真エピローグ 旧キ神ノ眠ル島

文字数 750文字

 どこで間違えたのだろうか、と老人は小型帆船のなかで考える。
 ある時期を境に、霊宮は姿を消し、島国は不動のものとなった。
 国家間の戦争はなくなるものと思われたが、かえって船舶や軍船の造船技術が向上し、海戦が活発になった。
 宣戦布告という手続きを踏まなくとも、神罰を恐れずとも開戦できる。そのため、奇襲や夜襲といった戦術も当然のように使われる。
 かつて世界第七位の領土を誇った母国(リィゼン)も瞬く間に敗北し、彼は再興の旗印である孫を託されて、国を逃げ出した。
 ふと指が、孫の細い首にかかる。握りつぶそうとして、止めた。その孫が、ぱちりと目を開く。
「じいじ」
 小さな指が海上の一点を指さす。
「こっちにおいでって。黒いねえちゃんが言ってるよ」
「ねえちゃん? 黒い?」
「あっちに、水と苺があるんだって」
 老人は、じっとその一点を見た。
 金粉をまぶしたような霧のなか、うすく島影が見えた。
 ――死者の国。かつての世界の中心。世界統一の野望が絶望になった証。
 生きて一度たどり着き、二度目は死後だろうと思っていた島が、そこにある。
「赤い目の、白いにいちゃん、すんごい顔してにらんでたけど」
「夢にしちゃできすぎだ。小僧、おまえ、王さまより占い師になるか?」
「わかんない。ただの夢かも知れないけど。じいじ、行くの?」
「普通は死に神の招きと思って、敬遠するだろうがな。行くか。…あいつが、俺を裏切ったことなんか、ただの一回もなかった」
 むしろ自分が、先に彼女の信頼を裏切ったのだ。彼女の言葉を疑い、信じず、突き放し。途方に暮れただろう黒蛇を、白銀の男が拾った。
「虫の良い話だな、まったく」
「じいじ?」
「……信じる。今度は」
 老人は、帆を張り直し、船を操った。
「だから、こいつは。こいつだけは助けてやってくれ……ティファレト……」
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