第3話 僕に残されたチャンスはトライアウトしかない

文字数 1,386文字


 だけど僕はプロでやっていくことを諦めたわけじゃない。三島さんの言う通りいまの僕の力じゃプロでは通用しない。ほんとはわかってる。このまま続けていても芽が出そうにないことは。だけど諦めたくないんだ。
 理由は2つ。野球しかやってこなかったから他に取り柄がないこと。野球だってこの世界では取り柄にならなかったかもしれないけどそれ以外に僕が世の中で戦っていけるものはなにもない。
 そしてもうひとつが菊川あかね、いまの彼女。うだつの上がらない僕となぜあかねが付き合ってくれているかというと、まだ僕が化けると思ってくれているからだ。いつかまた1軍で僕が活躍することをあかねは信じている。正しく言えば信じているんじゃなくて僕が信じ込ませている。あかねは野球をよく知らない。彼女が望んでいるのは、稼げるプロ野球選手の奥さんになることだ。その願いを叶えるためにも僕は諦めるわけにはいかない。
 野球を諦めたら仕事を失うだけじゃなくて、あかねも同時に失うことになるんだ。だからここはどんなことがあっても踏ん張らなければならないってわけさ。

「三島さん、どうしたら2つ以上の武器を身につけられますかね?」
 バカなことを聞いたもんだ。1つも通用しないから戦力外と宣告されたのに、そいつに2つ以上の武器をどうしていまから装備させられる? 方法があればとっくに三島さんは僕に教えてくれている。
 案の定、三島さんは怖い顔して押し黙っている。彼とて選手をクビになどしたくないはずだ。現場でやっていた人は選手の気持ちをよくわかっている。まして2軍の監督はその瀬戸際の選手ばかり預かっている。クビを告げるのはとても辛いことだろう。言われた当人よりもしかしたら辛いかもしれない。現に僕は宣告されたのに、状況がわかっていないからか実感がまだわかない。きっと三島さんのほうが辛い思いをしている。
 三島さんの固い口が動いた。
「持ってるやつあ、はじめから持ってるのよ。あとからできるもんじゃねえ。それか、根性で作りあげるかだな」
 また根性論か。そう言ってしまえばおしまいだよ。
「だがな、この世界でまれに奇跡のカムバックってのがあるだろう」
 そうそれ、それなんだ。ファーム落ちした選手で再び1軍に上がって大活躍する選手がたまにいる。ああいった選手はどうして活躍できたのだろうと不思議に思ってた。そりゃあもちろん根性見せて必死に練習したんだろうけど、この世界それだけでカムバックできるほど甘くない。何か特別なことをして武器を会得したに違いない。
「奴らはな、みな昔の自分を捨てて、生まれ変わったんだ」
 昔の自分を捨てる?
「生まれ持っての才能に恵まれないんだったら、捨ててリセットするこったな。一からじゃねえ。ゼロからだ。そこから這い上がったものだけがカムバックできてんだ」
 ゼロから? そんなんでプロに戻れるか? アマチュアならともかく。
「文治、おまえにその覚悟があるなら、全部捨てて、もういっぺん試験受けてみるんだな」
「それって、トライアウトを受けろってことですか?」
「諦めないんだろ? だったらそこで生まれ変わった自分見せてみろ。武器が備わってたら戻ってこられる。なければ廃業だ。簡単だろ?」
 結局、クビは変わんないじゃないか。でもいまの僕に残されたチャンスは、トライアウトしかない。そこで生まれ変わった僕を見せるしかない。
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