第3話

文字数 4,538文字

戦友【ヘランの空】3
伊部ヘランは果物の栽培を研究する、農業研究家だったが、韓国に行けると聞き、軍に志願した。

ヘランが船の中で、当時の韓国ガイドブックを広げると、丸吉が声をかけた。丸吉の手足は、ムティよりも長い。
「楽しい所じゃないんだよ。」
「じゃ、どんな所?この本が嘘ついてるってこと?だって、韓国って、すごく楽しそうだもん。」

はぁ‥
丸吉は、ヘランに歴史の説明をした。
説明が終わる頃には、ヘランは、船から戻してしまった。

「教授が説明している時、何してたの?」
「ずっと、果物のことを考えていた。」
ヘランは具合が悪そうに言った。

夕食を食べる時には、ヘランは元気を取り戻した。
「戦争ってよくないよな。」
ヘランが言うと、丸吉は神妙にうなずいた。

「どうした?」
42才の寺田小津が話しかけた。
小津は、ティーボスと呼ばれている。

「こいつ、朝鮮のこと、なんにも知らないんですよ。」
丸吉がヘランを指した。
「なんにもって訳じゃないって。」

「伊部君、いい?今は戦争中だよ。俺達は、日本を守るために人を殺しに行くんだから。」
ティーボスが言った。

「そんな言い方ダメだよ。」
トナが言い、隣にいる幹雄を小突いた。
「うん。‥いや僕なんて、韓国で奥さんを見つけるつもりですよ。」
幹雄もカレーのようなものを食べながら言った。

「丸吉、起きてる?」
ヘランはベッドから声をかけた。
「うん。」

「俺達で、戦争を止めないか?」
ヘランは目をキラキラさせて言った。

「無理でしょ。」
丸吉は、そっけなく言った。

「何、それ。」
ヘランは丸吉を叩いた。

「いいか?アメリカは、イギリスとロシアとアメリカだけの世界を造ろうとしているんだ。」
「えっ‥、じゃあ世界は、3国だけになっちゃうってこと?」
「そう、それを止めるための戦争なんだから。日本が他の国から乗っ取られないために。そのためには、まず韓国を落としとこうってことだろ。」
「ふーん、そうなんだ。」

幹雄は起きて、天井を見ていた。
ティーボス、幹雄、トナは、未来から来ている。
勝夫という男も含めて、4人は、タルタル倶楽部というバンドをやっていた。
超人気バンドである。

ライブの前日の夜。
同じホテルに泊まっているのに、幹雄から電話がきた。

「ティーボ。明日絶対、歌詞間違えんなよ。」
幹雄はかなり酔っていた。
「うん。」
「一字一句。いいな。」
「うん。」
「分かってんのか?お前が歌詞を間違えるのが、どんなに恥か。俺のテンポまで、狂っちゃうんだから。」
幹雄はドラムである。
「分かった。歌詞、見とくね。」
ティーボスは電話を切った。

ティーボスは、ライブの前は不安定になってしまう。
渋谷で、ティーボスのファンだという男からもらった薬を出し、飲んだ。
すると、ティーボスの頭はクルクルと回りだしてしまった。

コンコン。
「はい。」
「ちょっと確認したいことがあって。」
トナだった。

「どうしたの?」
「クスリ飲んだ。」
「ええっ。ドーピング、ダメなんだよ。」

「うるさいぞ!」
酔った幹雄と勝夫が来た。

ティーボスは気を失ってしまった。
「ティーボ?!」

そこから4人は、戦時中にタイムスリップして来たのだった。

朝、幹雄が、ティーボスに話しかけた。
「昨日、人を殺すって言ってたじゃん。それ、良くないからね。」
「分かってるよ。世界のティーボスが、殺人なんかしたら、歴史的大事件になってしまう。」

「ねぇ、これ見て。」
トナが手帳を見せた。
これから先の歴史年表が書いてある。
『ヘラン達は、30年近く、韓国にいることになるとは、思ってもいなかった。』
韓国のガイドブックを広げるヘランと、丸吉を見て、タルタル倶楽部は笑った。

