第15話

文字数 3,494文字

ダグラスとチル
日本軍は、沖縄での地上戦に突入し、佑ジャンとミツジは、久しぶりにバスで出かけることにした。
「よっす。」
「リオトさん。」
「国に残っていたんですか。」
「うん、でも前は、マニラに行ってた。」
「マニラに?」
「もう帰ってきて3年になる。」
「そうなんですか。」

「マニラでは、最近も沢山死んだ。」

リオトは、母がフィリピン人とのハーフだったので、1941年5月。マニラに留学することになった。
生物の研究をしながら、マニラで過ごしていた。
マニラはピリピリした空気に包まれていた。
今は第二次世界大戦の真っただ中である。
リオトは、教会で、神父と話をした。
戦争についての話である。

第一次世界対戦の発端は、プリンツィプという青年が起こした、サラエボオーストリア大公夫婦殺害事件だという。
神父の話によると、プリンツィプは、貧しい家の生まれで、子供の頃から、王族、貴族に対して、嫌悪感を抱いていた。
プリンツィプの生まれた国であるボスニアは、オーストリアに併合されてしまう。
サラエボは、ボスニアの首都だった。
1914年6月28日、フランツ大公夫妻を乗せた車が、サラエボに到着した。
【ツルナ・ルーカ】という組織が、夫妻の暗殺を計画し、プリンツィプも計画に加わった。計画は失敗し、市民が巻き込まれてしまう。
夫妻は、総督官邸に逃げ込んだが、負傷した市民を見舞うために、病院にむかった。
市内中心部を避けるルートを夫妻は話していたが、運転手にうまく伝わらなかったため、カフェにいたプリンツィプと遭遇してしまう。

そして、プリンツィプは夫婦を殺害した。

プリンツィプの墓には、「セルビア人の永遠の英雄」と書かれた記念碑があるという。

その話を聞いたリオトは、プリンツィプに深く心酔してしまった。

未熟なリオトは、ダグラス・マッカーサー暗殺を計画する。
ダグラスは、オーストラリアで連合国軍総司令官に任命され、フィリピン救済に尽力していた。

フィリピンはアメリカの植民地だったので、アメリカを敵国とみなす日本がフィリピンを狙っていた。
パールハーバー襲撃から2週間後、日本軍がルソン島に到着し、約10日でマニラを占領した。

リオトはプリンツィプだけでなく、日本軍の強さにも心を奪われてしまう。
フィリピンの血を継いでいるリオトは、日本のスパイとして、ダグラスに近づく作戦を、独断で決行する。

「マッカーサー司令官。こちら、フィリピンの地酒です。」
リオトは、ダグラスを信用させるため、なんの毒も入れていない酒を渡した。
「ふん。」
「どうですか。」
「ウイスキー以外の酒は嫌いなのだよ。」
「そうでしたか、すみません。」
リオトはニコニコして答え、部屋を出た。

「司令官。あのサルは‥。」
「ニンジャだよ。結構なことだねぇ。フィリピンで本物のニンジャに会えるなんて。」
「ニンジャ‥ですか。」
「日本では、スーパーモンキーをそう呼ぶ。」
ダグラスは、公表はしていないものの、東京の大使館で働いた経験もあり、日本通だった。日本茶が飲みたいと、心の中で思った。
アメリカ兵が部屋を出る時、呼び止めた。

「とっておけよ。」
「は?」
「だから、あのニンジャ君を。」
「‥わかりました。」
ダグラスはニヤリと笑った。

リオトは1人で何かすることが好きだったが、仲間外れは苦手だった。
ご飯の時も、リオトだけ1人だ。
そんな時、アメリカ兵が話しかけた。
ダグラスの部屋で出会った、ヒルカだ。
「どうした、日本人。」
「違います。僕はフィリピン人です。」
「ふーん。こっちに来て一緒に食べるか。」
「え‥。」
リオトは笑った。

ヒルカの仲間達と、リオトは仲良くなった。
見張りも一緒にした。しかし、戦いは激化してくる。

ある日、日本兵の遺体が運ばれてくる。
目は開いたままだった。
基地の近くで亡くなったので、連れてきたようだ。
一応埋葬するらしい。

リオトは恐ろしくなり、眠れなくなった。
広間の隅で震えていると、ダグラスが話しかけた。
「どうした。チル。」
リオトは、自分のことをチルと呼ぶように回りに言っていたのだ。
「ね‥眠れなくて。」
「今日の遺体のことか。」
「僕のおばあちゃんが日本人だから。」
「そうだったか。」
ダグラスは目を落とした。

