第25話 僕の頭には、世界最高のあの二刀流の大リーガーがあった

文字数 1,196文字

 僕は兵助さんからもらった最後の1瓶を懐に大切にしまっている。博多から東京行きののぞみ号に乗っている間、ずっと兵助さんの最後のこの言葉が頭にひっかかっていた。
「結局、わざを買ったもんはどいつも幸せになっとらん」
 びっくりして僕は言った。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。若葉は幸せだと思いますよ。あれだけ成功して芸能人とも付き合えてお金も入ってきて立派なマンションと車も買えて、これで幸せでなければ何が幸せなんですか?」
 兵助さんは苦笑いして言った。
「おぬしがここに来たということは、それが幸せだと思っておるからよのう。そんなおぬしに言っても仕方ないが、達人のわざを何の苦もなく盗んだ者は金も地位も名誉も得たあとに、きまって苦悩しておるわい。自分は本当に幸せだったのかと。のちに若葉にも聞いてみるがよい。それで満足だったか、と」
 僕には兵助さんが何を言いたいのかよくわからなかった。だったらどうして僕にこれを譲ってくれるのか。これを飲んでわざを身につけろと言っているのか、やめろと言っているのか、どっちなんだ。わざわざ僕の分を取っておいてくれて。まったくわからない。
 結局僕は兵助さんからこの『双竜』を買っていない。ただでくれたからだ。
「さ、持って行け、これを」
「お代は?」
「いらん」
「いや、しかし兵助さんはこれを商売で・・・」
「言ったであろう。商売はもうしとらんと。おぬしのは身内への店じまいサービスじゃ」
「もうしないんですか?」
 兵助さんは苦々しい表情で言った。
「やろうにもできんのじゃ」
「どうしてですか?」
「もう泉は枯渇しておる」
「そ、そうなんですか!?」
「おぬしの分で最後じゃ。もうわしの手元には『双竜』はひとつもないわい」
 それを聞くとなおさらこの水を大切に使わないといけないと思った。
 兵助さんは急に思い出したように言った。
「大事なことを言い忘れておったわい。もうわかっておるかと思うが、わざを盗む最後の一手間は、おぬしが盗みたいわざの持ち主の体毛を手に入れなくてはならんぞ。それはおぬし自身で手に入れろ。若葉もどうやったかしらんがどこぞから手に入れよったわい」
 なるほど。しかし若葉は落谷さんの貴重な髪の毛をどうやって手に入れたのだろう。そのことに思いが至った後すぐに、僕は自分の目的に立ち返った。
 僕の頭には、世界最高のあの二刀流の大リーガーがあった。


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<自己紹介>
水無月はたち
大阪下町生まれ。
Z世代に対抗心燃やす東京五輪2度知る世代。
ヒューマンドラマを中心に気持ち込めて書きます。

―略歴―
『戦力外からのリアル三刀流』(つむぎ書房 2023年4月21日刊行)
『空飛ぶクルマのその先へ 〜沈む自動車業界盟主と捨てられた町工場の対決〜』(つむぎ書房 2024年3月13日より発売中)
『ガチの家族ゲンカやさかい』(つむぎ書房 2024年夏頃刊行予定)
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