韓国につくと、港では、韓国の人達や、先に来ていた日本軍が迎えてくれた。

夜は、韓国料理を食べた。
「おいしい!」
「明日からは、こんなんじゃないからな。」
ヘランが言うと、丸吉が言った。

ヘランは、果物の栽培を研究する、農業研究家だったので、韓国人達に、果物栽培指導をするようになる。

1人の男が、木に登って、昼寝をしようとしていた。

「止めてください!!止めてください!!」
ヘラン達の声だ。
「ん?」
ヘラン達が、農業指導をしていた農家の土地が、日本兵に奪われそうになっていたのだ。
ザッ
男は、木から降りた。

『止めろ。ここは、韓国人の土地だ。』
「え‥。」
ヘラン達は、男を見た。

「何を言っている?」
「ここは、日本国の土地だ。」

日本兵は笑い、勝手に契約書にサインをした。

「止めろって!!」
男は、日本兵に飛び掛かったが、他の日本兵が、銃を向けた。

『もういいです。すみません。』
韓国の農家の方が泣いた。

「‥ッ。」
男は、それでも、日本兵を殴ろうとした。
『満っちゃん、もう止めて。』
『おばさん。』
『もういいから。』
おばさんが、満を止めた。

日本兵は土地を奪い、引き上げた。

「ごめん、助けられなくて。」
「いえ‥。俺達も、日本兵なんで‥すみません。」
「あなた達は、韓国人に優しくしてくれている。あいつらとは違う。」

ヘランは下を向いた。
「あなたの名前は?」
「俺は、朝鮮の満。13才の時に、日本から、朝鮮に来ました。」
「そうだったんですか。僕の名前は、ヘランです。」
「僕は、丸吉です。」「ティーボスです。」
「あ‥幹雄です。」「トナです。」「勝夫です。」
みんな、満と握手をし、仲良くなった。

そんな中、ヘランは、農家の娘と恋に落ちる。
名前をソナンという。

ある日、ヘランが農業指導している農家の馬小屋から、女の声が聞こえてきた。
ソナンが馬の毛並みを整えていたのだ。

ヘランに気づいた馬は、突然暴れだした。
「どうしたの?」
ソナンは馬に声をかけたが、ソナンは倒され、手からは血が出てしまった。

ヘランは飛び出し、馬をなだめた。

「大丈夫?」
ヘランは、ソナンに、持っていた包帯を巻いた。
その後、夕方の田舎道を歩き、丘の上から、マジックアワーの景色を見た。
ちなみに今は7月である。

「時々、ヤシャは分からなくなるの。」
ヤシャとは、馬の名前である。
「分からなくなる?」

「私の顔も、自分の顔も、分からないくらいに、暴れちゃうの。」
「そうなんだ。」

「多分、星に帰りたくなると思う。ヤシャは、拾った馬だから。」
ソナンは言い、夜景を見た。

「ソナンって、日本語上手なんだね。」
「学校で習ったから。」
ソナンは現在22歳である。
「ごめん。」
ヘランは、ソナンの手を握った。

2人を、男が影から見ていた。

「おーい、ヘラン!」
ソナンとヘランが良い感じになった時、今日は基地に戻る日なので、迎えに来た丸吉が声をかけた。

ハッ
影から見ていた男は、また木の影に隠れた。その男は満だった。
満は、ソナンのことが好きだったのだ。

ヘランは少し怒って、ソナンに言った。
「ごめん、軍の人が来た。」

「そちらのお嬢さんは?」
「ソナン。ジュ家の娘さん。」

丸吉とヘランは、ソナンを家まで送った。
その姿を、満は静かに追った。

基地に向かう馬車の中で、丸吉が聞いた。
「あの子いくつ?」
「多分、23歳くらいじゃない?」
「へぇ‥。その年で結婚してないの、珍しいね。」
「俺達だって、30なのに結婚してないじゃん。」
「うん、まあな。」

