嗤うパイロットフィッシュ

文字数 1,010文字

「ジリリリン」
鳴り響く目覚ましを止め、朦朧とした視界の中でむりやり起き上がる。首を回して、伸びをして、傍らの望遠鏡の照準をセットして覗き込む。視界に入り込む青い惑星は、相変わらずそこにいる。


 太陽が赤色巨星となる時期まで、あとわずかとなっていた。人類は有史以来、数々の難題を乗り越え地球に根を張り続けてきた。しかし、今回ばかりはさすがに難しいという意見が大勢を占め、地球を離れる事を考え始める。だが、他の星へいきなり全人類が移住するのは危険極まりない。この問題を解決するため、前もって当たりをつけた星々に、何人かの人々を住まわせる。
そして、彼らがその星で生活し、数世紀ほど生き延びることができれば、その星へ本格的に移民を検討する、という方法が提案された。

 人道的な見地から反対の声も上がっていたが、このまま地球で座して死を待つというわけにも行かず、この提案は実行されることとなった。


 俺は、太陽系の端の小惑星にいる。太陽系外縁天体とか、エッジワース・カイパーベルト天体とか言われている星の一つだ。かつて惑星だった冥王星の仲間、と言えばわかりやすいだろうか。
 元々俺は、探査の仕事でこの小惑星に降り立った。だが、探査中に地球のエリート様から命令が下る。過日できた提案に従いこの星に先住せよ、と。
 そんな提案、人間版パイロットフィッシュじゃねえか。後から来るエリート様と、俺の命に違いがあるのかよ。怒りを感じつつも、お上の命令には従うしかなかった。
 それ以来、鬱屈した日々を過ごしていた。しかし、俺には一つ希望があった。ひどく後ろ向きな希望が。そのためだけに、日夜望遠鏡を覗き続けていた。

 そして、それがついに起きた。視界が一気に朱に染まる。中央の青い惑星がその朱に一瞬で飲み込まれた。

 奴らは宇宙をわかっていなかった。ただでさえ、俺ら現場の人間は地球外だ。正確な数値は把握しにくい。その上、天文の世界じゃ、100年どころか1000年すら誤差の内だ。それだけじゃない、ほんの数年で有力な定説が覆されたりもする。要するに、太陽が赤色巨星となる時期は、我々人類の予想以上に早かったということだ。

 地球上の生物は皆、巨大化した太陽に飲み込まれただろう。だが、太陽系の端とはいえ、この星や俺も無事ではいられまい。

「ですが、エリート様の憐れな最期を見届けられて、このパイロットフィッシュめは満足ですよ」

 小さな星に嗤い声がこだました。
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