ」と言った。
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