馬車を降りる時、運転手の親父に、丸吉は代金と小瓶の酒を渡した。
親父は陽気に笑い、去った。

丸吉は、言った。
「でもさ、韓国の子とそういう風になるの、禁止だから。」
「うん‥。」
ヘランは悲しそうにした。

しかし、ヘランは、休日や時間が空いた夜に、ソナンに会いに行ってしまう。


1919年、2月28日。
留日朝鮮人学生が、東京神田のYMCA会館に、独立宣言書を提出する。

3月1日午後、ソウルのパゴダ公園に、宗教指導者達が集められた。
ティーボス達は影から様子をうかがっている。

そして、最高指導者は、朗読を始めた。
「我らはここに、我が朝鮮が独立国であり、朝鮮人が自由民であることを宣言する。」
拍手が起こった。

みんな、空を見上げた。何も起こらない。

「これをもって、世界万邦に告げ、人類平等の大義を克明にし、これをもって、子孫万代に告げ、民族自存の正当な権利を永久に所有せしむるとする。」

ヘランは涙をこらえた。

3・1独立運動以後、韓国総督府は従来の統治政策を見直した。

ヘラン達はまだ韓国にいる。ティーボス達も、悪い薬を飲みタイムスリップを試みたが、帰ることはできなかった。


男が多いので、売春宿もできてしまった。
丸吉は、絶対に行くなと、軍のみんなに言う。
「特にあなたですよ。」
幹雄に指さした。


ヘランは果物栽培の指導を続けたし、隙を見て、ソナンに会いに行った。

「ダメだ、ヘラン様。もうこの女性に会ってはいけない。」
満は怒った。
「でも‥。」
ソナンは、ヘランの子供を宿していたのだ。

パン!!
日本兵が攻撃し、農園では、小さな銃撃戦のようになった。
パン!!
満が、ヘランとソナンの子を守った。

「ありがとう、満。」

「もうすぐ戦争が終わるな。」
夕日を見ながら、丸吉が言った。ティーボス達は、目を落とした。
戦争の時代に来て、もうすぐ30年がたつのだ。

日本のポツダム宣言受諾により、朝鮮半島の統治権は、連合国側に代わる。
1945年9月2日。
アメリカ戦艦ミズーリの甲板上で、日本政府が公式に降伏文書に烙印した。

タルタル倶楽部の4人もまだ、現実に戻れていない。

朝鮮人によって朝鮮人民共和国が建国されたが、アメリカは認めなかった。
北をソ連が、南をアメリカが占領することとなった。

「韓国の王族は地位も富も奪われたって。」
ティーボスが言った。

みんなが日本に帰る日。
今まで関わった韓国の人達が、会いに来た。

「お父さんでしょ。違う?」
男の子は、丸吉に抱きついたが、丸吉は優しく放した。

タルタル倶楽部が仲良くしていた大工や漁師が来た。


「お父さん!!」
ヘランは振り向いた。
ヘランは、ソナンとの間に、5人もの子供を設けていたのだ。
「どうしても行くの?」
ソナンは聞いた。
「すまない‥。」
ヘランは、ソナンの手を握った。


ある夜、ヘランは1人で散歩をしていた。
前から、光った馬に乗った人が歩いてくる。
「何?」
ヘラン目は、目をこらした。

それは、リグウとロタだった。
ヘランは、息を飲んだ。

「私の名はリグウ。李王家の者だ。リ・ヘラン。あなたには、永遠の命が与えられている。あなたには、やるべきことがあるのだ。」

「やるべきこと?」
「リ・ヘラン。使命を果たせ。」
リグウは、ロタに掛け声をかけ、行ってしまった。

「みんな、お別れだ。」
「やだよぉ!!」
「父さん‥。」
長男と次男も泣いた。
長女と次女も肩を落としている。

「どうしても行くんですか?」
三男が強く聞いた。
「ごめんな、父さんには、やるべきことがあるんだ。」
韓国兵達は、ヘランに敬礼をした。

娼婦だった女を、軍の日本兵は助けた。
2人は抱き合っているが、もうお別れである。

「満、日本に来ない?」
「俺は、朝鮮の満。日本には、戻らない。」


「さようなら!!さようなら!!」
「さようなら!!」

みんなお別れを言った。

タルタル倶楽部は、元の時代に帰った。
タイムスリップをしてしまった、ライブの本番前だ。
「あ‥戻ってるよ!!」
「本当だ‥!!」
「28年分、長生きしたね。」

「もう本番?」


ヘランは、焼けた日本を勇敢に歩いた。
そして現代でも、同じように。

By Song River












 









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