第13話

文字数 2,514文字

戦友【HIMEYURI序章】
「いいか、もうすぐ地上戦が始まるぞ!」
それは、1944年の11月末。
ひめゆり学徒隊団長の、ニャン係長(猫林恒夫)は言った。
他には、桃先生と、水谷ウォルテス(雨織多)、山居リンダ(林多)がいた。

ニャン係長はカッカしていたが、桃先生はニコニコと笑って、女子生徒達の軍事演習を見守った。


「毎日、洗濯をしていますね。」
桃先生は、服を干している女子生徒に声をかけた。
現代ならセクハラになるが、戦争中なので、あまり気にしていなかった。
「はい‥。」
「戦争が始まれば、服なんか洗えなくなる。」
女子生徒はうつむいた。

「戦争というのは、今、世の中で起こっている物とは違います。沖縄での地上戦です。」
女子生徒達は、桃先生をちらりと見た。

桃先生は、美しい風の中で、美しい森の先にある、海を見た。

「あの‥どうしたら、勝てますか。」
「誇りです。上田さん。」
「誇り‥?」
「美しい日本人として生まれたでしょう。誇りとは、それです。」
桃先生は、上田さんの手をとった。

女子生徒達は、髪を風になびかせた。

「え、ちょっと待ってください。うちらも戦うんですかぁ!」
余田ヨーリが言った。
「え‥、ああ。戦いませんよ。あなた達は、兵士の手当だけです。」
他の女子生徒達は、悲しげな顔をしている。

「なーに。戦いたいんですか?」
桃先生は聞いた。

「すいません、私、看護とか、できないかもしれないんですけど。」
宿舎に帰る途中、ヨーリは、桃先生に声をかけた。
「できなければ、やらなくていいですから。」
「あ、はい。」
桃先生は、また前を向いて歩きだした。

「でも、そしたら、何をやればいいんですか?」
ヨーリが聞くと、桃先生は、首をかしげた。

夜、桃先生は、たき火をしていたので、ヨーリは桃先生の隣に座り、声をかけた。
他の女子生徒達も玄関先で、たき火を見ている。

「あのぉ。日本人に殺されるとかは、ないんですよね?」
「あるわけないでしょう?おかしい子だね。」
「すみません。」
ヨーリは笑った。

ヨーリは自殺未遂をし、戦争の世界に来てしまっていた。
毎晩、寝る前に、少し泣くのが日課である。


「どうしよう。」
12月。夜11時。他の3人の先生に囲まれ、ニャン係長は、うなだれていた。
「どうする?帰るか?」
「いや、いい。」

「というより、帰れるんですか?」
「大丈夫。多分、1月頃までは。」

次の日の朝10時。
校舎に、山城さんというオジサンが来た。
山城さんは、米軍のスパイだ。
アツも他の3人も、ヨーリも気づいた。
女子生徒達は、何も分かっていないようだ。

「いや~いい校舎ですね。思ったより。」
「ええ。建ててから、もう10年になりますけどね。丈夫に骨が組まれているので、まだもっています。」
「ふーん。」

「裏も見ていいです?」
「あっ、はい。」
ウォルテスが答えた。
「こちらです。」

「ああ~。裏はジャングルだ。」
「まあ、ジャングルと言っても、トラはいないですけどね。」
アハハハハ!
ウォルテスが言い、リンダが愛想笑いをした。

「それで‥どこに、負傷者を寝かせるつもりです?」
「えーと‥。」
ウォルテスとリンダは、目を合わせた。

「それはね、まだ決まってない。」
ニャン係長が現れ、言った。

「あ、そうなんですか。」
ニャン係長と山城さんは、こそこそ話した。

「どうして‥来たんです?」
ニャン係長は、山城さんの目の奥をのぞいた。
「あ‥うん‥。ま、それは‥。」
「まあ、いいですけどぉ!でも、生徒達の命がかかっていることですから。」
「あ、はい。」

その後は、2人はたわいのない会話をし、山城さんは帰った。

山城さんは、帰り道、誰もいない所で、米国の金貨を出した。
それがスパイの証明だった。

スパイなんて、なんの意味もない。

でも、山城さんは、この金貨で強くなれた。
山城さんは、本当は、スパイになんて憧れていない。
スパイ映画に憧れていたのだ。

『そんなの捨てればいいじゃん。』
パタリという音と、ニャン係長の声がしたので、山城さんは顔をあげた。

でも、そこにはニャン係長はいなかった。
パタリという音を立てて、大きな葉が落ちただけだった。

スパイの本拠地のお宅には、日本人しかいない。
無線で連絡をとっていた。
日本のラジオでは、どんな内容が放送されているとか、そういうことだ。

チミは7才。お父さんはスパイだった。
チミは頭の良い子供で、だんだん、事が分かってきた。

お父さんは時々、少し良いシャツを来て、仕事場ではない所へ行く。
お母さんは仕度を手伝い、金貨をお父さんに渡す。
お父さんは金貨をぎゅっと握って、家を勇み足で出て行く。

ある日の夜、チミはお母さんに、泣きながら言った。
「お父さん、金貨の仕事、もう辞めて。」
「チミちゃん、お父さんは、そんなことできないのよ。」
チミはわあわあ泣いた。妹のフワとメメナは何も知らない。

次の日、チミが信頼しているお父さんの従兄に相談した。
すると、従兄がお父さんを説得し、本土へ逃げる手伝いをしてくれることになった。

「トオル、それをこっちへ。」
従兄は、お父さんの金貨を隠すと約束し、お父さんは本土へ渡った。


その日の夜、従兄は金貨をじっと見た。
なんの仕掛けもないが、アメリカの細かい字が彫ってある。

従兄は、金貨を木の引き出しにそっと隠し、地上戦では胸ポケットに入れて戦った。


2月。チミはまた、わあわあ泣いた。
「もう敵が来るよぉ。みんな死んじゃうよ!」
「そうだね、チミちゃん。」
お母さんは、チミの手を握り、泣いた。
お父さんからは、一通しか手紙が届いていない。

お父さんの従兄のおじさんは忙しそうだったが、チミ達が本土へ渡る手伝いをしてくれた。
行った先は、お母さんのはとこのお家だ。
静岡にある。

お父さんの従兄は、沖縄で米軍の捕虜となった。
スパイの人達も、殺されることなく、捕虜となった。

「お父さん、もう、死んでるよね?」
5月の夕方、静岡の茶畑の道を歩きながら、チミは母と手をつなぎ、聞いた。
「さああ、どうかな。」
「死んじゃってたら、どうする?」
チミは泣いたが、お父さんはお母さんに、4月の末にそっと会いに来ていたのだ。

8月、家族は合流した。
「もう、終戦だ。これで全部終わったな、お母さん。」
そうだね、お母さんは涙をぬぐった。


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