第17話 売っているのは僕たちの身内だからさ

文字数 1,287文字


 プロ野球の世界では同じチームでもライバル意識はある。自分のスキルの全容は見せない。こうしたらうまくなるとか、こうしたら攻略できるとか、自分だけの秘密領域をみんな持っていてそれを隠そうとしている。なかにはそれをつまびらかにする選手も確かにいるが、じつはそれは教えても真似されないほどの超越した能力に支えられているからだ。過去にも名球界入りをした超一流選手たちが真似したくても真似できないスキルを所持していた。それは教えられてできるものではない。また彼らも隠しはしないがこうすればできるといった教え方はしていない。なぜなら他人には絶対できないことを彼らは知っていたからだ。
 若葉は僕にこう言った。
「車より不動産よりもっと価値あるもの。それはスキルさ。ハイスペックなスキルがあれば高級車や家なんていつだって手に入る」
 それはそうだろうけど、そんなハイスペックなの誰だって欲しいけど手に入らない。才能がないと。
「僕は落谷さんのスキルを買ったんだ」
 嘘みたいな話だった。落谷さんのスキルを買っただって? 所沢まで来て高級車に乗せられて聞くような話じゃない。どんな猛練習をしたのか聞くつもりでいたのに。僕は夢でも見ているのだろうか? しかし現に若葉は落谷さんとそっくりの技術を手に入れている。そんな簡単にあのバットコントールが手に入るのなら誰だってみんな買う。だったら何のためのプロの厳しい練習なんだってなる。
 若葉は続けて言った。
「野球選手だけじゃない。他のジャンルで極めた人のスキルも買える。美空ひばりの歌声、志村けんのコント、マイケル・ジャクソンのダンスなんかも買おうと思えば買える」
 冗談も休み休みにしてくれ。そんな傑物の極められたスキルがまるでネット通販で選ぶみたいに買えてしまったら世の中おかしくなる。しかし、もしそれが本当だとしたら・・・
「だから、栗原カーラが。君に」
 若葉は怯えるように頷いた。信号は赤だった。青になって車を走らせてから若葉は話し出した。
「後悔してるよ、性欲満たしたあとの隙をつかれてうっかり喋ってしまったこと。ただ、どこでどうやって買えるかまでは話していない。それを彼女は知りたがる。だけどそれは絶対に話せない」
 そんな情報があるなら絶対知りたい。カーラでなくても聞き耳を立てる。彼女が盗聴器を仕掛ける理由がわかるような気がした。
「騒がれたくないので彼女とは約束してる。僕が成功したら必ず話すから、いはま口外しないでくれって」
 それって騙していることになるよな。
「彼女信じてるのか?」
「半分はね。でも疑ってるから盗聴するのさ」
 だろうね。
「彼女に話すつもりは?」
「ない」
 報復は怖くないのだろうか、彼は。
「だったら僕にも話せないってことなんだろうね?」
 ここまで来て僕はなんだか気が抜けた。しかし若葉は意外なことを言った。
「いや君には話しておかないといけない」
「どうして? どうしてカーラにはだめで僕にはいいんだい?」
 若葉は僕の耳元で囁いた。
「売っているのは僕たちの身内だからさ」
 あまりの荒唐無稽(こうとうむけい)さに、僕はどこまで信じていいのわからなくなった。 
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