帰省

文字数 1,012文字

 久々に実家に帰る事にした。

 家の敷居を跨ぐと母が出迎える。相変わらずハキハキして元気だ。しかし老いには勝てないのか、頭髪に白い物が混じりだしていた。
 自室に荷物を置き、母に外出する旨を伝える。母曰く、昼食は私の好きな焼きそばなので、外出の前に食べていきなさい、との事だった。

 折角なので御相伴に与ったが、母親の話というものは、なぜこんなにも長いのだろうか。

 私の会社はどうかという事。仕事はうまくやっているかという事。父は昇進して多忙になり、最近帰りが遅くなりがちな事。妹は高校に入ってから、部活動に入れ込みすぎて成績が下がっている事。隣家の山崎さんの娘、美咲さんが離婚して家に戻ってきている事。従兄弟の佳織ちゃんが先日結婚した事。私に結婚のあてはあるのかという事。
 これらの話が、食卓で矢継ぎ早に繰り出され続ける。私は、好物の焼きそばを掻き込んで、逃げるように家を出ていった。

 家を出た私は、前から約束していた親友の南の宅を訪れる。釣りが趣味の南は、今朝の釣果を寿司屋に捌いてもらっていた。私達は昼間から、刺身を肴に日本酒を傾ける。焼きそばのせいか箸は進まなかったが、積もる話は尽きなかった。

 ふと、気配を感じ振り返ると、女性が佇んでいる。南が同級生の長峰さんと結婚した事は、風の噂で聞いていた。
「お前も来いよ」
と言う南に、彼女はしばらく逡巡していたが、やがて席についた。だが、彼女と私は、それほど親しい間柄ではなかった。それを証明するかのように、程なく場を静寂が支配する。その静寂の中、「ホントはね、貴方の事が好きだったんだ」と、彼女は私に囁いた。
 あまりに突然過ぎるその告白に、私はすっかり躊躇してしまう。結局、俯きながらただ一言、「そっか」としか言えなかった。南は、聞こえないふりなのか、本当に聞いてないのか、そっぽを向いて猪口を舐めていた。

 家の玄関で今度出迎えたのは、制服姿の妹だった。制服で高校を選んだというだけあって、成程可愛い。しかし、妹は私が酔っているとわかった途端、不機嫌になった。そして、私の酒臭さを汚い言葉で難詰する。最後に「勉強教わろうと思ったのに」と言い捨てて、自室に閉じ篭ってしまった。

 居間には、発泡酒を飲みながら、テレビを見る父の姿があった。父は、私を一瞥し「明日まで居るのか?」と尋ねる。私は頷いて、父の向かいに座り込んだ。
 それっきり、父と私はいつまでも無言で、テレビを眺めていた。
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