「私も、軍のみんなに、言っていないことがある。私は昔、東京で働いていたのだ。」
リオトはダグラスを見た。
「このことがバレれば、私はスパイと見なされ、処刑されるかもしれない。私はいつでも怯えている。」
ダグラスは近づいて言った。

「私が戦う訳は、日本を助けたいからだ。このことは、チルと私だけの秘密だからな。」
リオトはダグラスの背中を見つめた。
いつも隠し持っているナイフで、今なら突き刺せる。
でも、ダグラスが良い人だと分かったので、止めた。

リオトは安心して、その夜は眠りについた。

ヒルカの仲間だった、アークが、日本軍の捕虜になってしまう。
リオトはまた震えた。
「チル‥アークは酷いことをされるかな。」
リオトは目を落とした。

ダグラスは、リオトを見るといつもは微笑んだが、その日は無視した。

夜、リオトが月を見ていると、ダグラスが来た。
「アークは何をされるかな。」
「僕には‥分かりません。」
「想像できないくらい酷いことか。」
ダグラスは行ってしまった。

その頃、アークは捕らえられ、泣いていた。
他にも何人も捕虜にされた。
銃を持った日本兵に、
「僕は何をされるか。」
と、泣いてたずねた。
日本兵は英語が分からなかった。
「母さんにも父さんにも友達にも会いたい。助けてほしい。」
泣いて頼んだ。

その日本兵も鬼ではなかった。
仲間と話し、捕虜に酷い仕打ちをしないように、大佐を説得した。

ダグラスは、アメリカ兵を守りたい気持ちで、5月10日に、日本に勝利を許した。

アークは帰ってきたが、殺された兵士もいた。
殺された兵士は、山積みにされ、火葬された。

「チル、さようならだ。」
ダグラスは言った。
「でも‥。」
「さあ、もう行くんだ。日本から迎えが来ている。」
外には、ダグラスのスパイだった日本軍の飛行機が来ていた。
その人は、リオトが死んだと思っていた棒高跳びの大江季雄だった。
「季雄さん。てっきり、亡くなったかと。」
季雄は少し笑い、言った。
「早く乗れよ。」

「チル。」
ヒルカ達が来た。
「さようならだ。もう会えないかもな。」

「チル、来ないのか。」
季雄が呼びかけた。

「また、会えるよ。」
リオトは言い、飛行機に向かった。

「もう会えないよ、ばーか。」
ヒルカはつぶやき、震える手を見た。
ヒルカは体が動かなくなる病気にかかっていたのだ。


ダグラスは最高司令官として、終戦後の8月30日に、日本に来た。
ダグラスは本当に偉い人だったし、忙しいので会えないと思ったが、リオトは、ダグラスが泊っている、横浜のホテルに行った。
ダグラスはホテルに帰ってきた。
敬礼をして、要人に挨拶をしている。
リオトに気づいた。

「チル。久しぶりだな。」

「こっちに来い。」
リオトはホテルのロビーで、ダグラスと話した。

「私は酷いことをしている。とはいえ、全て私が命じたものではないが、最高司令官は全ての責任を、負わなければいけないものでね。」

「ああ、たくさんの人を処刑したよ。でも中には、自殺した者もいる。処刑ということにしたがね。その人の名誉のためだ。」

「リオト、アイツを狙うつもりか?」

「やめておけ。アイツを殺したら、日本人は憎む相手がいなくなり、また戦争になるだろう。」

リオトはうつむいた。

リオトは、岸道さんと居酒屋で飲んだ。
「おや、さっきの親父の物かな?」
羽織を忘れたようだ。岸道さんは、それを持って、居酒屋を出て、追いかけた。

「お前さん、綺麗な顔しとるな。」
近くの席のお爺さんが、リオトに話しかけた。
「いえ。」
「どこか行ってたの?」
「どこか?」
「戦争だよ。」
「フィリピンに行ってました。」
「ふん。それで、たくさん殺したか?」
「いえ。」
「殺しはよくないね。どんな時でもさ。‥親父、お勘定。」

「あれ‥わしの羽織がない。」
先ほどの羽織は、お爺さんの物だったようだ。
「あっ。」

「おい!!」
お爺さんは、居酒屋の外に向かって叫んだ。

1957年。
リオトはアメリカに行き、ダグラスに会った。
「たくさんの人を殺したが、なぜ私が許されたのかは分からない。
だけど、私は、始めから終わりまで、日本を愛していた。まるで恋人を守るような気持ちだった。」
ダグラスは言った。

「チル。君のような人は、日本のリーダーになると思っていたが‥カフェの店員か。」
「僕は、店長です。」
「ははは、そうか。」
つまらん人生だねぇ‥。ダグラスはつぶやいた。

ダグラスは、戦争で得た勲章を、死ぬまで、誇り高く見つめ続けた。

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