第15話 セクシーアイドルが女優になるためにいまある武器を最大限に使った

文字数 1,764文字


 栗原カーラは若葉八雲の野球選手としての将来性や人気に目をつけたのではなかった。芸能界で不動の地位を得たいがためカーラは違う世界ではあったが若葉の奇跡的転身に注目した。それは彼女特有の勘だったのかもしれない。若葉の転身には何かがあると。
 セクシー系アイドルの人気はそう長くは続かない。色気に陰りが見えれば一時の時間稼ぎとわかっていても、ヘアヌードで少しの印税を稼ぐか、慣れない体を張った芸に挑戦するか、どっきり専門の(だま)され役に徹するか、クイズ番組などで無教養のおバカタレントを演じるか、それくらいしか生き残る道はない。が、いずれも数年も持てばいい方だ。
 しかし彼女は長く芸能界に留まりたかった。そのためには短命なセクシー系アイドルではだめだ。人気を維持できる確かな実力が欲しかった。例えば存在感抜群の演技で人々を魅了する名女優など。
 折しもそんな望みを抱いていた時に若葉と出会う好機を得た。
 ライオンズがカーラに始球式の舞台を用意したのだった。セクシー系アイドルに露出したおみ足を上げさせればYouTubeの再生回数は相当稼げる。球団はカーラのお色気に宣伝効果を期待した。
 その試合後、今度はカーラが球団を利用する。若葉に会わせてくれと願い出た。彼と対談したいと。
 球団が若葉に確認すると、彼は二念なく了解した。若葉にとっても願ってもない申し出だったからだ。あのお色気たっぷりの人気アイドルが自分と対談をしたいとは。
 対談中、若葉は終始ご機嫌だった。最後の一言を除いては。
 二人は和やかに言葉を交わす。カーラが称賛する。
「すんごい活躍ですよね、若葉さん」
「カーラさんにそんなこと言っていただけるなんてすっごく光栄です」
「ピッチャーからバッターにってそんなに簡単に変われるんですか?」
「いえいえ、簡単ではないですよ。一流の人たちが極め合っているなかにゼロから飛び込むわけですから」
 若葉の弁にはとってつけたような謙遜があった。
「そうですよね、それってアイドルから女優になるようなものなのかな? それより難しいかな?」
 若葉は笑った。
「その違いは僕にはわからないけど、いったん前のは捨てますね。僕の場合はピッチャーをですけど、完全に諦めました」
「ふ〜ん。失敗するかも、とか思わなかったんですか?」
「思いませんでしたね」
「どうして?」
「僕には絶対才能があるって信じてましたから」
「すご〜い。そこまで自分を信じられるなんて」
「きっと僕はもともとがバッター向きだったんです。

さえ掴めば自分の持っていた能力を開花できるって思ってました」
 カーラはそこを突っ込む。
「その

ってなんだったんですか?」
 若葉は少し考えてから言った。
「誰も真似できなかった落谷さんのバッティングを真似しました」
「落谷さんって?」
 突っ込むところが違うと若葉は愕然(がくぜん)とした。にも増して、
「知らないんですか?」
 カーラには馴染みがないのかもしれないが、若葉は少し残念な気持ちになった。自分もはるか後輩であるが、あの大打者が時代に埋れていいわけがない。それを継承している自分がなんだか認められていない気分になった。
「日本で一番うまい打者でした」
 それ以上の説明は必要ない。素人に落谷さんのバッティングの凄さを説明してもきっとわからない。彼女は三冠王がなんなのかもきっと知らないのだろうし。
「うまいひとの技術を盗めばうまくなります。ただそれだけです」
「盗むって、そんなの誰にでもできないですよね。あたしも盗めるならガッキーナみたいな国民的女優の演技盗みたいけど、とても真似してできるもんじゃないわ」
 若葉はさっきよりもっと笑った。
「でもカーラさんはガッキーナに全然負けてませんよ」
 カーラにはすぐにお世辞だとわかった。悔しいので思い切ってステップインしてやった。
「何か隠してる。そうでしょ、若葉さん何かとっておきの秘密、隠してるでしょ?」
 若葉の表情が変わった。カーラは何か知っているのか?
「どう、若葉さん?」
 カーラが足を組み替える。若葉は意図せず彼女の白い太腿に釘付けになる。カーラの術中に若葉はハマっている。
 対談が終了してからカーラが若葉に顔を近づけ言った。
「このあとお時間あります?」
 セクシーアイドルが女優になるためにいまある武器を最大限に使った。
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