花火

文字数 1,013文字

 君が妙によそよそしくなったから、僕は悪いなと思いつつ君の事を調べたんだ。案の定、調べ始めてから数日後に、あいつの隣で屈託のない笑みを浮かべている君が居たよ。
 その後少しして、君は別れを告げるために、僕をカフェへと呼びだした。色々白々しい理由を並べてはいたけれど、とどのつまりあいつの方が良いんだろ? すっかり自棄になっていた僕は、適当に生返事をしてさっさと帰路に着いたっけ。
 家に帰ってからずっと、僕はどうしようか夜も寝ずに考えた。君に捨てられた僕をこの世から消す方法と、僕を捨てた君にそれを見てもらう方法。これを両方とも解決する方法が思い浮かんだ時は、君に初めて出会った時くらい嬉しかった。
 それから僕は、念の為にまた君の事を調べていた。そして、今度行われる花火大会に行く予定である事をつきとめたんだ。まあ、調べなくても来るだろうと思っていたけどね。君が花火好きなのは、よく知っていたし。でも、あいつの前で当日着る浴衣を嬉しそうに試着していたの、ずっと見ていたよ。

 待ちに待った花火大会当日。昼間から続いたうだるような暑さは、夜になっても和らぐ事は無く、絶好の花火日和だった。夕暮れ頃からぽつぽつと屋台が並び始め、開始の時刻には所狭しと道の脇を占めていた。呼応するように人々も集い、下駄のカラコロという心地よい音が喧騒の中から聞こえてくる。

 その頃僕は、花火職人の目を盗んで会場に入り込み、大きな大きな花火を打ち上げる筒にこっそり潜りこんでいた。
 もう、自分の体をバラバラの木っ端微塵にしてしまいたかった。この世に自分の痕跡を少しも残したくなかったんだ。でも、君にだけは僕の最期を知ってもらいたかったし、君にだけは見ていてもらいたかった。
 筒から見える狭すぎる夜空から、きれいな星と、打ちあがった花火の断片が見え隠れする。最期に見る光景としてはそれほど悪くないなって、そう思った。
 自分の筒に火がつけられる瞬間を待ちながら、君との想い出を振り返る。怒り、愛情、諦念、感謝、いろんな想いがごちゃごちゃになって涙が止まらなかった。
 そうしている内に話し声がする。どうやらやっと僕の筒に火がつけられたらしい。火種がジリジリと迫って来る妄想と、胸の鼓動が早鐘を打つ中で、僕は眼を閉じた。

 次の瞬間。僕の手が、足が、首が、胴が、血が、骨が、腸が、見てるみんなに降り注ぐ。


 君のお似合いの浴衣、汚して悪かったけど、それだけは許してね。
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